「中絶の権利」は認められず 米最高裁、判例覆す
米国連邦最高裁判所は人工妊娠中絶の権利を認めたおよそ50年前の判例を覆し、中絶の権利は憲法上、認められないとの判決を下した。 by Rhiannon Williams2022.06.27
米国連邦最高裁判所は6月24日、中絶を憲法上の権利として正式に認めた1973年のロー対ウェイド事件判決を覆した。米国では一部の州で中絶が州法で禁止されているが、今回の判決によって同様の動きが米国全土へと広がる可能性がある。数百万人の健康面、精神面、金銭面などへ永続的な影響を与え、米国の性と生殖に関する権利(リプロダクティブ・ライツ)を50年前に後退させる判決だ。
今年5月には最高裁意見の草案とされる文書が流出し、従来の判例が覆されるとのうわさが広がっていたが、今回の判決でそれが確定した格好だ。判決文は、「合衆国憲法は中絶の権利を与えていない」とし、「憲法に従い、中絶の問題を国民に選ばれた代表者の手に戻す時が来ました」と付け加えている。
賛成意見を書いたサミュエル・アリート判事のほか、クラレンス・トーマス判事、ニール・ゴーサッチ判事、ブレット・カバノー判事、エイミー・コニー・バレット判事ら4人は判決を支持した。一方、リベラル派のスティーブン・ブライヤー判事、ソニア・ソトマイヨール判事、エレナ・ケイガン判事の3人は反対した。
リベラル派の判事3人は共同で「この法廷のために、そしてそれ以上に、今日、憲法による基本的な保護を失った何百万人もの米国人女性のために、我々は悲しみをもって反対する」との反対意見を書いた。
アリート判事は賛成意見で、この判決は「中絶に対する憲法上の権利に関わるものであり、それ以外の権利に関わるものではない」「この意見のいかなる部分も、中絶に関係のない判例に疑いを投げかけると理解されてはならない」と確約している。だが、クラレンス・トーマス判事は賛成意見で、今後さらに踏み込んで「避妊、同性愛行為、同性婚などを認めたすべての判例」を再考すべきだと主張した。トーマス判事は、これら3つの判例を「明らかに誤りである」とした。
現在、合法的な中絶の権利は州の法律に委ねられ、各州が禁止、規制、許可を決定できる。州によっては特に厳しい措置をとっており、アーカンソー州、オクラホマ州、ケンタッキー州などの13州では、最高裁の判断を受けて直ちに中絶を違法とするトリガー法が成立している。米国全体では、半数近い州で中絶が禁止あるいは制限されるかもしれない。また、レイプや近親相姦による妊娠や、胎児に遺伝的異常であっても、例外を一切認めていない州も多い。中絶専門クリニックが、数日から数週間のうちに次々と閉鎖を余儀なくされる可能性がある。
ロー対ウェイド判決が覆されたことで中絶ができなくなるわけではないが、件数は減少し、中絶を望む人は別の手段を選ばざるを得なくなるだろう。中絶を禁止または厳格に規制する州の住民は、引き続き中絶手術を受けられる地域への移動を検討することになる。だが、経済的に余裕のない多くの人にとって、時間と費用の負担が大き過ぎる。
また、今回の判断を受けて、反中絶活動家が監視やデータ収集を利用して、中絶希望者を追跡したり、特定したりすることも増えそうだ。情報は中絶希望者を刑事告発するために使われる可能性があり、特に州外へ移動しようとする人にとってきわめて危険なものとなる。
すでにミシシッピ州、フロリダ州、ノースカロライナ州などでは、中絶反対派の自警団が中絶専門クリニックを張り込み、訪問者を撮影し、その人の特徴や乗っている車の情報などを記録している。反中絶派は、収集したデータを使って中絶希望者に嫌がらせをしたり、連絡したりすることはないとしている。しかし専門家は、クリニックに出入りする様子を撮影した映像が当事者を狙った攻撃に悪用される恐れを危惧している。特に、法執行機関や民間団体が顔認識を使って当事者を特定することに対する懸念が大きい。
もう1つの方法は、いわゆる中絶薬を注文し、自宅で人目を避けて慎重に妊娠を終わらせることだ。安全性が高く、医師によって広く処方されている中絶薬は、外科手術と比べてはるかに安価であり、現在でも米国での中絶の大半を占めている。
昨年9月、テキサス州で胎児の心拍が確認された時点で中絶手術を違法とする新しい州法「SB8」が可決すると、オンライン活動家は州民が中絶薬を入手できるように奔走した。胎児の心拍を確認できるのは通常妊娠6週なので、この法案は事実上、中絶を犯罪と定めたのに等しい。多くの場合、妊娠が発覚するのは妊娠初期(妊娠4~15週)だからだ。
専門家はMITテクノロジーレビューに、居住する州の中絶薬の入手方法を調べるのが賢明だと述べ、少なくとも3年以上は保存できる薬を買い置きしている人がいるかもしれないと話した。
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- リアノン・ウィリアムズ [Rhiannon Williams]米国版 ニュース担当記者
- 米国版ニュースレター「ザ・ダウンロード(The Download)」の執筆を担当。MITテクノロジーレビュー入社以前は、英国「i (アイ)」紙のテクノロジー特派員、テレグラフ紙のテクノロジー担当記者を務めた。2021年には英国ジャーナリズム賞の最終選考に残ったほか、専門家としてBBCにも定期的に出演している。