長引く新型コロナ後遺症、自己免疫が原因か?
新型コロナウイルス感染症の患者の一部は、回復後も「ロング・コビッド」と呼ばれる後遺症に悩まされている。当初は原因が分からなかったが、最近になって自己免疫疾患である可能性を示す研究結果が出てきた。答えはまだ出ていないが、分析が進むにつれて何が起きているのか、少しずつ分かりつつある。 by Adam Piore2021.05.01
アーロン・リング助教授は、2020年3月~4月にイェール・ニューヘブン病院に収容された新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の患者から血液サンプルを収集し、検査した。リング助教授は検査を始めた時点ですでに、「自己抗体」と呼ぶ一種の免疫細胞を一部のサンプルで確認できるだろうと予想していた。自己抗体とは正常に機能しなくなり、自己の組織を攻撃するようになった抗体だ。重症感染症にかかった後に現れることが知られている。
一部の新型コロナウイルス感染症患者の血液中に潜在的に危険な自己抗体のコピーが存在することは、ニューヨーク市のロックフェラー大学の研究者がすでに突き止め、2020年10月末に論文発表していた。新型コロナに感染する以前に、何らかの感染がきっかけとなって作り出されたと考えられる自己抗体が潜んでいて、ほかの免疫細胞を誤って攻撃していたと見られている。この発見は、新型コロナ患者の一部がひどく重症化する原因を説明する助けになった。
イェール大学のがん免疫学者であるリング助教授は2020年秋、イェール・ニューヘブン病院の新型コロナ患者から収集した血液サンプルの検出結果を見てひどく動揺し、生後9カ月の娘を保育園に預けることを止め、家族をロックダウンに引き戻した。
ロックフェラー大学の研究者は、他の免疫細胞を攻撃できる状態の1種類の抗体を特定していた。しかし、リング助教授は、自身が開発した新たな検出手法を駆使して、人間の体内のさまざまなタンパク質を攻撃できる状態にある多様な自己抗体群を発見した。その中には、重要な臓器や血液中で見つかったものもある。一部の患者のサンプルから発見した自己抗体の強度や多様性、そしてそれが体内の至る所に存在することにリング助教授はショックを受けた。それは、慢性自己免疫疾患の患者から見つかるものと同様だった。慢性自己免疫疾患は、患者に一生続く痛みをもたらし、脳を含めた臓器に損傷を与えることがある。
「私を特に驚かせたのは、新型コロナ患者に、全身性エリテマトーデス(全身性紅斑性狼瘡)などの自己免疫疾患と同程度の自己反応を確認したことです」とリング助教授は言う。
リング助教授の自己抗体検査によると、一部の患者では(軽症の患者でさえ)、不正な免疫細胞が攻撃の準備を整え、血液細胞に狙いを定めていた。心臓や肝臓に関連するタンパク質を狙う免疫細胞も見つかった。中枢神経系や脳を攻撃できる状態の自己抗体を持っている患者もいた。リング助教授の調査結果は、ロックフェラー大学の科学者が明らかにした事実よりはるかに恐ろしいものであり、人体の免疫システム全体に影響を及ぼすことを示していた。つまり、新型コロナウイルスに対する反応の過程でさまざまな新しい自己抗体を作り出し、体が自分自身に戦いを挑んでいるような状態になっていたと考えられる。
リング助教授を最も恐れたのは、自己抗体が一生続く可能性があることだった。そして、以下のような恐ろしい疑問が頭に浮かんだ。感染から回復した後も細胞を攻撃する強力な自己抗体が体内に残っているとしたら、患者の長期的な予後はどうなるのだろうか? どれほど細胞や組織が破壊され、どのくらいの期間続くのだろう。
ワクチン が新型コロナウイルスの容赦ない拡大を止めるだろうという期待が高まっているが、ほかの公衆衛生危機が迫っている。しばしば「ロング・コビッド」と呼ばれ、新型コロナウイルス感染症から回復した一部の人が悩まされている不可思議な慢性疾患である。回復患者のおよそ10%が、後遺症に悩まされ続けている。その多くは、初期症状が軽症の患者だった。
このような長引く後遺症を抱える人はしばしば、極度の疲労、息切れ、「ブレイン・フォグ(集中力や記憶力の低下など)」、睡眠障害、発熱、胃腸障害、不安、うつなど多様な症状に悩まされる。世界各国の政策立案者や医師、科学者は、新型コロナによって、無数の健康な若者が何十年にもわたり身体の衰弱に苦しむ可能性があると警告している。
ロング・コビッドの原因はまだ判明していないが、今のところは、自己免疫が最も可能性の高い要因とされる。そして、少なくとも一部の患者で、症状を引き起こしている要因として最も疑わしいのは、大量の暴走した自己抗体であるとリング助教授は考えている。
免疫システムの暴走、サイトカインストーム
新型コロナウイルスのパンデミックで最前線に立つ医師が、多くの患者にとって最大の脅威はウイルスそのものではないと気づくのに長い時間はかからなかった。最大の脅威はウイルスに対する人体の反応だったのだ。
中国の武漢の一部の臨床医は、多くの重症患者の血液にはサイトカインと呼ぶ免疫タンパク質が大量に産生されていることに気づいた。サイトカインは、細胞死のきっかけとなるほか、体の一部が自己の組織を攻撃し始める「サイトカインストーム」という現象を引き起こせる。いわば、細胞のSOSシグナルである。サイトカインストームは、一種の危険で終末的な免疫応答と考えられていた。数で圧倒されている銃撃戦の最中、自分の陣地に空爆を呼び込むようなものである。
サイトカインストームは、他の疾患の症例でも確認されていたが、新型コロナウイルス感染症によって起こるサイトカインストームは異常な破壊力を持っていることがすぐ明らかになった。
ロックフェラー大学で免疫と遺伝を研究しているジャン=ローラン・カサノバ教授は、パンデミックの早い段階で、サイトカインストームについて詳しく調べることにした。インフルエンザの重症患者の多くが、重要なシグナル伝達タンパク質を産生する能力を阻害する遺伝子変異を持っていることを、カサノバ教授は2015年に明らかにしていた。このシグナル伝達タンパク質は、インターフェロン-1(IGF-1)と呼び、患者に効果的な初期免疫応答を起こさせる働きがある。「ウイルスが周りにいるので窓を閉めてドアをロックするよう」隣接する細胞に伝達してウイルスの複製を「妨害(インターフェア:interfere)」することから、インターフェロンという名前が付いたとカサノバ教授は説明する。
カサノバ教授が新型コロナの重症患者を診ていた時、重症の肺炎に苦しむ患者の一部ではあるが一定数が、先天的な異常を抱えていることを発見した。インタ …
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