血液を卵子に 「生殖の常識」覆すスタートアップの驚きの計画
米国のスタートアップ企業であるコンセプションは、成人の細胞を卵子に作り替えることを目指している。成功すれば、年齢や性別を問わずに子どもを作れるようになり、生殖の常識が覆されるかもしれない。 by Antonio Regalado2021.12.02
数年前から、カリフォルニアのテクノロジー業界で活躍する一人の青年が、世界有数の発生生物学研究室に姿を現し始めた。これらの研究室では胚の秘密を解き明かしており、特に卵子の形成過程に関心を抱いていた。一部の研究者は、もし卵子の形成過程が分かれば、それを再現することでどんな細胞でも卵子に変えることができるのではないかと考えていた。
こうした研究の手助けをしたいと申し出たのが、研究室を訪れていたマット・クリシロフ最高経営責任者(CEO)だった。クリシロフCEOに生物学の知識はなく、年齢もまだ26歳だった。しかし、エアビーアンドビー(Airbnb)やドロップボックス(Dropbox)などの企業に早くから出資している、サンフランシスコの有名なスタートアップ・インキュベーターであるYコンビネーター(Y Combinator)で研究プログラムを担当したことで、自分は裕福なテック系投資家との「つながり」を持っているのだと、クリシロフCEOは言った。
また、クリシロフCEOは、人工卵子の技術に特に関心を持っていた。クリシロフCEOは同性愛者であり、理論的には男性の細胞を卵子に変えられることを知っていた。人工卵子がもし実現すれば、2人の男性の間に、2人の遺伝子を持つ子どもが生まれることになる。「私は『同姓カップルが自分たちの子どもを作れるようになるのは、いつなのか』ということに興味がありました」と、クリシロフCEOは言う。「それを実現するのに有望な技術だと思いました」。
今や、クリシロフCEOが設立したコンセプション(Conception)は、成人の細胞を配偶子(精子や卵子の細胞)に変える「体外配偶子形成」を商業的に実施する最大のスタートアップ企業となった。コンセプションは16人の科学者を抱えており、オープンAI(OpenAI)のCEOでYコンビネーターの元社長であるサム・アルトマンや、スカイプ(Skype)の創業者の一人であるジャーン・タリン、リカージョン・ファーマシューティカルズ(Recursion Pharmaceuticals)の共同創業者であるブレイク・ボーゲソン博士など、著名なテクノロジー業界の大物から2000万ドルを調達している。
コンセプションはまず、女性を対象に代替卵子を作ろうとしている。男性の細胞から卵子を作るよりも科学的に簡単なうえに、市場もはっきりしている。晩産化が進んでいるが、女性は30代になると健康な卵子の数が激減してしまう。体外受精クリニックを受診する患者が多いのは、このためだ。
コンセプションは、女性のドナーから採取した血液細胞を用いて、研究室で作られた最初の「概念実証用ヒト卵子」を作ろうとしている。しかし、他の企業と同様に、コンセプションはまだ実験に成功していない。科学的な問題はまだ残っているが、クリシロフCEOは2021年初頭に支援者にメールを送り、コンセプションが「そう遠くない将来に、この目標を達成する世界初の企業になるかもしれない」と述べた。そのメールによると、人工卵子は「これまでに作られた技術の中で最も重要なものの一つになるかもしれない」のだという。
これは決して大げさではない。もし科学者が卵子を生み出すことができれば、これまでの生殖の常識が覆されることになる。たとえば、がんや手術により卵巣を失った女性でも、生物学的に血のつながった子どもを持てるようになるかもしれない。さらに、研究室で作られた卵子を用いれば、女性の出産年齢に制限がなくなり、50歳や60歳、あるいはそれ以上でも血縁関係のある子どもを産めるようになるかもしれない。
採取した血液から卵子を作るということは、深い意味を持ち、倫理的な問題もはらんでいる。コンセプションのやり方では、幹細胞から卵子を作る際にヒトの胎児組織を必要としている。もし生殖がこれまでの常識から切り離されれば、考えたこともないシナリオが生まれるかもしれない。同性間の生殖のみならず、1人で、あるいは4人で子孫を残すことさえもできるようになるかもしれない。
より現実的には、この技術によって卵子が製造可能な資源となるため、デザイナー・ベビーへの道が大きく開ける可能性がある。一人の患者のために医師が1000個の卵子を作れるとすれば、すべての卵子を受精させ、将来の健康状態や知能を示す遺伝子を検査して評価し、最も優れた胚を見つけることができるだろう。また、こうした実験的な過程では、CRISPR(クリスパー)のようなDNA改変ツールを使って自由に遺伝子を編集できる。コンセプションは2021年の初めに、人工卵子によって「胚における広範囲のゲノム選択と編集」が可能になるとの予想を発表した。
「パーキンソン病やアルツハイマー病のリスクを大幅に低減できるならば、それは非常に望ましいことです」とクリシロフCEOは言う。商業的にも健康的にも利益は大きいはずだ。
科学的な理由から、男性の細胞を健康な卵子に変えるのは難しいと考えられており、コンセプションはまだ試作もしていない。しかし、これはコンセプションのビジネスプランの一部である。クリシロフCEOが家庭を持つ頃には、体外受精の胚の遺伝子構成に2人の男性が平等に関与できるかもしれない。そして、代理母がその子を妊娠し出産できるかもしれない。クリシロフCEOはMITテクノロジーレビューの取材に対し、「私は実現可能だと思っています」と述べた。「実現できるかどうかではなく、いつ実現するのかが問題です」。
ネズミの尻尾
卵子を作る技術は次の通りだ。まずは成人の白血球などの細胞を採取して、強力な幹細胞に作り変える。このプロセスは、ノーベル賞を受賞した「リプログラミング(初期化)」と呼ばれる発見に基づいている。リプログラミングとは、任意の細胞を、あらゆる組織を形成できる「多能性」幹細胞に作り変える技術だ。次のステップでは、出来上がった多能性幹細胞を、患者と同じ遺伝子構成の卵子になるよう誘導する。
科学的に難しいのはこの部分だ。特定の種類の細胞は、研究室で非常に簡単に作製できる。多能性幹細胞を数日間シャーレの上に置いておくと、一部は自然に心筋のように拍動し始め、一部は脂肪細胞になる。しかし、卵子は最も作るのが難しい細胞かもしれない。卵子は体内で最も大きな細胞の一つである。また、生物学的にも独特だ。女性は生まれたときにすべての卵子を持っており、生後に新しい卵子が作られることはない。
2016年に日本の斎藤通紀教授と林克彦教授が、マウスの皮膚細胞から卵子を作り、体外で受精卵を作ることに初めて成功した。発表によれば、2人はマウスの尻尾から切り取った組織から多能性幹細胞を作り、それをマウスの胎児の卵巣から採取した組織と共に培養することで、卵子にすることができたという。つまり、ミニ卵巣を作らなければならないのである。
「『シャーレで卵子を作れるのか』という問題ではありません。卵子は体内での場所に左右される細胞なのです」と言うのは、ベッドフォード・リサーチ・ファウンデーション(Bedford Research Foundation)の発生学者であるデヴィッド・アルベルティーニ教授だ。「つまり、生命を発生させる過程を再現できる人工構造物を作るということなのです」。
予期せぬ訪問者
日本でのマウス実験成功から1年後、クリシロフCEOはこのプロセスがヒトでも再現できるのかを知るために生物学の研究室を訪れ始めた。イギリスのエジンバラを訪問し、イスラエルの教授とスカイプ(Skype)で通話し、福岡の九州 …
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