悪玉コレステロールを遺伝子編集で一生下げる、世界初の治験
ニュージーランドのある患者に対し、CRISPRによる遺伝子編集で血中コレステロール濃度を下げる治験が実施された。この療法の効果と安全性が確認できれば、世界最多の死因である心臓発作の究極の予防法になるかもしれない。 by Antonio Regalado2022.07.15
ニュージーランドで、1人の治験ボランティアが、血中コレステロール濃度を下げるための世界初となるDNA編集を受けた。今後、この遺伝子編集テクノロジーが心臓発作の予防に幅広く使用されるようになる可能性を予見させる最初の一歩だ。
今回の試みは、米国のバイオテクノロジー企業であるバーブ・セラピューティクス(Verve Therapeutics)が実施している治験の一環である。遺伝子編集ツールであるCRISPR(クリスパー)の一種を注射投与して、患者の肝細胞のDNAの1文字を編集する。
同社の説明によると、DNAをたった1文字編集するだけで、「悪玉」コレステロールであるLDLの血中濃度を恒久的に下げるのに十分な効果があるという。LDLは、動脈を詰まらせて次第に動脈硬化が進行する原因となる脂肪分子である。
ニュージーランド在住のこの患者は、血中コレステロール濃度が極めて高くなる遺伝的リスクを持っており、すでに心臓病に苦しんでいた。バーブ・セラピューティクスは、今回の手法はいずれは数百万人を対象に使用され、循環器疾患の予防に役立つ可能性があると考えている。
3年前に同社を創業したスカール・カティレサン最高経営責任者(CEO)は、「この治療に効果があり、安全性も確認できれば、これこそ心臓発作の究極の予防法となります。つまり、人類は心臓発作の心配から解放されるのです」と話す。
科学者がCRISPRを開発してから、もう10年になる。CRISPRは、細胞内のDNAに特定の変更を加えられるテクノロジーだ。しかし、これまでCRISPRによる治療は、鎌状赤血球症による貧血など、希少疾患を患う人を対象に、探索的治験で試されたことしかなかった。
バーブのスカール・カティレサンCEO(同社提供)
バーブの治験がうまくいけば、遺伝子編集が一般的な疾患の予防にこれまでになく幅広く使用されることになる可能性がある。世界には、血中LDL濃度が高すぎる人が数多くいる。しかし、多くの人はその状態を適切に管理できていない。動脈硬化性循環器疾患は、世界で最多の死因となっている。
スクリプス研究所(Scripps Research)で研究員を務める心臓専門医であるエリック・トポル博士は、「現在、さまざまな遺伝子編集療法が臨床応用されつつあります。その中でも、今回の療法は最も大きなインパクトを持つ可能性があります。なぜなら、数多くの人に恩恵をもたらす可能性があるからです」と言う。
血中LDL濃度を大きく下げて、その状態を一生維持できれば、実質的に循環器疾患で亡くなる人はいなくなる可能性があると考える医師もいる。ボストンにあるブリガム・アンド・ウィメンズ病院(Brigham & Women’s Hospital)の内科医で、バーブの顧問を務めるユージーン・ブラウンヴァルト博士も、その1人だ。
ブラウンヴァルト博士は、「血中LDL濃度は低ければ低いほどいいのです」と話す。「血中LDL濃度が低すぎて困ることはありません。問題は、どうやってそれを下げるかです」。
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