KADOKAWA Technology Review
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著名遺伝学者も投与する
「自作」新型コロナワクチン
そのリスクは?
Illustration: Ms Tech | Source Images: Alex Hoekstra
生命の再定義 Insider Online限定
Some scientists are taking a DIY coronavirus vaccine, and nobody knows if it’s legal or if it works

著名遺伝学者も投与する
「自作」新型コロナワクチン
そのリスクは?

著名な遺伝学者であるジョージ・チャーチ教授をはじめとする20人あまりのグループは、経鼻式の新型コロナウイルス・ワクチンを自作し、自分自身に投与している。新型コロナウイルスのリスクは一般に考えられているよりもずっと大きく、ワクチンの正式な承認を待っていられないというのが理由だ。 by Antonio Regalado2020.08.05

プレストン・エステップ博士は、ボストン某所にある間に合わせの研究室にいた。そこには、大企業の存在もなければ役員会議もなく、米国政府が主導する新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチン開発の資金援助プログラム「ワープ・スピード作戦」からの多額の資金提供もない。動物実験のデータもなければ、倫理審査の承認もない。

エステップ博士が手にしていたのは、ワクチンの材料と1人の乗り気な志願者だけだった。

エステップ博士は調合した材料を回すように混ぜて、それを自分の鼻にさっと吹きかけた。

現在、200種類近くの新型コロナウイルス・ワクチンが開発中で、30~40種類が人を使った試験のさまざまな段階にある。しかし、初めてと言える「市民科学」的なワクチン開発の取り組みでは、エステップ博士のほか少なくとも20人の研究者、テクノロジスト、科学愛好家らが自ら志願して、研究室のラットのように、新型コロナウイルスに対するDIYワクチンの投与を受けている。大体はハーバード大学やマサチューセッツ工科大学とのつながりがある彼らは、この取り組みがワクチンの正式な承認を1年あるいはそれ以上待たずに、免疫を獲得する唯一のチャンスだと話す。

ハーバード大学の有名な遺伝学者であるジョージ・チャーチ教授もDIYワクチンの投与を受けている1人だ。7月に入ってから1週間空け、2回投与した。投与するワクチンは郵便受けに届き、チャーチ教授自身が成分を調合した。

チャーチ教授は、元ハーバード大学院生で自身の教え子でもあるエステップ博士が設計したワクチンが、極めて安全だと考えている。「感染経路の多さや多岐にわたる症状や結末を見れば、新型コロナウイルスのリスクは人々が考えているよりもずっと大きいと思います」。5か月間自宅から外出していないというチャーチ教授はこう話す。最近になって米国疾病予防管理センター(CDC)は、新型コロナウイルスの検査で陽性となったものの、入院はしていない患者の3分の1程度が、ウイルスに感染してから何週間、場合によっては何か月も症状に苦しんでいると報告した。「この病気はかなり過小評価されていると思います」(チャーチ教授)。

この実験的なワクチンは無害かもしれないが、投与された人がウイルスから保護されるかどうかはまた別の問題である。そして、独自にワクチンを作り、共有しているそれぞれの研究者は、今はまだそうでないとしても、今後法的な面で薄氷を踏むことになるかもしれない。

シンプルな調合法

ラピッド・デプロイメント・ワクチン・コラボレイティブ(ラッドバク、Radvac:Rapid Deployment Vaccine Collaborative)と自称するグループが、3月に結成された。エステップ博士が、米国政府の専門家は12~18か月以内にワクチンができると予測しているが、自前のプロジェクトでもっと迅速に進められないだろうかと書いた電子メールを知人のグループに電子メールを送った時のことである。エステップ博士は、新型コロナウイルスについて、独自プロジェクトの指針となるだけの「十分な情報がすでに」公開されていると考えたのだ。

エステップ博士はすばやくボランティアを集めたが、その多くは2005年にチャーチ教授の研究室で立ち上げられた「パーソナル・ゲノム・プロジェクト(PGP)」におけるかつての研究仲間であった。PGPはヒトのDNAシーケンシングを実施し、結果をオンラインに掲載することを目的とするオープンサイエンスの取り組みである。「市民科学分野で頼りにしている仲間を中心にコアグループを確立しましたが、今回のようなことは経験がありませんでした」。DNAシーケンシング企業であるベリタス・ジェネティクス(Veritas Genetics)の共同創業者でもあるエステップ博士は話す。

ラッドバクは、ワクチンの設計を考案するために、コロナウイルスが引き起こす別の2つの疾患である重症急性呼吸器症候群(SARS)と中東呼吸器症候群(MERS)のワクチンに関するレポートを徹底的に掘り下げた。間借りした研究室で、通信販売の材料を使って取り組みをしていたので、物事を複雑にするつもりはなかった。目指すべきゴールは、「簡単に入手できる材料で作れるシンプルな調合法を見つけることであり、選択肢はかなり狭められました」とエステップ博士は言う。同博士によると、必要な器具はピペット(少量の液体を移すための道具)と磁気攪拌器だけだったという。

7月初めにラッドバクは自らのワクチンについて詳述したホワイト・ペーパーを掲載し、誰でもコピーできるようにした。この文書には4人の著者の氏名が記載されており、これ以外にも10数名のイニシャルが匿名を保つ形で挙げられている。匿名となっているのは、メディアの注目を避けるためであったり、ビザを取得して米国に滞在している外国人であったりするためである。

ラッドバクのワクチンは、病原体の断片で構成されているため、「サブユニット」ワクチンと呼ばれている。今回の場合はペプチドという、本質的に新型コロナウイルスの一部と一致するたんぱく質の小片であるが、それ自体では発症させる能力はない。サブユニット・ワクチンは、B型肝炎やヒトパピローマウイルス(HPV)といった別の疾患用にすでに存在している。バイオテクノロジー企業のノババッ …

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