出会い系アプリも活用、
危機的状況に立ち向かう
インドのネット市民を追う
新型コロナウイルスの感染者が爆発的に増加しているインドでは、政府の支援をほとんど受けられない市民たちが、インターネットを使って酸素や薬物、医療機器などのリソースを調達しようと奮闘している。 by Varsha Bansal2021.05.11
ソヒニ・ チャトパディヤイは、最後に奇妙なアイデアを試すまでは、医療を求めた活動をほとんど諦めていた。30歳のチャトパディヤイと彼女の友人らは、インド東部の都市コルカタで、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と戦っている幼なじみのために血漿を提供してくれる人を探していた。幼なじみの女性の血中酸素濃度は急激に低下しており、医師は、新型コロナウイルス感染症の生存者から提供された血液から作られた「回復期血漿」が、病状の改善に必要な抗体を提供するかもしれないと話していた。ソーシャルメディアに投稿しても有望な情報が得られなかったチャトパディヤイは、日曜日の夜11時になって、最後の手段として出会い系アプリのティンダー(Tinder)を使ってみた。
チャトパディヤイは、もうひとりの友人といっしょに、それぞれティンダーで無料アカウントを作成し、健康そうで自分達と年齢が近い人々のプロフィールを右にスワイプして「いいね!」した。チャトパディヤイはプロフィールに、「私の親友のために血漿を提供してくれる方にボーナスを差し上げます」と書いていた。 チャトパディヤイは、ティンダーの「いいね!」数の上限に達してしまったが、もうひとりの友人は、血液型が適合し、さらに驚くべきことに、血漿を提供しようと言ってくれる人から返事をもらうことができた。
「私は本当に感動しました」とチャトパディヤイは言う。「最初は絶望から生まれた冗談でしたが、実際にはいくつかの手がかり情報を得ることができ、血漿を提供してくれる人も見つかりました」。
ティンダーでの回復期血漿のマッチングは、一度限りの成功談かもしれない。だが、この話は、インドが危機に瀕している中で、インドの人々が愛する人を助けるために、ありとあらゆる方法でインターネットを利用していることを象徴している。インドでは現在、新型コロナウイルス感染症患者が1日に35万人近く発生しているが、この急増は4月上旬に始まったものだ。政府の対応や情報が十分でないため、一般市民はソーシャルメディアを利用して、金銭的な援助から医療機器まで、あらゆるものをクラウドソーシングしている。ツイッターやインスタグラムには、病院のベッドや酸素吸入器、抗ウイルス薬、血漿提供者などを求める声が溢れ、共有された情報をまとめたり、買い手と売り手を仲介したりするグーグル・ドキュメントやWebサイト、Webアプリが作成されている。
最近になって、複数の国が支援のために動き出した。英国は人工呼吸器と酸素濃縮器を送り、ロシアは発電機と医薬品を送る予定だ。圧力を受けたバイデン政権は、よりたくさんのワクチンを製造するための原材料と、人工呼吸器や個人用保護具を含む様々な種類の援助を送ることに合意した。
しかし、このような未曾有の状況下では、国際的な援助や現場での奮闘が物資の不足を克服できるかどうかは定かではない。インドでは、保健相が新型コロナウイルス感染症のパンデミックの「終焉」を宣言してからわずか1カ月後に、感染者総数は他のどの国にもかつて見られなかったほど多くにのぼっており、公式発表ではすでに20万人に迫るとされている死亡者数も過小報告されているとの声もある。
絶望的な状態
アーンチャル・ アグラヴァールは、ツイッターを通じて人々とリソースをつなげる活動をしているボランティアのひとりだ。「デリーの酸素ベッドは利用できますか? 返信で情報を知らせてください」といったことをツイートしている。
インドの酸素供給量の90%(1日あたり7500トン)は、新型コロナウイルス感染症患者に向けられているが、それでも、需要が大幅に上回っており、価格にかかわらず、追加供給につながる可能性のある情報はすぐに消えてしまう可能性がある。
「大勢の人が薬や手がかりとなる情報を求めていますが、どこに行けばいいのか、誰に連絡を取ればいいのかわかりません」。
アグラヴァールは過去2週間、そのような情報を4万2000人にものぼるツイッターのフォロワーに広め、人々の家族をリソースと結び付け、情報を検証し、人々の行き詰まりや誤った希望を一掃してきた。その過程で、毎日約400人の助けを求める人たちとやり取りをしてきたのではないかと見積もっている。
現在29歳のコンテンツ・クリエイターのアグラヴァールは、「大勢の人が薬や手がかりとなる情報を求めていますが、どこに行けばいいのか、誰に連絡を取ればいいのかわかりません。誰かに連絡を取れたとしても、需要が多すぎて薬が枯渇しています」と言う。
200人以上のボランティアと連絡を取り合い、酸素やベッド、抗ウイルス薬などの調達先を確認する取り組みをしているが、壁にぶつかることが多い。「偽のスクリーンショットも出回っています」とアグラヴァールは言う。悪意のある誤った情報はほとんどないが、不正確な連絡先や古い連絡先は大きな問題だ。
インド政府がツイッターとフェイスブックに、政府のパンデミック対応を批判する投稿を削除するよう要請したため、事態はさらに複雑化している。これまでに約100件の投稿が削除されており、政府はこれらの投稿について、「偽の情報や誤解を招く情報を広め」、「無関係だったり、古かったりして実情にそぐわない画像やビジュアルを使って、インドにおける新型コロナウイルス感染症の感染状況に関するパニック」を引き起こしたと語っている。
評論家らは、政府のこうした行為は検閲の始まりであり、誤った情報からユーザーを保護するという理由であっても、否定的な投稿を削除すべきではないと言っている。
その一方で、ボランティアは情報を最新に保つために尽力している。非営利の研究財団である「インディアスペンド(IndiaSpend)」のプログラム部長であるプラチ・サルベは、現在、5人のチームで不正確な情報、特にサプライヤーやリソースに関する間違った電話番号を正すべく、1日に350件の電話をかけている。サルベ部長は、インディアスペンドの「検証済み」リストに登録されている手がかり情報は、全体のわずか5〜10%であると推定しており、このリストを一般に公開している。問題のひとつは、「昨年無効とされた情報がまた出回っている」ことだと言う。
23歳のイーシャ・バンサルが、新型コロナウイルス感染症で入院している31歳のいとこのために、酸素ボンベキットと抗ウイルス注射液のサプライヤーをついに見つけたのは、数多くの空振りをした後のことだった。
バンサルは、デリーで他の14人の家族と一緒に暮らしており、2週間前に新型コロナウイルス感染症の症状が出始めた。自己隔離したにもかかわらず、まもなくして家族全員に感染の兆候が出てきた。状況が悪化するにつれ、酸素ボンベなどを探さなければならないとは思ったが、どこに行けばいいのかわからなかった。グーグルやワッツアップ(WhatsApp)で検索しても、電話番号が間違っていたり、サプライヤーに在庫がなかったりしたのだ。
そこに、バンサルの友人らが助けの手を差し伸べてきた。ツイッターやインスタグラムを駆使してサプライヤーを探し、次々と電話をかけていった。100回ほど電話をかけた後、1つの手がかり情報が得られ、新型コロナウイルス感染症から回復していたバンサルは、酸素キットを受け取りに行った。その代金は元の価格の12倍の金額だった。その後、1200ドル近くの金額を払って、抗ウイルス薬をブラックマーケットで購入した。
「こんなことでお金を儲けようとする人がいるなんて非人道的です」とバンサルは言う。
バンサルはまた、家族や友人などのチームで探すことが不可欠だとも言う。「ひとりで電話していたら力尽きていたかもしれませんが、仲間が協力してくれたので、やっとひとつの番号とつながることができたのです。仲間の助けがなければ、非常に時間がかかり、気が滅入ってしまったでしょう」。
クラウドソーシングの限界
ボランティアがソーシャルメディアで発信した情報を、集約してくれる人々もいた。25歳のソフトウェア・エンジニアであるウマング・ガリヤは、「covid19-twitter.in」というWebサイトを作った。このサイトは、都市に特化したリソースを探すための場所としてスタートし、徐々に、ベッド、酸素、レムデシビル、ファビフル(アビガンのジェネリック)といったキーワードを追加していった。1週間足らずの間に20万人以上がこのWebサイトを訪れた。
「インスタグラムやツイッターなどのWebサイトは、多くの人が情報を見つけたり共有したりできるネットワークの構築に役立っていますが、排他的であり、エリートなのです」。
ツイッターには、認証されたユーザーが共有するリソースのリストが作成されている。
しかし、ネット上のクラウドソーシングは、助けが必要な人をすべて助けられているわけではない。インドのツイッターユーザーは200万人強、インスタグラムユーザーは約2800万人で、約7億人の国内インターネットユーザーのほんの一部。インターネットユーザーは、13億6000万人の人口の半分程度にすぎない。ツイッターが何であり、どう使うのかを知らない人々が大勢いるのだ。南インドのある村では人口の約半数が新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に陽性反応を示したことが報告されるなど、インドの農村部では新型コロナウイルスが猛威をふるっており、人々は情報格差を克服するためのさまざまな方法を考案している。テックデザイン企業「デザイン・ベクー(Design Beku)」のパドミニ=レイ・マーレイ創業者は、「インスタグラムやツイッターなどのWebサイトは、多くの人が情報を見つけたり共有したりできるネットワークの構築に役立っています。ですが、それらは排他的であり、インドの大多数の人々に自助を求めて放置しているエリートなのです」と言う。
マーレイは先週のある朝起きたときに、バンガロールで英語と現地の言語であるカンナダ語を話す人たちのためのWebサイト「oxygenblr.in」を作ることに決めた。このサイトには、救急車の電話番号、酸素やベッドの空き状況、在宅医療、献血などさまざまな情報が掲載されている。マーレイは、「こうしたソーシャルメディア・プラットフォームのコンテンツをすべて拾い上げ、人々がアクセスできるように固定された場所に置く必要があると感じたのです」と言う。
政府の役割
小規模なデジタル活動が軌道に乗ると、より大きな協力関係が生まれる。投資家やスタートアップ企業が酸素ボンベや濃縮器を輸送するための飛行機を貸し切ったりするなど、インドのテクノロジー産業からの支援が始まっている。また、多数の人が集まって、酸素やワクチン、在宅医療のための資金を約1000万ドル調達している一方で、暗号通貨で資金を集めるキャンペーンをしている人もいる。
しかし、市民が自分たちで解決策を見い出そうとする中、専門家らは政府の取り組みを批判している。例えば、ナレンドラ・モディ首相は、感染者数がコントロールできなくなったときにテレビに出てきたが、危機の真相についてコメントするわけでもなく、もっと気をつけるように国民に要請しただけだった。また、モディの政党はツイッターで、ある州の無料ワクチンは選挙での勝利が条件になると発言している。
こうしたことは、インドが世界有数のワクチン生産国であるにもかかわらず、政府が大規模な市民集会を容認し、接種目標を達成するために必要なワクチンのわずかな量しか発注しなかったことから来ている。インドは、2月に300万回分以上のワクチンを隣国のバングラデシュ、ネパール、ブータン、モルディブに提供したが、その後、自国民を優先していないと批判された。
物資の不足が深刻化する中、公衆衛生の専門家は、インド政府がより強いリーダーシップを発揮する必要があると指摘する。インド公衆衛生財団の疫学者であるギリダラ・バブーは、透明性と説明責任が最初のステップであると考えている。第2波の速さと規模の大きさに不意を突かれたモディ政権だが、危機が深まるにつれ、「政府はそれを認めざるを得なくなっている」と言う。
ただし、ようやく官僚らが協調して行動する兆しも見えてきた。モディ政権は先日、医療用液体酸素と酸素ボンベを全国から輸送する「オキシジェン・エクスプレス(oxygen express)」という列車を運行した。最初の列車は、4月23日に、最も被害の大きかった州のひとつであるマハーラーシュトラ州に到着した。
それに加えて、各州政府はそれぞれ、州全体のロックダウンを実施したり、オンラインポータルを立ち上げたりしている。例えば、カルナタカ州では、昨年の国内第1波の際に立ち上げたオンラインデータ・ダッシュボードを再稼働させ、病院の空きベッド数や症例数などの正確なデータを州全体で共有している。今年は「いくつかの不具合があるものの、解決されつつあります」というのは、ウイルス学者であり、同州の新型コロナウイルス技術諮問委員会の一員でもあるV. ラヴィだ。間もなく、「現在の危機の対応についても、同じような役割を果たせるようになるはずです」と言う。
政府にリソースがあったとしても、人々が自分の住んでいる市のヘルプラインやソーシャルメディアの存在を知らないため、利用されていない場合もある。また、単にいっぱいいっぱいになっているサービスもある。
「電話が絶えずかかっているので、人々が電話をかけようとしても、ほとんどの場合、話し中になります」と言うのは、市民のリソース情報確認を支援するチームを運営しているデリーの弁護士、アナス・タンウィールだ。「電話に出たとしても、提供できるベッドは残っていません」。ほかにも、政府のWebサイトがベッドの空き状況に関する情報を提供していても、自宅で療養している人々のための酸素や抗ウイルス薬、食糧の提供などに関する重要な情報を見つけるのは難しいという人もいる。
バブーは、解決策をもたらす単一の取り組みは存在しないと言う。これほど大きな危機に対抗するには、政府が市民グループやオンライン・プラットフォームと協力すること以外にはないのかもしれない。「市民がこのような連帯感を生み出し、政府が調整役になってすべての詳細な情報を更新することが保証されるようになれば、事態ははるかに改善されるでしょう」とバブーは言う。
◆
筆者のヴァーシャ・バンサルは、インドのバンガロールを拠点とするジャーナリスト。消費者向けインターネットについて取材している。
この記事は、ロックフェラー財団が支援するパンデミック・テクノロジー・プロジェクトの一環として執筆されたものです。
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