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ロシア「報道の壁」に立ち向かう市民、ネット広告も駆使
AP Photo/Denis Kaminev, File
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The activists using ads to sneak real news to Russians about Ukraine

ロシア「報道の壁」に立ち向かう市民、ネット広告も駆使

規制強化が進むロシアの報道は日増しに真実から乖離しつつある。ターゲティング広告やポップアップ通知などのさまざまな手法を駆使して、市民に正しい情報を提供しようとする試みが広がっている。 by Chris Stokel-Walker2022.03.11

ターゲティング広告はインターネットのいたるところで人々に付きまとい、思わず笑ってしまうようなミームTシャツから高級スリッパまで、さまざまな物を売り込んでくる。そして今、トラッキング・ピクセルとポップアップ広告の力を借りて、ロシアの一般市民にウクライナ侵攻の真実を届けようとしている人たちがいる。

「ウクライナで起きていることを伝え、ウクライナの利益を代弁し、国際的な支持を取り付けるために、市民社会が大きな役割を果たすことはすでに知られています」。英国外務省でデジタル外交を担当した経験もある外交交渉の専門家、ジャック・ピアソンは言う。「ロシア政府の情報統制を突破し、一般市民に情報を届けようと、いまや世界中のコミュニティが取り組んでいます」。

現在、信頼できるニュースをロシアで入手するのは困難だ。国営報道機関は、今回の侵攻は自衛のための措置であると視聴者に伝え、TVレイン(TV Rain)などのロシアの独立系報道機関は当局によって閉鎖に追い込まれた。一方で、BBCやボイス・オブ・アメリカ(Voice of America)などの国際報道機関へのアクセスは遮断されている。情報の空白を埋めるため、少数の活動家はロシアのファイアウォールの穴を利用して、日増しに真実から乖離しつつあるロシアのメディア・エコシステムに、わずかな真実を提供しようとしている。

ロシアのプロパガンダ体制に風穴を空けようと、活動家はあらゆる手段を講じている。ロシアの薬局チェーン、オゼルキ(Ozerki)の利用者は2月28日夜、ウラジーミル・プーチン大統領の行為に対して「目を覚ます」よう促すスマホのプッシュ通知を受け取った。通知の内容は、プーチン大統領は同胞を戦争に送り込み、ロシア兵士の命のみならず、ロシア国民の財産をも奪おうとしているというものだった。オゼルキはその後のコメントで、同社はハッキングの被害にあったと説明した。さらに別のデジタル・キャンペーン活動家たちは、「ロシアのグーグル」と呼ばれるヤンデックス(Yandex)に、ロシアの主要な施設の偽のレビューを大量に投稿し、プーチン大統領のウクライナ侵攻に関する真実を広めようとしている。ウクライナ出身で米国在住のある学者は、数千人のロシアの同僚にメールを送り、ロシア軍が現在ウクライナで何をしているのかを知らせた。

ベルリンのWebデザイン会社「ニュー・ナウ(New Now)」は、Webページに埋め込めるスクリプトをギットハブに投稿した。このスクリプトをWebページに埋め込むと、ロシアのIPアドレスからアクセスした利用者に対して、ロシア政府は嘘をついており、罪のない人々や子どもが殺害されていると伝えるポップアップを表示する。

「開発者の視点でいえば、全体的にとても簡単なアイデアです」。スクリプトを書いたニュー・ナウのカイ・ニコレードズは言う。ニコレードズは、個人的に運営しているプロジェクトのWebサイトへのアクセス元を見て、このアイデアを思い付いたそうだ。「こうしたプロジェクトは、ロシアからアクセス遮断されないでしょう。情報の観点からはあまり重要なサイトでないからです。私たちは国際的な報道機関でも何でもありません。ただ皆を楽しませるようなプロジェクトを運営しているだけです」。コンセプトは、何が起こっているのか分からない人々の意識を高め、すでに何が起こっているかを知っている人々には、より深く考えるように促すことだ。「多くのロシア人は、政府の情報はどこか怪しいと感じているはずだと思いました。しかし、ちょっとした後押しが必要な人もいるかもしれません」とニコレードズは言う。「だから草の根運動を始めようと考えました」。

このほか、ロシア政府による作り話に小さな亀裂を入れるための巧妙な仕掛けとして、ウクライナで起きている真実を伝えることを目的としたネット広告などもある。

ロンドン在住のマーケティング・コミュニケーションの専門家であるロブ・ブラッキーは、ウクライナ紛争に関して、ロシア人読者を独立系ロシア語ニュースサイトへと誘導するターゲティング広告を配信するために、クラウドファンディングで資金を集めている。ブラッキーは自身の手法について、「デジタル広告の世界がつい最近まで完全な未開の地だった」という事実を利用していることを認めている。

ブラッキーが最初にこの手法を試したのは2014年、ロシアが今回とは別の虚偽の口実で、クリミアを一方的に併合した時のことだ。ブラッキーは、クリミア最大の都市、セバストポリに住む人々に対してロシアの侵攻に関するニュースを地域ターゲティング広告を使って表示し、最終的に1000人に閲覧された。とても小規模な実験だった …

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