KADOKAWA Technology Review
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見落とされてきた
気候変動の脅威、
地下水位の上昇が深刻な理由
Jon Han
気候変動/エネルギー Insider Online限定
How rising groundwater caused by climate change could devastate coastal communities

見落とされてきた
気候変動の脅威、
地下水位の上昇が深刻な理由

気候変動の影響として懸念される海面上昇に比べて、地下水位の上昇はあまり注目されていない。だが、住宅の破損や健康被害など、沿岸部の住民へ与える影響は決して小さくない。 by Kendra Pierre-Louis2022.01.26

フェイ・サウレナスは、同情を求めているわけではない。

70歳代のサウレナスと46歳の娘のローレンは、2020年の冬、つまり新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の冬を、マサチューセッツ州ソーガスの暖房設備が動かない家で過ごした。ローレンは出生前に負った脳損傷が原因で、四肢麻痺や視覚障害、その他の障害の中でも特に発作性疾患に冒されている。冬のソーガスでは、夜間の気温がマイナス10℃を切ることも珍しくない。暖房がなければ2人とも生き延びられない。彼女たちは小さな室内電気ヒーターに頼った。そのせいで電気代は2月だけで750ドルもしたが、温められるのは寝室1つだけだった。

サウレナスは同情を買うために体験談を語っているわけではなく、警鐘を鳴らしているのだ。彼女によると、地下水位上昇のせいでガス管に水が入り込み、暖房設備の内部は錆びた。これが彼女の身に降りかかったことだ。もし、この記事を読んでいる人が沿岸部に住んでいるなら、たとえ海から数キロメートル離れていても、同じように水が迫ってくるかもしれないと考えて欲しい、と彼女は語る。

聞いたことがないかもしれないが、地下水位の上昇はインフラを壊滅させかねない現実の脅威だ。道路は地下から侵食され、汚水処理システムは機能しなくなり、海水を食い止めている防波堤によって海へ排出されない地下水がため込まれて洪水が頻発する。住宅の基礎はひび割れ、下水道は逆流し、有毒ガスが住宅内にこもる恐れまである。

ソーガスは、ボストンの北東約15キロメートルに位置する小さな町だ。地図を見ると、ここが水の町だと分かる。ソーガス川とその支流が町の中を蛇行し、湿地を通って大西洋に注ぐ。1975年、サウレナスは海に突き出したリビア・ビーチで大西洋から隔てられた塩性湿地に家を買った。

海のすぐそばであることを考えれば、彼女の近頃の災難の原因は明らかだ。海面の上昇だ。1950年以降、この地域の海面水位は20センチメートル近く上昇した。しかも、変化は直線的に起こってきたわけではない。現在、海面上昇は一世代前よりも急速に進行しており、およそ8年に1インチ(2.5センチメートル)の速度だ。だが、サウレナスが寒さに震える原因を作った地下水位の上昇は、少なくとも直接海水が押し寄せて来たからではない。

問題が起こり始めたのは2018年だった。地下の配管に水が入り込んでガスが止まり、暖房設備が動かなくなってしまったのだ。問題は数年にわたり、断続的に続いている。ガス管に水が入ると、ガス会社のナショナル・グリッド(National Grid)は供給停止を余儀なくされる。ナショナル・グリッドは水が入り込む場所を調査し、問題箇所を修理して、水を排出しようと試みている。

ナショナル・グリッドは、問題の原因を公式には明らかにしていない。だが、サウレナスの考えでは、犯人は地下水だ。

マサチューセッツ州にあるナショナル・グリッドのインフラの約3分の1を占める鋳鉄管は、もともと錆びや腐食に強くない。かつては地下水位を十分に上回る位置にあったガス管が、季節性の水位上昇によって断続的に水に浸るようになった、とサウレナスは考えている。上昇した地下水がガスの主配管に侵入し、ガスメーターを水浸しにして、最終的に暖房設備が腐食されたというのが、彼女の主張だ。

その答えを求めてサウレナスが相談した専門家、カリフォルニア大学バークレー校のクリスティーナ・ヒル准教授も同意見だ。「彼女は海面上昇と関係があるのですか? と尋ねてきました。答えは、もちろんそのとおりです」とヒル准教授は言う。

ヒル准教授は多くの研究者と同様に、一般市民と政策立案者に、地下水位上昇のリスクを真剣に受け止めるよう訴えている。危険性が明らかな海面上昇とは異なり、地下水位上昇はあまり注目を浴びていない。水文学者はこの問題を認識しており、学術研究は盛んだが、学問の世界の外ではいまだに見過ごされたままだ。2018年に公開された最新版の全米気候アセスメント(National Climate Assessment)でも、地下水位上昇への言及はわずかだ。多くの州や地域の気候適応計画や洪水ハザードマップにおいてさえ、ほとんど記載されていない。

2021年に学術誌『シティズ(Cities)』に掲載された論文によれば、沿岸部の都市が気候リスク評価を実施する際、地下水位上昇が評価項目に入ることはまれだという。論文を執筆したニューヨーク州立大学ストーニーブルック校のダニエル・ロゼル博士は、「問題とされるのは、大体において海面上昇や高潮です」と記している。「地下水に何が起こりつつあるのか、という疑問はほとんど提起されていません」。

既存のインフラや計画されている気候適応策に、地下水位上昇が甚大な影響をもたらす恐れがある。地下水位上昇を考慮していない修復作業は無駄に終わるだろう。数十億ドル相当のインフラの再整備が必要になる。そして洪水被害は、ほとんどのハザードマップで示されているよりもはるかに広範囲におよぶ可能性がある。ハワイ大学の研究チームの2012年の論文によれば、洪水リスク評価の項目に地下水位を追加すると、海面上昇だけに基づいて評価するよりも危険エリアの面積は全米で2倍以上に増加する。

「地形がとても平坦で、水が簡単に通り抜ける地質がゆるい土地」の沿岸地域は、どこでも「地下水位上昇が大きな問題になるでしょう」とヒル准教授は言う。こうした条件はマイアミ、カリフォルニア州オークランドや、ニューヨーク州ブルックリンなどにあてはまる。マウンテンビューのようなシリコンバレーのコミュニティも地下水位上昇に脆弱であり、ワシントンD.C.もそうだ。世界を見渡すと、北西ヨーロッパの大部分、英国、アフリカ、南米、東南アジアの沿岸部もリスク地域にあたる。

「途方もなく大きな問題です。私たちは浸水の問題を大幅に過小評価していました」。

加えて、地下水移動のメカニズムが原因で、リスク地域に住む人々が危険に気づいた時にはもはや手遅れかもしれない。「地下水に関して最も重要なことの1つは、地下水位上昇は表層水の氾濫より先に起こることです」とロゼル博士は言う。言い換えれば、海水が玄関に押し寄せるよりずっと前に、人々は地下水の氾濫を経験することになるのだ。

足元の水

海面上昇が地下水面の上昇を引き起こすのは、一見不可解に思える。表面的には両者は無関係に思えるが、実はそのつながりはシンプルだ。地下水面の上昇が長らく無視されてきた事実は、簡単に目に見える問題に取り組みがちな人々のバイアスを物語っている。

両者の関連を理解するため、最初に地下水の基礎を抑えておこう。地下の堆積物に含まれる水は、 …

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