高齢者に運動なぜ必要? 筋肉が脳を健康に保つ仕組み
筋肉と脳の間では、分子レベルで強力な対話が交わされている。加齢に伴う、認知症やその他の脳の疾患を避けるには適度な運動を続けることが大切だ。 by Bonnie Tsui2022.09.26
私たちは、往々にして筋肉と知性は別の存在と思いがちである。そればかりか、一方の能力が他方の能力を奪うという対極に位置するものと考えてきた。ところが実際には、脳と筋肉は絶え間なく相互に対話しており、電気化学信号をやり取りしている。分かりやすく言うと、脳の健康は筋肉を動かし続けることにかかっていると言えるのだ。
骨格筋は身体を動かすための筋肉の一種で、人体における最大の器官の1つだ。骨格筋は、身体の他の部分に移動して物事を実行するように伝える「シグナリング分子」を放出する内分泌組織でもある。骨格筋から脳を含む他の組織にメッセージを伝達するタンパク分子のことを、マイオカインと呼ぶ。
マイオカインは、筋肉が収縮したり、新しい細胞を生成したり、その他の代謝活動をしたりする際、血流に放出される。マイオカインが脳に到達すると、そこで生理学的反応や代謝反応を調整する。その結果、マイオカインは認知、気分、感情的な振る舞いに影響を与える。科学者が言うところの筋肉と脳の「おしゃべり」は、運動によってさらに刺激され、マイオカイン・メッセンジャーは脳内における特定の有益な反応の決定に役立つ。マイオカインには新しいニューロンの形成やシナプス可塑性を高める作用も含まれており、学習と記憶を促進することができる。
このように、健全な脳の働きには強い筋肉が不可欠なのだ。
若い筋肉は少ない運動でも分子プロセスのトリガーとなり、筋肉に成長するよう伝える。筋肉繊維は、緊張やストレスによって損傷を受け、互いに結合してサイズと質量が増加することで修復される。筋肉は一連の小さな損傷を乗り越えることで強くなり、再生、若返り、再成長が可能となる。運動によって送られる信号は、加齢により若い頃よりもはるかに弱くなる。高齢者が筋肉量を増やし維持することは、一段と困難になるがまだ可能であり、筋肉量の維持は脳のサポートにおいて重要なのだ。
適度な運動でも、高齢者の学習と記憶に重要な脳領域の代謝を高められる。また、脳自体が驚くほど物理的な形で運動に反応することが分かっている。学習と記憶に重要な役割を果たしている脳を形成する海馬は、成人期後期に収縮するため、認知症のリスクが高まる可能性がある。運動によって海馬のサイズが大きくなることで、晩年の加齢に伴う収縮を防ぐとともに、空間記憶が改善されることが証明されている。
さらに、特定のマイオカインには、性別で異なる神経保護特性が存在するというエビデンスがある。例えば、マイオカインの1つであるイリシンは、エストロゲン(女性ホルモン)の量に左右される。閉経後の女性が神経系疾患にかかりやすいことは、イリシンが加齢に伴う機能低下からニューロンを保護する上でも重要な役割を果たしている可能性を示している。
脳の疾患や損傷がある人でも、身体活動や運動スキルが向上すると、認知機能の向上につながることが複数の研究で示されている。サルコペニア(筋量と筋力が低 下した状態)、または加齢に伴う筋萎縮症の人は、認知機能の低下に苦しむ可能性が高い。骨格筋の量と機能が失われることで、脳の機能障害や疾患に対してより脆弱になるというエビデンスは増えつつある。その対策として、特に高齢者は運動をすることで、記憶力、処理速度、実行機能が向上する (子どもの場合、運動は認知能力を高める)。
筋肉と脳の間では、分子レベルで強力な対話が交わされている。運動は、その対話の流暢さを保つ手助けをしているのだ。
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- bonnie.tsui [Bonnie Tsui]米国版
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