KADOKAWA Technology Review
×
脱炭素だけではない、
気候変動対策に
「適応」も必要な理由
Brandon Bell/Getty Images
持続可能エネルギー Insider Online限定
Why we can no longer afford to ignore the case for climate adaptation

脱炭素だけではない、
気候変動対策に
「適応」も必要な理由

気候変動による脅威に立ち向かう方法は、温室効果ガスの排出削減のような「緩和」だけではない。「適応」も重要だ。緩和と適応の分野は長らく分断されてきたが、今ではその両方が必要であることが認識されつつある。 by Madeline Ostrander2022.09.01

1950年代後半、当時シカゴ大学の地理学者であったイアン・バートンは、堤防に関するある厄介な難問を目の当たりにした。米国陸軍工兵隊は、大河川の氾濫原での洪水を食い止めるために、工学的手法を取り入れた費用のかかる堤防を採用していた。堤防は中程度の水量をせき止めるには有効であった。一方で、人々に安全性に対する誤った認識を与えてしまった。堤防が完成すると、その背後の土地により多くの人々が家を構え、移り住むようになったのだ。そうなると、大規模な洪水が堤防を越えて流れ込んだり、堤防を決壊させたりした場合、堤防以前よりも多くの建造物に被害を与え、大惨事を引き起こす可能性が出てくる。

このパラドックスは、自然がもたらす脅威に対して、人間が構築した環境がいかに適応しないかを示す典型的な教訓となった。また、気候変動が引き起こす、より大規模な災害や窮状に対する教訓としても重要なものとなった(この問題が浮き彫りとなったのは、2005年のハリケーン・カトリーナでニューオリンズの堤防が決壊し、ロウワー・ナインス・ワードの一部地区が推定で最高4.6メートルまで浸水した時だ。カトリーナによる被害は、気候条件の変化や海水面の上昇によって、さらに深刻化した)。

バートンが気候変動に取り組み始めたのは、1990年代に入ってからのことだった。彼は、「気候変動への適応」と名付けられた、新興ながら当時はいささか伸び悩んでいた分野に足を踏み入れたのだ。この分野は、温暖化した地球がもたらす新たな災害や危険に対して、世界がいかに備え、適応していくことができるかを研究し、政策に反映させるものである。バートンは同僚たちの中で、適応策の研究に「名乗りを上げたのは私一人だった」と、当時を振り返る。

他の多くの気候変動学者は、地球の大気に負荷を与えている二酸化炭素の排出量をいかにして削減するかという問題で頭がいっぱいになっていた。これは、「気候変動の緩和」と呼ばれる研究分野だ。しかし、バートンは、将来起こりうる危険で不確かな状況を想定した上で、不適切な堤防や不完全な防潮堤の建設など、後々事態を悪化させるような短絡的な対応策をとらないようにすることも必要だと考えていたのだ。

この瞬間バートンは、以後何年、何十年と気候変動に関する研究の足かせとなってきたかもしれない、論争と誤解に満ちた領域に足を踏み入れることになった。気候変動の専門家の中には、適応策について話すことは、大気汚染を防ぐ取り組みから注意をそらすことになると感じる人もいる。諦めているかのように聞こえるという。「適応策について主張すると、緩和派の人たちからは『帰れ、お前なんか必要ない』と言われたものです」。バートンは皮肉まじりに当時を振り返る。「人類は適応する必要があると言い張るのなら、あなたは我々の主張を真っ向から否定することになる。だから、あなたの話は聞きたくないのだよ。敵だからね」。

世界的な危機が迫る中、本質的には、どちらの専門家も人類の生存と幸福につながる道筋を描こうとしていた。ただ、両者は必ずしも連携できないでいた。

気候変動の影響が今ほど明らかではなかった1980年代後半にはすでに、科学者たちは人類が大気中に十分すぎる量の二酸化炭素を排出したために、将来的に温暖化に見舞われる可能性が高いことを理解していた。もっとも、その影響の度合いについては把握していなかったが。「二酸化炭素の排出とそれによる気候変動との間にタイムラグがある」可能性が高いため、世界は「すでにある程度の変化を余儀なくされている状態かもしれない」。気候危機に関する調査を主導する「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は、1990年の最初の主要報告書でこう記している。

この報告書は、したがって適応策が必要かもしれない、と結論づけている。1993年、ビル・クリントンが大統領に就任した年、米議会技術評価局(現存しない)は、何十人もの科学者や専門家の意見を参考にした報告書を発表した。そこには、「気候変動が不可避であるならば、気候変動への適応も不可避である」と記されている。また、同報告書の執筆者らは、二酸化炭素排出量の削減は依然として不可欠な対策ではあるが、人々は気候変動や不透明な未来に備えるべきであり、特に「耐用年数の長い建造物や適応に時間のかかる自然システム」を相手とする場合はなおさらである、と述べている。

しかし、適応策を講じるかどうか、また講じるとしたらどのようなものか、それが一体何を意味するのかについては、多くの人々の間で意見が分かれていた。1990年代初頭、世界の外交関係者が地球温暖化に関する最も重要な条約の1つであり、のちに2015年パリ協定にもつながる「気候変動に関する国際連合枠組条約(UNFCCC:United Nations Framework Convention on Climate Change)」を採択した際、南半球の発展途上国、特に島嶼国の多くの指導者は、早くも適応策への資金援助や技術支援を強く求めていた。気候変動の影響は、こうした国々に深刻な打撃を与えることが予想されており、バングラデシュの大部分は洪水に見舞われ、モルディブなどの島嶼国は壊滅的な規模の浸水被害を受ける恐れがあった。

北半球に位置する先進国は、自国の財政負担を心配するあまり、こうした議 …

こちらは有料会員限定の記事です。
有料会員になると制限なしにご利用いただけます。
有料会員にはメリットがいっぱい!
  1. 毎月120本以上更新されるオリジナル記事で、人工知能から遺伝子療法まで、先端テクノロジーの最新動向がわかる。
  2. オリジナル記事をテーマ別に再構成したPDFファイル「eムック」を毎月配信。
    重要テーマが押さえられる。
  3. 各分野のキーパーソンを招いたトークイベント、関連セミナーに優待価格でご招待。
日本発「世界を変える」35歳未満のイノベーター

MITテクノロジーレビューが20年以上にわたって開催しているグローバル・アワード「Innovators Under 35 」。世界的な課題解決に取り組み、向こう数十年間の未来を形作る若きイノベーターの発掘を目的とするアワードの日本版の最新情報を発信する。

記事一覧を見る
MITテクノロジーレビュー[日本版] Vol.8
MITテクノロジーレビュー[日本版] Vol.8脱炭素イノベーション

2050年のカーボンニュートラル(炭素中立)の実現に向けて、世界各国で研究開発が加速する脱炭素技術、社会実装が進む気候変動の緩和・適応策などGX(グリーン・トランスフォーメーション)の最新動向を丸ごと1冊取り上げる。

詳細を見る
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る