壁紙アプリ、中国人ユーザーになぜ人気? 「検閲逃れ」隠れ蓑に
世界最大のPCゲームプラットフォームで、壁紙アプリが上位にランクインしているのを見て違和感を覚えた人がいるかもしれない。実はこのアプリは、当局の規制が厳しい中国人ユーザーがアダルトコンテンツを共有するのに使われている。 by Zeyi Yang2022.07.27
世界最大のPCゲーム・プラットフォーム「スチーム(Steam)」の利用者なら、人気トップ20に場違いなアプリが並んでいることを目にしたことがあるだろう。そう、「ウォールペーパー・エンジン(Wallpaper Engine)」というアプリがランクインしているのだ。かなりクールなソフトウェアで、マシンのモニター用に動くインタラクティブな壁紙をダウンロードできるというものだ。よく分からない壁紙アプリが、「カウンターストライク(Counter-Strike)」や「ドータ(Dota)」のような世界的大ヒット作と常にランキングを競っているというのは不思議な話だ。
しかし、ウォールペーパーエンジンに多数寄せられているレビューを読み始めてみれば、その理由が判明する。レビューのうち中国語で書かれているのは20万件を超え、投稿は2016年から2022年にわたっている。そしてこれらの中国語のレビューのほとんど全ては、どれもポルノについての書き込みなのだ。より具体的には、アダルトコンテンツの交換目的で、ウォールペーパー・エンジンをクラウドドライブ兼映像プレーヤーとして使用することについて書かれている。
中国では、オンライン・ポルノが禁止されている。そのため、中国に住んでいる人がオンライン・ポルノを視聴するには、創意工夫が必要だ。スチームは、中国国内でも依然として利用可能な、数少ない、人気のあるグローバル・プラットフォームだ。スチームでは、コミュニティ機能や国境をまたぐ高速サーバーを利用でき、性的コンテンツに関しては放置の姿勢が強まっている。そのため、必然的に、スチームには性的コンテンツを求める人が集まってくるのだ。今や、ウォールペーパー・エンジンの全世界のユーザーのうち少なくとも40%を中国人ユーザーが占めるようになっていると、MITテクノロジーレビューは見積もっている。
だが昨年、中国のユーザーは突然、VPNサービスを使わないとスチームの特定のサービスにアクセスできなくなった。レビューにも書かれているが、中国のユーザーは現在、スチームがコンテンツを規制し始めたり、中国がスチーム全体をブロックしたりすることで、この貴重なコミュニティがもうすぐ失われるのではないかと恐れている。
公然の秘密
ウォールペーパー・エンジンは、ドイツに拠点を置く2人組が開発し、2016年10月にスチームで初版が公開された。使用すると、静止画の壁紙を動きのあるものに変更できる。ウォールペーパー・エンジンのワークショップにユーザーから投稿された壁紙の大多数は、アニメ・キャラクター、サイバーパンク都市、風景画、それに映画ポスターなど、いたって無害なものだ。しかし、それに混じって、職場での閲覧には注意を要する壁紙もすぐに見つかる。投稿されている160万枚を超える壁紙のうち、約7.5%には「成人用」とのラベルが付されているのだ。多くはヌード姿で際どいポーズや性的な体位をとるアニメ・キャラクターだが、中には実写のポルノ写真やポルノ映像もある。
ウォールペーパー・エンジンは人気を博し、おそらくスチームで公開されているソフトウェアの中で、ゲームカテゴリー以外で最も「プレイ」されたものとなっている。ただ、その卑猥な側面については、ゲームメディアのコタク(Kotaku)に短い記事が書かれたのと、散発的にソーシャルメディアで話題になってきたのを除くと、英語圏でほとんど報道がなされてこなかった。しかし、中国のオンライン・コミュニティでは、ウォールペーパー・エンジンは公開以来、ゲーマーやゲーム関連メディアの間で公然の秘密となってきた。
北京に住む中国人ゲーマーのチョウは、「ウォールペーパー・エンジンは、少なくとも2年か3年前に大人気になりました」と言う(チョウはプライバシー上の懸念から、姓のみ記載)。「なぜいつも最もプレイされたトップ10のゲームにランクインしているのか、不思議に思っていました。みんなそんなに頻繁に壁紙を変えるのが好きなのかな、と」。
中国人のライター兼ジャーナリストのクイ・ジャンイは、誰かがソーシャルメディアでウォールペーパー・アプリの人気ぶりに言及しているのを見て、2022年にこの現象について記事を書いた。クイは、自身もゲーマーでありスチームのユーザーでもあったことから、ウォールペーパー・エンジンをダウンロードして試してみたところ、ポルノ、変態アニメ、ドナルド・トランプのミーム、さらにはジョーカーなどのハリウッド映画の海賊版までも見つかった。クイが中国のメディアで記事を書いたことで、まだウォールペーパー・エンジンには裏の使い方があるという秘密を知らなかった人も、この秘密を知ることになった。
ウォールペーパー・エンジンのユーザーのうちどれほどが中国のユーザーであるかを正確に知ることは不可能だ。しかし、少なくとも40%が中国人であることを示唆する証拠がある。これは、スチームのユーザーに占める中国人の割合の2倍近い数字だ。
スチームでは、ウォールペーパー・エンジンに対して50万件近いレビューが寄せられている。そのうち40%は、デフォルト言語設定が簡体字中国語である人によって書かれている。それに対して、デフォルト言語設定が英語である人は28%にとどまっている。ここ最近のレビューも、同様の傾向を示している。7月1日から7月7日までで、ウォールペーパー・エンジンには2907件のレビューが寄せられている。MITテクノロジーレビューの調査では、その40%は簡体字中国語で書かれているか、ユーザー名が簡体字中国語である人によって書かれていた(スチームでは、ユーザーがどの割合でどの地域にいるかについての情報収集が困難なため、代わりに使用言語をもとに推定するのが一般的だ)。
それに対して、スチームでデフォルト言語を簡体字中国語に設定しているユーザーは、全体の24.75%にとどまっている。これは、2022年6月にスチームが実施した最新のサンプル調査による数字だ。スチームが公開している別の統計によると、本記事公開までの7日間では、トラフィック全体の21%が中国からのものだったとのことだ。これを40%という数字と比較すると、ウォールペーパー・エンジンのユーザーに中国人ユーザーが不釣り合いに多いことは明白だ。
中国人はウォールペーパー・エンジンの最も熱心なユーザーでもある。スチーム上でこれまでウォールペーパー・エンジンに寄せられた全てのレビューの中で、最も多くの賛同を集めている70件は、どれも簡体字中国語で書かれている。2019年3月に中国語で投稿されたあるレビューには、「何が一番やばいって、堂々とスチームのワークショップにポルノをアップロードした人がいることだよ」と書かれており、このレビューは456人の他ユーザーから賛同を集めていた。このユーザーのウォールペーパー・エンジンの総利用時間は5000時間を超えていた。
ウォールペーパーエンジンの開発者らは、オンラインではあまり顔を見せていないが、自身らのソフトウェアが数千キロ先でどのように使われているか、おそらく把握しているようだ。主要な開発者の1人であるクリスチャン・スクッタは、2019年に中国でのイベントに招待された。その際、中国メディアから、ウォールペーパー・エンジンが特定の種類の映像の視聴に使用されているという事実についてどう思うか、との質問があった。「何がいけないのですか。ウォールペーパー・エンジンは単なる枠組みです。人々がウォールペーパー・エンジンに何をアップロードしようとも、仮にそれがご存知の通りのいかがわしい映像であっても、私は何も問題ないと思います」と、中国メディアのシャオヘイヘ(小黑盒)はスクッタの発言を引用している。スクッタはこの質問を受けて、まず声を出して笑ったとのことだ。MITテクノロジーレビューはコメントを求めたが、開発者からもスチームからも返答はなかった。
中国でのポルノ規制
米国などの国々では、ポルノサイトは合法であり、簡単に見つけられる。それに対して、中国ははるかに強い規制を敷いている。成人限定のWebサイトのほとんどはアクセスが禁止されている。また、成人限定コンテンツは、ソーシャルメディア、クラウドドライブ、およびその他あらゆるオンラインサービスから定期的に削除されている。
さらに、ポルノをアップロードするかリポスト(再投稿)すると、犯罪とみなされる可能性がある。2016年には、中国の映像プレーヤーであるキューヴォッド(QVOD)の運営会社の創業者が懲役3年半の実刑判決を受けた。キューヴォッドがポルノ映像のトレントが共有される人気ハブになるのを運営会社が許したからというものだった。過去2年では、ツイッターにポルノを再投稿したからというだけで、中国人ユーザーが6カ月から8カ月の懲役刑を受けた事例が複数ある。
クイは、「卑猥なコンテンツの視聴は基本的なニーズです」という。クイは、自身が徐々に大人になるのと同時期に、ポルノハブなどのWebサイトが中国で次第に検閲されていったのを覚えている。「合法的に利用できるポルノサイトがなければ、人々はどこであろうと、他にポルノが楽しめる場所でポルノを視聴するでしょう」。中国では、誰しも高額なVPNサービスを利用できるわけではない。そのため、スチームのように、完全にはブロックされていないプラットフォームを見つけなければならないのだ。
実際のところ、スチームは現在、特異な状況となっている。英国を拠点としてニコパートナーズ(Niko Partners)の上級ゲームアナリストを務めるダニエル・アフマドは、「スチームは、中国でこのグレーゾーンとでも呼べる領域でサービスを展開している数少ないプラットフォームの1つになりました」という。中国ではゲームの公開に厳しい規制が導入されているので、スチームは大昔に禁止されていてもおかしくなかった。アフマドは、「それなのになぜか、スチームはまだ中国からも使えています」と言う。
今や、国際的なソーシャルメディア・プラットフォームのほぼ全てが、中国からは利用できなくなっている。そのため、スチームは、一部の中国人、少なくとも一部の中国人ゲーマーが、中国国外のコミュニティと直接コミュニケーションできる数少ない場所の1つになってしまった。
多くのスチームユーザーは、この貴重な楽園が明日にでもなくなってしまうのではないかと心配している。MITテクノロジーレビューが複数人から確認したところによると、2021年以降、スチームでもゲームの閲覧および購入などの一部のサービスにアクセスするにはVPNサービスが必要になっているが、ゲームのダウンロードおよびプレイなどには依然として規制がかかっていないとのことだ。
なぜスチームのサービスは一部しか規制の対象となっていないかは不明だ。中国では、国外のWebサイトのほとんどは、完全にブロックされるか全くブロックされないかのどちらかであり、不思議な状況だ。しかしアフマドによると、このほど実施された変更を受けて、ニコパートナーズでは中国でスチームが禁止されるリスク評価を「高」に引き上げたという。
中国人ユーザーの間では、スチームまたは開発者ら自身がいつの日か、ウォールペーパー・エンジンのポルノ目的での使用を規制することになるかもしれないとの懸念もある。ウォールペーパー・エンジンの中国人ユーザーは、コンテンツが定期的に削除されており、削除しているのはおそらくモデレーターたちだろうと言う。ウォールペーパー・エンジンの開発者らは、オンラインの問題解決Q&Aで、「当社およびスチームの管理者/モデレーターは、規則に違反する壁紙を日々削除しています。違反事例を見つけやすいよう、ワークショップにガイドライン違反の壁紙が投稿されている場合は通報してください」と記している。こうした動きに対抗するかのように、中国語で書かれたレビューの多くには、職場での閲覧に注意を要するコンテンツについて通報しないように他のユーザーにお願いする内容や、さらにはあまり表に出ないようウォールペーパー・エンジンを他のところで話題にしないようにお願いする内容が見受けられる。
ウォールペーパーエンジンの中国人ユーザーは、今のお祭り騒ぎはいつかもうすぐ終わってしまうことを承知で、今ある自由をただ楽しみたいだけなのだ。スチーム上で、クリエイターが投稿したあるレビューに、1800人を超えるユーザーから賛同が集まっている。卑猥なコンテンツをアップロードすると、コンテンツ削除やアカウント停止という処分に対して常に戦わなければならないという経験を書いたレビューだ。最終的には、このユーザーが書いているように、「たぶん、いつの日か、ウォールペーパー・エンジンは本当に、単なる壁紙ソフトウェアになってしまうでしょう!」ということなのかもしれない。
その日が来たら、中国人ユーザーはまた、意表をつくようなポルノの共有方法を見つけなければならない。
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- ヤン・ズェイ [Zeyi Yang]米国版 中国担当記者
- MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。