米「中絶禁止」で広がる不安、生理アプリは使って大丈夫?
米国では6月、人工中絶の権利は憲法上認められないとの判決が下された。これを受けて、中絶が違法となった州では、刑事告発を恐れて、いわゆる「生理アプリ」の削除を呼びかける動きがある。主要アプリのプライバシー方針と代替案について調べた。 by Tanya Basu2022.07.17
米国最高裁判所が6月24日、人工中絶の権利は憲法上認められないとの判断を示した直後から、ソーシャルメディア全体で生理記録アプリを削除する呼びかけが広まった。これらのアプリは、生理がなかったことをピンポイントで特定できる極めて個人的なデータを収集している。法執行機関にデータが渡った場合、中絶が制限または禁止されている州で中絶をしようとした人の刑事訴追を推し進める可能性が懸念されている。
Right now, and I mean this instant, delete every digital trace of any menstrual tracking. Please.
— Prof Gina Neff (@ginasue) June 24, 2022
Delete your period tracking apps today.
— Jessica Khoury (@jkbibliophile) June 24, 2022
多くの人が恐怖心を抱き、混乱しているのも当然だろう。この記事では、生理記録アプリについて知っておくべきこと、往々にして曖昧なプライバシー・ポリシーについてアプリの開発元がどのように述べているのか、そしてデータの引き渡しを伴わない月経周期記録の代替案にはどのようなものがあるのかを示そう。
生理記録アプリを使う理由
生理はストレスや食事の変化をはじめとするさまざまな要因で、不規則で予測不可能になる場合がある。生理を記録することで、子宮内部に発生する非がん性の腫瘍である子宮筋腫などの、根本的な健康問題を明らかにできる。また、排卵によって影響を受けがちな気分や活力の周期を見つけるのにも役立つ。妊娠を意図している多くの人は生理記録アプリを使うことで、自分が最も妊娠しやすいタイミングを把握しようとしている。
なぜパニックが起きているのか
最高裁の判決が引き金となり、米国の13の州で中絶を違法とする州法が制定された。今後数カ月の間に中絶を禁止する州が増える可能性は高い。中絶を禁止した州では、今後、中絶が疑われた人が刑事告発される可能性がある。そうした人たちのデジタルデータの足跡が、起訴を固めるために利用される可能性が懸念されている。生理が来ないことは犯罪ではないが、そのデータがエビデンスとして召喚され、中絶の疑いがある人に対する裁判に利用される可能性があるのだ。
アプリメーカーはどのように発言しているか
MITテクノロジーレビューは、主要な生理記録アプリである「フロー(Flo)」と「クルー(Clue)」、性と生殖に関する権利(リプロダクティブ・ライツ)に基づく医療サービスを提供している非営利組織プランド・ペアレントフッド(Planned Parenthood)の「スポットオン(SpotOn)」に対し、プライバシー設定と、中絶が違法とされている州当局からの照合に対する情報提供の可能性について、コメントを求めた。クルーとスポットオンからの回答はなかった。しかし、クルーはツイッターで、欧州連合(EU)に拠点を置いているため、米国の当局とデータを共有することは認められていないと述べている。
「EU法の下では、いかなる私的な健康データも開示しないという重大な法的義務があります。繰り返しますが、クルーは米国当局によるユーザーの健康データの開示請求や召喚には応じません。しかし、もし米国当局からそのような動きがあった場合には、みなさんにお知らせするでしょう」。
We hear your questions & we understand your concerns. The thought that US authorities could use people’s private health data against them is infuriating & terrifying. Without fuelling further fear or speculation, we do want to offer our community clarity & reassurance. #RoevWade pic.twitter.com/eJIGiMKY2C
— Clue (@clue) June 25, 2022
フローとスポットオンは、データを当局に提供するか否かについての見解は述べていない。「スターダスト(Stardust)」という別のアプリは、「プライバシーを守る」と約束する動画を投稿し、大々的に拡散されたおかげで、7月末にはアップストア(App Store)のダウンロード・ランキングの上位に急浮上した。しかし、実際のプライバシー・ポリシーには「法的義務があってもなくても」当局にデータを提供する、と書かれている。スターダストの教訓は、確証を求めるならプライバシー・ポリシーの詳細をしっかり読むべきだ、ということだ。
こうした事態が意味するのは、アプリを使って月経周期を記録するのはリスクが利点を上回る可能性があるということだ。そして、中絶を禁止した、またはすぐにでも禁止しそうな州に住んでいる場合、最も安全な方策は、アプリの利用を止めると判断することかもしれない。しかし、その前に、以下のようなことを考慮すべきだろう。
1. 大局的に考える
中絶が禁止された州に住んでいるなら、自分の生理周期データ以外のデジタル痕跡にも注意すべきだ。「最大の懸念は、生理記録アプリではありません」。電子フロンティア財団(Electronic Frontier Foundation)の上級技術者で、セキュリティ研究者のクーパー・クインティンは話す。クリンティンは当局が中絶をデジタル的に証明するとしたら、ソーシャル・メディアへの投稿、テキスト・メッセージ(SMS)、グーグルの検索履歴のほうが優先順位は高いはずだと話す。
2.アプリを削除する前に、情報を保存しておく
生理記録用の表計算ソフト用テンプレートを作成したアリーザ・アウフリクティグは、失いたくない貴重なデータや情報が大量にあると話す。ノートに自分の情報を書き留めておくか、アウフリクティグのように表計算ソフトに情報を入力しておくべきだろう。
3.アプリを削除した後、アプリの提供元に自分のデータの削除を依頼する
アプリを携帯電話から削除したからといって、アプリ提供企業が記録を削除したことにはならないからだ。実際、ユーザー・データの削除が法的に義務づけられている州はカリフォルニア州だけだ。それでも、多くの企業は要求すればデータの削除に応じてくれる。その方法を順を追って説明しているワシントンポスト紙のガイドが役に立つだろう。
次に、アプリを使わずに安全に生理を記録する方法を紹介しよう。
1. 表計算ソフトを使う
生理記録アプリの機能は表計算ソフトで比較的簡単に再現できる。過去の生理の日付を一覧にして、生理の最初の日から次の生理の最初の日までの平均期間を計算すればいい。アウフリクティグが作成した生理記録や、ローラ・カトラーが作成した月経周期カレンダーと生理記録など、すでにネットにはさまざまなテンプレートが公開されているので、そのうちのどれかを利用すると良いだろう。生理アプリの科学的な側面が気に入っているなら、次の生理のタイミングについて通知で知らせたり、症状を記録したり、血流を記録したりできるテンプレートもある。
2. デジタル・カレンダーを利用する
表計算ソフトが苦手で、生活のすべてをデジタル・カレンダーに頼っている場合は、生理を繰り返し起きるイベントとして扱うことを、エモリー大学の学生であるアレクサ・モーセンザデーは提案している。モーセンザデーは、その過程を説明した動画をティックトック(TikTok)に投稿している。
モーセンザデーは、アプリがなくてもかまわないと話す。「(デジタル・カレンダ_ーは)自分のニーズに合わせてカスタマイズできますし、自分の感覚をメモして、それが生理と関連しているかを確認できます。一度やってみて」と
3 .アナログ化してノートや紙の計画書を使う
MITテクノロジーレビューはテクノロジーを扱うメディアだが、実際のところ月経データを他人の手に渡さないようにする最も安全な方法は、ネットを使わない記録だ。紙の計画書を購入するかノートを使えば、生理や自分の感覚を記録できる。
そういう作業は面倒だ、シンプルで無駄のないテンプレートがほしい、という場合は、ブリティッシュコロンビア大学の月経周期・排卵研究センター(Centre for Menstrual Cycle and Ovulation Research)が公開している、印刷可能な無料の月経周期日記を試してみると良いだろう。
4. 住んでいる州で中絶禁止の可能性が低ければ、今後も安全に生理記録アプリを利用できるかもしれない
重要なのは、プライバシー設定が明確で、ユーザー・データを当局と共有しないと公に約束しているアプリを選ぶことだ。クインティン上級技術者は、クルーはEUのプライバシー法に準拠しており、当局との情報共有を否定する約束を公開している。そのため、良い選択肢だと話している
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- ターニャ・バス [Tanya Basu]米国版 「人間とテクノロジー」担当上級記者
- 人間とテクノロジーの交差点を取材する上級記者。前職は、デイリー・ビースト(The Daily Beast)とインバース(Inverse)の科学編集者。健康と心理学に関する報道に従事していた。