小菅敦丈:AIによる電力危機を救う半導体研究者
膨大な研究開発費が投資されて加速的に性能が向上しているAIチップ。世の中でのAIブームの熱狂をよそに、東京大学の研究者である小菅敦丈は、現在のAIチップの課題と技術的な限界に着目する。 by MIT Technology Review Japan2022.03.15
「今では半導体は社会インフラの一部です。しかし、半導体研究から若い世代が離れている日本の現状に対して、私は極めて強い危機感を持っています」
- この記事はマガジン「世界を変えるイノベーター50人」に収録されています。 マガジンの紹介
2019年9月に発足した東京大学大学院の附属研究機関「システムデザイン研究センター(d.lab、以下ディーラボ)」に所属する小菅敦丈は、自らの半導体研究の拠点にディーラボを選んだ動機についてそう語る。
かつて日本は、半導体研究の分野で世界をリードする輝かしい時代があった。1980年代にはDRAMの生産で世界シェアを制するなど、「電子立国」と称されるほどであったが、今ではその姿は見る影もない。1990年代以降の汎用CPUやGPUの開発は言うに及ばず、最先端の人工知能(AI)やIoTなど「第四次産業革命」の要素技術である「AIチップ」の開発は、米国と中国、韓国、そして世界最大のファウンドリー(半導体生産受託会社)であるTSMC(台湾積体電路製造)を擁する台湾がメイン・プレーヤーとなっているのが現状だ。
小菅が「半導体技術のオリンピック」と表現する「ISSCC(国際固体素子回路会議)」においても、米中の企業や研究者がAIチップの研究で熾烈な競争を繰り広げているという。
「世界トップの国際学会に参加しているのは、半導体研究のアスリートのような人たちです。処理速度の向上や微細化プロセスなどをいかに究めていくかの競争で、米国が最大の40パーセントを占め、韓国と中国が20パーセントずつ、日本と欧州が残り10パーセントずつという状況です。こうした研究成果が反映される次世代AIチップの設計や製造も、インテルやエヌビディア、サムスン電子といった大企業が過半数を占め、予算規模も開発スピードも桁違いです。彼らと真っ向勝負というのはかなり困難な話で、私たちは基礎理論に立ち返り、学術の力でこれを乗り越えていくしかありません」
「反射的な知性」を持つロボット
膨大な研究開発費が投資されて加速的に性能が向上しているAIチップ。しかし、世の中でのAIブームの熱狂をよそに、小菅は現在のAIチップの課題と技術的な限界に着目していた。
「ディーラボに移籍する前は国内メーカーに勤務していて、工場のオートメーション技術やエッジAIの研究をしていました。近年はロボットに画像処理などのAI機能を載せるのが流行です。しかし、研究室レベルではできることでも、実際の製造現場で運用するにはさまざまな問題があります。まず、AIチップの消費電力が大きいこと、発熱量が多くロボットに搭載するには大きすぎること、さらに工場の粉塵や振動などの過酷な環境に対応できる信頼性が得にくいことがあります。そして、何より現在のAIチップでは、AIのアルゴリズムの進化に対して処理能力が圧倒的に足りていないという根本的な問題があるのです」
人口減少が顕著な日本ではAIを活用した製造業や建設業の自動化は喫緊の社会課題だ。しかし、そうしたAIを構築するのにかかる電力は膨大で、あるロボットAIの開発には約2.8ギガワット時の電力がかかったという話もある。これは一般的な火力発電所2基が1時間で出力する電力に …
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