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パンデミックで露呈した顔認識システムの限界
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The pandemic is testing the limits of face recognition

パンデミックで露呈した顔認識システムの限界

米国では政府による顔認識システムの使用が拡大している。だが、失業給付金の不正受給防止に顔認識を利用したケースでは、困窮した市民が支援を受けられない事態も発生している。 by Mia Sato2021.09.30

ロサンゼルス在住のアーティストであるJBは、一見したところ、運転免許証の写真と同一人物には見えない。なにしろ、身分証の写真は数年前のものだ。当時は黒のロングヘアだったが、今は丸刈りでブリーチしている。そのうえJBはトランスジェンダーで、過去2年間にわたってテストステロンの投与を受けている。その結果、顔立ちが変わり、眉は太くなり、以前はなかったにきびができた(プライバシーを懸念する本人の希望により、名前はイニシャル表記とした)。

JBは2020年3月、ロックダウンのあおりを受けて小売店でのパートタイムの仕事を失い、数百万人の米国人がそうしたように、失業給付金の受給を申請した。外見の変化が受給の妨げになるとは、夢にも思わなかった。書類をオンライン提出してから数カ月が経過し、その間ホットラインに何度電話をかけてもつながらなかったが、ようやくJBの元に、カリフォルニア州の顔認識システムで本人確認をするよう案内が届いた。だが、何度試してみても、JBの顔と身分証の写真はシステム上で一致せず、JBは対象に該当するはずの制度から締め出された。結局、JBは申請を諦めた。プロセスはあまりに理不尽だった。

法執行機関や民間企業は何年も前から顔認識システムを利用してきたが、パンデミックを機に、政府による援助の分配にもこのテクノロジーが急速に普及した。州や連邦政府機関は顔認識システムを導入し、失業給付金やその他の公的援助を申請する人々に対し、非接触・自動で本人確認をするようになった。

専門家や社会活動家は、顔認識テクノロジーの欠陥により、困窮する人々が切実に必要とする支援の網からこぼれ落ちることを懸念している。それどころか、顔認識システムが設計通りに機能することで、より危険な状況が生じる可能性さえある。

日常に浸透する顔認識

パンデミックにより、生体測定データ収集ツールの使用は加速した。入口での体温チェック、学校でのサーマルカメラ、空港での顔スキャンなどだ。失業給付金などの福祉サービスに関して、州政府はとりわけ顔認識に注目し、受給資格のある人に給付する前の本人確認に使用している。2020年12月に承認された米国連邦政府の2度目の景気刺激策では、連邦政府予算から支出されるパンデミック失業給付金について、申請者の本人確認が各州に義務づけられている。

現在、カリフォルニア州を含む27州の失業給付担当機関が、顔認識テクノロジーを提供する民間企業アイディー・ドット・ミー(ID.me)と提携していると、同社のブレイク・ホールCEO(最高経営責任者)は説明する。加えて、州が講じる詐欺防止策に対して米国労働省が巨額の助成金を拠出していることも、顔認識テクノロジーへの資金の流入につながっている。ここ数カ月、失業給付システムが申請者の顔スキャンを認識できない事例の報告が全米各地で相次いでおり、JBのような人々は金銭面で危機的な状況に置かれている。誤認のリスクは均一ではない。有色人種は白人よりも顔認識の精度が落ちることが裏付けられている。また、2019年に発表された連邦政府機関の研究によると、男性の顔は女性よりも正確に認識されやすい。これらの知見は、昨年発表された研究でさらに詳しく検討されている。

アイディー・ドット・ミーのホールCEOは、ユーザー700人をサンプルとする社内テストでは、皮膚の色調と、1対1のマッチング段階の誤答率に関連はみられなかったと言う。

顔認識ソフトウェアはパンデミック以前から広く普及し始めたが、潜在的な欠陥を指摘する声は多い。調査報道によると、米国各地の警察署で膨大な顔写真データベースに基づく捜査が実施されているが、正確さは疑わしいとされる。有色人種が対象だとうまく機能しないとわかり、顔認識テクノロジーの使用を取りやめた、あるいは制限した企業もある。それでも、導入拡大は続いている。ほかの連邦政府機関も利用拡大を計画中であり、街を見渡せば、ショッピングモールからコンサート会場まで、あちこちで利 …

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