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臨死体験から生まれたVR、
幻覚剤のトリップを再現
Ms Tech | Science Photo Library (CT/MRI image)
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VR is as good as psychedelics at helping people reach transcendence

臨死体験から生まれたVR、
幻覚剤のトリップを再現

精神疾患の治療法として、米国ではLSDやシロシビンなどのサイケデリックス(幻覚剤)がいま再び注目されている。ある研究者の臨死体験から生まれたVRは、こうした幻覚剤の代わりになるのだろうか。 by Hana Kiros2022.08.23

15年前のことだ。デイヴィッド・グロワッキー博士は山歩きの最中に転落してしまい、地面に激しく体を打ちつけた。肺に血が溜まり始め、横たわったまま呼吸が苦しくなっていく中で、グロワッキー博士の視野が急に広がった。自分の身体をじっと見つめると、普段の自分ではなく、丸い光に包まれているように見えた。

「その光は自分の生命が弱まると、それに合わせて弱まるようでした」。グロワッキー博士は回想する。しかし、光が弱まっても恐れることはなかった。新しい視点からは、光は消えていないように見えた。光は形を変え、彼の体から周囲の環境に溶け込んでいった。

意識が物理的な肉体を超越して長く続くことを示しているのだろうと博士は解釈した。そう気づくと、グロワッキー博士は崇高な安らぎに包まれた。そして迫りつつある死に興味を抱いた。次はどうなるのだろうか? と。

芸術家で計算機分子物理学者のグロワッキー博士はこの事故の後、当時の超越体験を再び捉えようと研究してきた。「イズネスD(Isness-D)」と名づけた実質現実(VR)体験は、その最新の取り組みだ。学術誌のサイエンティフィック・リポーツに掲載された論文によると、イズネスDは、サイケデリックス(幻覚剤)の研究で使われる4つの主要な指標において、LSDやシロシビン(マジック・マッシュルームの主な精神活性物質)を中用量摂取した場合と同等の効果を示したという。

イズネスDは、参加者が世界のどこにいても関係なく、4〜5人のグループで参加できるよう設計されている。それぞれの参加者は、ぼやけた煙の塊として表示され、ちょうど心臓があるあたりに光の玉が描かれる。

VR空間の中で同じ場所に集まった参加者たちは、そのぼやけた身体を重ね合わせ、参加者同士の境界をあいまいにする「エネルギー融合」と呼ばれる体験をすることができる。結果として、深いつながりと自我減衰という感覚を得る。この感覚は、サイケデリック体験とよく似ている。

自我の減衰

サイケデリックス(幻覚剤)とは、知覚を変容させ、情報処理の方法を変える作用を持つ薬物の一種だ。サイケデリックスの臨床試験は1970年代に中止されたが、その後また復活している。これらの薬物を補助的に用いるサイケデリック療法の臨床試験では、標準的な治療法ではうまくいかないことが多い強迫性障害、依存症、PTSD(外傷後ストレス障害)、それにうつ病の症状緩和に驚くほど効果的であることが実証されている。米国食品医薬品局(FDA)は2019年、シロシビンを重度のうつ病向けの「画期的治療薬」と位置づけ、承認手続きを迅速化した。

グロワッキー博士は、サイケデリック「トリップ」の再現を目的としてイズネスDを設計したわけではない。だが、サイケデリックスによって高い確率で得られる「自己超越体験」と呼ばれる状態を、VRを使って再現することに興味があった。

一口に自己超越体験といっても、さまざまな程度がある。弱い体験としては優れた本の世界に没頭することが挙げられるだろう。一方、サイケデリックスを大量に摂取した際の感覚である自我の死は、その対極にある体験だ。サイケデリックスの臨床試験において多くの場合、症状の顕著な改善が見られるのは、自己超越の感覚を強く感じたと報告した被験者である。

自己超越体験の特徴として、私たちが持つ典型的な自己定義の解放が挙げられる。つまり自分と他者や周囲の環境との間の境界が消失する感覚だ。そうした体験では、他者や周囲の環境との深い一体感が得られる。それによって、自己の概念が広がり、他者や周囲を含めた自己というものを捉えられるようになる。

自己超越体験にはさまざまなルートがある。グロワッキー博士が経験したような臨死体験では、しばしば自己 …

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