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日本発のU35イノベーターたちが語った「思い」とビジョン
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What did the first selected U35 innovators have to say?

日本発のU35イノベーターたちが語った「思い」とビジョン

初開催となったMITテクノロジーレビュー「Innovators Under 35 Japan」の受賞者たちが、自らの活動への思いとビジョンを語った。 by Koichi Motoda2021.03.11

MITテクノロジーレビューは2月19日、「Innovators Under 35 Japan Summit」を開催した。Innovators Under 35は、35歳未満の才能ある若きイノベーターたちを讃え、支援する世界的なアワード。今回初の開催となる日本版では、AI/ロボット工学や輸送など5分野で13人のイノベーターが選出された。

その受賞者が集うJapan Summitの特別講演では、各受賞者が自らの取り組みへ対する思いや、今後の抱負を語った。プレゼンテーションの内容を要約して紹介する。

仲田真輝(ニューラルX:NeuralX )

私はこれまで、体や心の調子を落としてしまった親しい人たちを何人も見てきました。その度に、私は何とかして彼らの救いになりたい、助けたいという気持ちを持ちましたが、当時の自分の知識と能力では何もできず、悔しい思いをしてきました。そこで脳科学や生命に興味を持った私は、米国に渡って研究を深めました。

人間は外界の情報を、光によって目の網膜で感受します。その情報は視神経を通って視覚野で認知され、脳の運動野に渡されます。その後、脳で判断された動作を行なう筋肉への信号が、再び神経を通って各筋肉に送られて運動が生成されます。私は、視覚から運動までの仕組みをコンピューター上で実現する研究に取り組み、その成果を生かした「プレゼンス・ドット・フィット(Presence.fit)」というオンラインのフィットネス・サービスを開発しました。

コロナ禍において在宅ワークが増え、運動をする機会そのものが少なくなってしまっています。テクノロジーを通じて誰もが楽しく効果的に運動できるサービスを提供し、精神面での健康促進にも繋がる活動ができればと考えています。

高橋祥子(ジーンクエスト)

遺伝子を解析することで、自分がどんな病気になりやすいのか、どういう体質を持っているのかを理解できる、個人向けのサービスを提供しています。遺伝子解析だけでなく、その人の体質などのデータを蓄積したデータベースを構築し、創薬や新しい疾患のメカニズム研究などに役立てています。

私はもともと、生命科学の研究者としての道を歩んでいこうと考えていました。ただ、今ある最先端の研究を誰が社会実装していくのか、もっと研究を進めるにはどうしたらいいのかを考えた結果、サービスを推進しながら研究も進め、研究で分かったことをサービスとして社会にフィードバックすることが重要だと考えたのです。

私たちの仕組みを世界に展開していけば、健康だけでなく、食品や運動、医療、創薬、保険などあらゆるヘルスケアの領域にインパクトを与えられると思っています。高齢化によって生まれたさまざまな課題を人海戦術で解決するのではなく、サイエンスの力を使って解決していく方法を世界に発信していきたいと考えています。

本多達也(富士通)

オンテナ(Ontenna)は、音の大きさをリアルタイムに256段階の光と振動の強さに変換し、聴覚障害者の方に伝えるデバイスです。

私は大学1年生のときに聴覚障害者の方と出会い、手話の勉強を始めました。その後、手話通訳のボランティアや手話サークル、NPOの立ち上げなどを経験し、聴覚障害者の方たちと一緒にさまざまな活動をしてきました。そうした活動の中で、聴覚障害者に音を伝えたいという思いが強くなり、2012年にオンテナの研究開発を始めました。そして2016年に入社した富士通でオンテナをブラッシュアップし、2019年にようやく製品化できました。

現在では、全国のろう学校の約8割でオンテナが導入されています。また、映画の映像とオンテナ を同期させて演出に使うといった具合に、エンターテインメントの分野でも活用されています。

オンテナを使うことで、聴覚障害者と健聴者が一緒になって笑顔になり、楽しめる体験をデザインしていけたらと考えています。

安田クリスチーナ(InternetBar.org/マイクロソフト)

デジタル空間で信頼を築き、いかに自分を守っていくか。その役割を担っているのがデジタル・アイデンティティ(ID)です。現在のデジタル空間ではIDがさまざまなプロバイダーによって管理されており、それ自体は必ずしも悪いわけではありません。ですが、個人がより自由に自分の情報を使え、プライバシーを保護するという観点から、自分自身でIDを管理する「自己主権型アイデンティティ」という世界観が主流になっていくと考えています。

ユースケースの1つが、オンライン・サービスの利用開始時に入力するフォーム。都度自分で項目を入力するのではなく、デジタルIDを提示するだけで正確な情報で入力され、かつ情報を受け取った側は正しい情報だというお墨付きを得られる。そうしたことが可能になります。

実際に取り組んでいるプロジェクトの1つが、難民支援です。難民がデジタルIDによってマイクロ・ファイナンスの履歴を証明したり、雇用を得るために身元を保証したりする手段を提供しています。日本ではデジタル学生証を発行するプロジェクトを始めています。例えば自分が学生であることを証明することで、オンラインでも学割が受けられるといったサービスが想定されます。次のステップとして、公共機関でも安心してデジタルIDが使える運用体制の構築を目指しています。

伊藤 昌平(フルデプス:FullDepth)

子どもの頃からずっと好きだった深海魚と、子どもの頃から仕事にしようと決めていたロボット開発の2つを組み合わせ、自分が作ったロボットで深海魚を見に行きたい。そんな個人的な夢から、私は今の取り組みをスタートしました。

従来の深海調査には、大きな装置と大きな資金が必要です。自分の力で深海魚を見に行くなら、もっとシンプルな手段にしたいと考えました。そこで小型水中ドローンの開発を始め、進めているうちに、深海だけでなくもっと浅いところにも社会課題があることに気がつきました。陸上だけでなく水中でもインフラの老朽化が進んでおり、潜水士の人手不足によって整備作業の効率化や機械化が求められていることが分かったのです。

そうした(水中に関わる)社会課題の解決にも取り組むために事業を始めましたが、将来的には海での作業を自動化するプラットフォームを作りたいと考えています。私たちのミッションは「地球上の全ての水中を可視化すること」です。長期的に人類が地球に住み続けるには、水中環境やエネルギーの変動を観測することで、気候変動や震災を予測する必要があります。課題の解決に向けて、水中の可視化を進めていきたいと考えています。

中垣 拳(MITメディアラボ)※映像参加

変形するインターフェイス技術によって、デジタル情報を物理的な環境や素材と融合させ、人とテクノロジーの新しい関係性について研究しています。ディスプレイなどの現在普及しているインターフェイスは視覚情報に制限されていますが、私の「アクチュエイテッド・タンジブル・インターフェイス」の研究では、物理的に変形駆動することでデジタル情報に手触りや実体感を与える、未来のインターフェイスのあり方を探求しています。

現在取り組んでいる「ハーミッツ」は、卓上型二輪ロボットが自由に機能を再構成できるモジュラー型のインタラクティブなシステムです。ロボット技術が少しずつ日常空間に現れ始めた今、ロボット技術の物理的なインターフェイスとしての機能や表現の可能性を大幅に押し広げるものです。

アクチュエイトという言葉には機械を作動、駆動させるという意味に加え、人を駆り立てる、行動させるという意味もあります。アクチュエイテッドな次世代のインターフェイスを通じて、人の手や身体、心さえも駆り立てる、手触り感のある未来の体験や表現を作っていきます。

御手洗光祐(大阪大学/キュナシス:QunaSys)

4ペタバイト。これは、手のひらサイズとなる、50量子ビットの量子コンピューターをシミュレーションするために必要なメモリ量です。この数字は、スーパーコンピューター「富岳」の総メモリ量とほぼ同じ。すなわち、グーグルが2年前に作った50量子ビットの量子コンピューターは、すでにスーパーコンピューターと同じくらいの能力を秘めていることになります。

私は、量子コンピューターを実応用するためのアルゴリズムやソフトウェアの開発に取り組んでいます。最初に作ったのは、量子コンピューターを機械学習に応用するためのアルゴリズムです。最近ではタスクを分解して、まだまだ小さな量子コンピューターをうまく使っていく方法にも取り組んでいます。

量子コンピューターはさまざまな応用が期待されていますが、特に期待されているのが、分子や物質の性質を解明する量子化学計算です。現時点では、量子コンピューターがどのくらい実用的な計算ができるかは分かっていません。そこで、私は3年前にキュナシス(QunaSys)という会社を創業し、量子コンピューターの応用に取り組んでいます。

福澤知浩(スカイドライブ:SkyDrive)

私たちが取り組むテーマは、100年に一度のモビリティ革命です。道路や線路がなくても、空を使えばどこへでも気軽に行ける。そんな世界が始まると思っています。

そうしたモビリティ革命に向け、現在2つのことを進めています。1つは人が乗って移動する、自動車2台分のサイズの空飛ぶクルマです。2020年の夏には、日本初の空飛ぶクルマによる有人飛行実験を実施しました。2023年には2人乗りの機体を使ったサービスインを目指しています。もう1つはモノの移動です。99%のモノの移動は道路や線路の上で運べますが、残りの1%、例えば山小屋や鉄塔にモノを運ぶ役割はいまだに人間が担っています。そこも空の移動によって代替したいと考え、実際に物流ドローンのサービスを始めています。

これまで会えなかった人に会く、行けなかった場所の景色を実際に眺めるといったことを、より簡単に実現します。それと同時に、日本発のモノづくりスタートアップとして成功し、日本のモノづくり産業を活性化したいと思っています。

中ノ瀬 翔(ギタイ:GITAI)

これから数十年で月や火星に町ができ、宇宙コロニーが作られる時代がやってくると思っています。私たちギタイ(GITAI)は、そうした施設を宇宙で作る上での課題を解決するロボットを作っています。

今までは、宇宙に行くこと自体が課題でした。これからの課題は、例えば月の探査や、古くなった人工衛星の修理、燃料の補給など、宇宙で作業をすることです。ロボットなら人間にはできないような危険な仕事も任せられますし、人間の100分の1ほどのコストで実行できるようになります。

その第一歩として、私たちは今年初めて宇宙にロボットを送り出します。まずは宇宙ステーションの中にロボットを送り込み、ソーラーパネルの組み立てや、実際に宇宙ステーションで行なわれている仕事の一部をロボットにさせる実験をする予定です。「自分が宇宙にロボットを送り出す」という情熱を持てる方、ぜひ一緒に実現しましょう。

ルイスロビン 敬(ソーシャル・イノベーション・ジャパン)

私たちは、便利さを追求することで環境を犠牲にしています。この使い捨ての文化を変えるために、私は「マイミズ(mymizu)」という取り組みを始めました。マイミズは無料で給水できるスポットを共有できるプラットフォームです。現時点で20万カ所が登録されている給水スポットとユーザーとをつないでいます。リサイクルではなくリユースによって消費を減らすことを目指しています。

マイミズはクラウドソーシングによって拡大しており、ユーザーが水飲み場の場所を投稿したり、お店が自らスポットとして登録したりもできます。小さなカフェから大手企業まで、日本では現在800以上のビジネスが参加してくれています。また、何本のペットボトルを削減できたのか、CO2排出量がどのくらい削減できたのかといったことも追跡して可視化しています。

テクノロジーを活かした仕組みづくりももちろん大切ですが、それよりも人々を動かすこと、そしてコミュニティ作りがとても大切だと思っています。行動をきっかけに、多くの人たちのマインドセットを変えることで、よりサステナブルな文化が作れると考えています。

成田悠輔(イェール大学、半熟仮想)

テクノロジーやイノベーションというと、偉大な発明家や研究者が、無から何かを一気に立ち上げ、それを無限にスケールさせてメディアで華々しく語るようなイメージがあります。ですが、本当のイノベーションはもっと地味で素朴で、無名なものじゃないか? という気がするのです。

ここにいる全員が「ボタン」を使っていると思います。ボタンがあるから、布一枚で体を包み込み雨風から守れる。ボタンがあるから、布に形が与えられて、ただの布がファッションとして花開く。ボタンが世の中に広まったのは13世紀くらいだそうですが、ボタンを発明したのは誰なのか、ボタンをビジネスとしてスケールさせたのが誰なのかは、ほぼ何も知られてないそうです。言い換えると、ボタンはすごいイノベーションなので、誰がそれを作ったかとか広めたかとかいうことを考える必要もないのではないか、と思うのです。

いつの日か、全く素朴で誰にもチヤホヤされないし、何のスポットライトも当たらないような本当のイノベーションに関わることができたらいいなと思っています。

落合陽一(筑波大学、ピクシーダストテクノロジーズ)※映像参加

計算機と自然が入り混じった新しい自然(計算機自然:デジタルネイチャー)があると捉えています。その新しい自然に対して、どうやって科学や技術を発展させていくのかという研究を6年間続けています。

物と物がどうやって変化していくのか、対象物はどうやって変換されていくのかといった物化の流れを、コンピューターを用いて表現すること、あるいは計算機自然はそれをどう実現していくのかに興味があります。例えば、メタマテリアルの設計やコンピューターによる波面の設計、人間の振る舞いの研究、動物と人間の対話性などについて考え続けています。

今は産学連携の道を進めながら、計算機自然に適用する新しい多様性や精神性のあり方とはどういうものかについて、継続して研究しています。そして、表現の世界と技術開発の間に軸足を置き、何らかしら面白いものを作ることができればいいと思っています。その中で、ある種の指向や、自然との関係性をどう見出していけるのかに命を注ぎながら開発や研究を続けています。

◆◆◆

プレゼンテーションの模様は以下から視聴できます。

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元田光一 [Koichi Motoda]日本版 ライター
サイエンスライター。日本ソフトバンク(現ソフトバンク)でソフトウェアのマニュアル制作に携わった後、理工学系出版社オーム社にて書籍の編集、月刊誌の取材・執筆の経験を積む。現在、ICTからエレクトロニクス、AI、ロボット、地球環境、素粒子物理学まで、幅広い分野で「難しい専門知識をだれでもが理解できるように解説するエキスパート」として活躍。
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