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史上最速のワクチン実用化、
生みの親が語る
mRNA技術の未来
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The next act for messenger RNA could be bigger than covid vaccines

史上最速のワクチン実用化、
生みの親が語る
mRNA技術の未来

世界を恐怖に陥れた新型コロナウイルス感染症。収束への光をもたらしたのは、史上最速で開発に成功したワクチンだった。このワクチンによって初めて実用化されたメッセンジャーRNA(mRNA)の技術は、医薬品製造の歴史をこれから大きく書き換える可能性を秘めている。 by Antonio Regalado2021.04.23

2020年12月23日、ペンシルベニア大学は、新型コロナウイルスワクチンの接種を推奨するための宣伝活動の一環として、新型コロナウイルスワクチン開発の立役者である2人の研究者、カタリン・カリコ准教授とドリュー・ワイズマン教授がワクチン接種を受ける映像を公開した。脂質粒子で遺伝的指令を包み込んだ冷凍ワクチンは、これまで立証されていない、メッセンジャーRNA(mRNA)に基づく技術を利用していた。しかし、20年前からRNA研究に従事している2人の研究者の発見のおかげで、ワクチンは1年もたたないうちに製造され、治験が実施されたのだ。

10 Breakthrough Technologies
この記事はマガジン「10 Breakthrough Technologies」に収録されています。 マガジンの紹介

その無音のプロモーションビデオでは、看護師が2人の腕に注射している間、2人とも言葉を発したり笑顔を見せたりしていない。のちに、接種を受けている時にどのようなことを考えていたか聞かれると、1987年から医師および現役の科学者として活躍してきたワイズマン教授は次のように答えた。「私は常に、人の助けになるものを開発したいと思っていました。腕に注射針が刺さった時、私は『長年の夢がついに叶ったようです』と言いました」。

新型コロナウイルス感染症は、ワイズマン教授の幼なじみの何人かを含め、世界中で200万人以上の命を奪った。これまでのところ、米国のワクチン接種は、マサチューセッツ州ケンブリッジに本拠を置くモデルナ・セラピューティクス(Moderna Therapeutics)が開発したワクチンと、ドイツのマインツに本拠を置くバイオンテック(BioNTech)がファイザーと共同開発したワクチンに完全に依存している。どちらのワクチンも、ワイズマン教授の発見をもとに開発されたものである(ワイズマン教授の研究室は、バイオンテックから資金提供を受けており、カリコ准教授は現在バイオンテックで働いている)。

生きたウイルスや死んだウイルス、あるいはウイルスの殻の一部を利用して体内の免疫系を訓練する従来型のワクチンとは異なり、この新しいワクチンは、メッセンジャーRNAを使用している。メッセンジャーRNAとは、私たちの細胞内で、タンパク質の生成を指示できる場所に遺伝子のコピーを運ぶ役割を持つ、短命の仲介分子である。

mRNAワクチンが人間の細胞に加える遺伝情報は、新型コロナウイルス自体から借用されている。すなわち、新型コロナウイルスが細胞内に侵入するときに用いられる、スパイクと呼ばれる王冠状のタンパク質の遺伝情報である。このタンパク質単体では感染性を持たない。その代わり、強力な免疫応答を促し、昨年12月に終了した大規模な臨床試験では、約95%の有効性が示された。

新型コロナウイルスワクチンの成功は、パンデミック(世界的流行)を終息させる可能性を持つだけでなく、メッセンジャーRNAが医薬品製造の新たなアプローチになり得ることを示している。

近い将来、一時的な遺伝情報を細胞内に届けるタイプのワクチンは、ヘルペスやマラリアに対するワクチンの開発や、インフルエンザワクチンの改良に寄与する可能性があると、研究者は考えている。さらに、新型コロナウイルスが変異を続ける場合、新型コロナウイルスワクチンのアップデートにも役立つだろう。

しかし、研究者はワクチンをはるかに超えた将来も見据えており、mRNAを使ったテクノロジーが、がんや鎌状赤血球症、そしておそらくHIV(ヒト免疫不全ウイルス)の治療においても、安価な遺伝子治療を可能にするだろうと考えている。

ワイズマン教授にとって、新型コロナウイルスワクチンの成功は驚きではないが、自身が一生をかけた仕事が認められた喜ばしい出来事であった。「私たちは20年間もRNAの研究を続けてきました」とワイズマン教授は言う。「RNAが重要な治療のツールになるであろうことはずっと分かっていました」。

絶妙のタイミング

とはいえ、20年間にわたる研究にもかかわらず、メッセンジャーRNAは昨年まで、どの医薬品にも利用されてこなかった。

そして2019年12月、中国の武漢から、おそらくコウモリ由来のウイルスの一種であろう恐ろしい感染性肺炎の最初の報告が届いた。中国政府は当初、アウトブレイクを隠蔽しようとしたが、2020年1月10日、上海の科学者がオーストラリアの知人を通じてウイルスの遺伝情報をネット上に公表した。その時、ウイルスはすでに急速に広がっており、航空機を介して香港やタイにも飛び火していた。しかし、ウイルスの遺伝情報の移動はそれよりもさらに速かった。バイオンテックの本社があるマインツや、モデルナがあるケンブリッジに届いた遺伝情報は、研究者によってマイクロソフト・ワードのファイルとして読み出された。

メッセンジャーRNAに特化したバイオテック企業であるモデルナの科学者は、48時間以内にワクチンの設計図を紙の上に描くことができた。それは、米国で最初の感染者が確認されるより11日前のことであった。モデルナは6週間以内に、動物実験の開始を待つ冷凍ワクチンを準備した。

ほとんどのバイオ医薬品とは異なり、RNAは発酵槽や生きた細胞内で生成されるわけではなく、化学物質や酵素が入ったビニール袋で生成される。これまでにメッセンジャーRNAを使った医薬品は存在しなかったため、ワクチン製造の頼みとなる工場やサプライチェーンもなかった。

モデルナのワクチンが米国食品医薬局(FDA)に承認される直前の2020年12月、モデルナのステファン・バンセル最高経営責任者(CEO)に話を聞いた。バンセルCEOは自社のワクチンに自信を持っていたが、十分量のワクチンを製造できるかを懸念していた。モデルナは、2021年中に最大10億回分のワクチンを製造することを約束していた。ヘンリー・フォードがT型フォードの生産をようやくスタートしたときに、世界はT型フォードを10億台必要としていると伝えられたことを想像してみてほしいと、バンセルCEOは話す。

バンセルCEOは、メッセンジャーRNAのテクノロジーの準備が整ったちょうどその時に新型コロナウイルス感染症が台頭したことについて、「歴史的に見てもめったにないことです」と言う。

言い換えれば、私たちは幸運であったのだ。

人間のバイオリアクター

合成メッセンジャーRNAを利用して動物にタンパク質を生成させる試みが最初に実施されたのは1990年のことだった。試みは成功したものの、すぐに大きな問題が発生した。合成メッセンジャーRNAの接種によってマウスが病気になったのだ。「毛並みが乱れたり、体重が減ったり、走り回らなくなったりしたのです」とワイズマン教授は説明する。摂取量が多いと、マウスは数時間のうちに死んでしまった。「メッセンジャーRNAが使えないことはすぐに分かりました」。

死因は炎症だった。数十億年にわたり、細菌や植物、哺乳類は全て、ウイルスの遺伝物質を見つけ、それに反応するように進化してきた。ワイズマン教授とカリコ准教授が次に取り組んだのは、細胞がどのように外来のRNAを認識するのかを特定することだった。ワイズマン教授は「これには何年もかかりました」と述べている。

2人が発見したように、細胞には、自分のRNAとウイルスのRNAを区別するセンサー分子が詰め込まれている。センサー分子がウイルスの遺伝子を見つけると、サイトカインと呼ばれる免疫分子を総動員し、体がウイルスに対処できるようになるまでの間、ウイルスの侵入を食い止めようとする。「抗体反応が起こるまでには1週間かかります。その7日間、あなたが生きていられるのは、これ …

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