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遺伝子編集した「B細胞」で希少疾患を治療、米国で初の治験へ
JUAN GAERTNER/SCIENCE PHOTO LIBRARY via Getty
A new gene therapy based on antibody cells is about to be tested in humans

遺伝子編集した「B細胞」で希少疾患を治療、米国で初の治験へ

免疫細胞の一種であるB細胞を用いた遺伝子療法によって希少疾患の「ムコ多糖症」を治療する試みに、米国食品医薬品局が許可を出した。遺伝子編集したB細胞による治験は初となる。実施するのは、イミュソフト(Immusoft)というバイオテクノロジー企業だ。 by Antonio Regalado2022.09.06

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックでは、抗体が重要な役割を演じた。家庭用の検査キットは抗体の有無を用いて感染の有無を調べるものであったし、私たちの体がより多くの抗体を作れるようにワクチンの接種も実施された。

しかし、B細胞はあまり注目されていない。B細胞は骨髄で作られる血球細胞の一種であり、免疫系の中で実際に抗体を作る。1秒間に1万個もの抗体を作る細胞で、感染後、何年にもわたって骨髄の中に存在し続けることがある。

このほど、シアトルに拠点を置くバイオテクノロジー企業のイミュソフト(Immusoft)が、遺伝子工学で編集したB細胞を用いた新たなタイプの遺伝子療法の治験を、ヒトを対象に初めて実施する許可を米国食品医薬品局(FDA)から取得した。同社は、「ムコ多糖症I型」という希少な遺伝疾患の治療に同療法を適用する計画だ。

イミュソフトのショーン・エインズワース最高経営責任者(CEO)は、「治験開始のゴーサインを得られたのは当社が初です。100%の自信を持って言えます」と語っている。

その療法のコンセプトは、B細胞の遺伝子を編集して抗体以外のタンパク質を産生させるというものだ。ムコ多糖症の場合は、ある酵素が作られないことでさまざまな深刻な症状が現れるので、その酵素を産生させる必要がある。

ムコ多糖症の患者は現在、欠損している酵素を点滴で毎週補う治療を受けている。しかしこの治療では、ムコ多糖症を根治できない。イミュソフトによると、B細胞の遺伝子を編集することで、この酵素を産生させられるという。

血液による治療

今回提案されたムコ多糖症の治療法は、ミネソタ大学医学部で今後6カ月以内に治験が実施される予定だ。これは、血液中の細胞を標的にして遺伝子をプログラミングして全く新たな機能を付加するという、最新の遺伝子療法のアプローチの応用例である。

血液系の細胞を用いて体内に新たな遺伝子を導入することの利点は、患者から細胞を取り、ラボで遺伝子を編集した後、点滴静脈注射で同じ患者の体に戻せるということだ。

米国や欧州では、およそ15の遺伝子療法が規制当局によって承認されている。そのうちの半数以上は、骨髄幹細胞(全ての赤血球と免疫細胞を作る細胞)、あるいはTリンパ球という白血球に遺伝子を導入する。

米国国立がん研究所によると、米国では、血液がんの治療法として、T細胞を編集する遺伝子療法が6つ承認されている。他には例えば、鎌状赤血球症の患者に対し、骨髄の全てを遺伝子工学で修正された造血幹細胞に置き換えるといった遺伝子療法がある。

これまでのところB細胞は、T細胞ほどには注目されていない。実際、遺伝子工学で編集したB細胞による治療は、まだヒトを対象にした治験が実施されたことがない。バージニア工科大学のシン・ルオ教授は、その1つの理由として、「B細胞の遺伝子編集はそれほど簡単ではありません」と言う。ルオ教授は2009年に、遺伝子を追加したB細胞を生成する方法を示している。

この2009年の先駆的研究は、カリフォルニア工科大学で実行された。B細胞に、HIVに対する抗体を作らせることができるかどうかを調べたもので、新たな種類のワクチンを生み出す可能性があった。

ワクチンは作れなかったが、イミュソフト、ビー・バイオファーマ(Be Biopharma)ウォーキング・フィッシュ・セラピューティクス(Walking Fish Therapeutics)などのバイオテック企業は現在、B細胞を深刻な希少疾患の治療につながる分子を作る工場として利用しようとしている。ルオ教授は、「B細胞はタンパク質を大量に作れます。こうした企業はその特徴を活かそうと考えているのです」と言う。

イミュソフトは、カリフォルニア工科大学からこのテクノロジーのライセンスを取得し、ピーター・ティールのバイオテック・ファンドであるブレイクアウト・ラボ(Breakout Labs)から初期の資金調達に成功した。イミュソフトの創業者であるマシュー・ショルツはソフトウェア開発者であり、2015年には治験が直ちに始まるであろうと大胆な予測を示した。しかし、イミュソフトが「免疫系のプログラミング」と呼ぶこのテクノロジーは、コンピューターをプログラミングするほど簡単ではないことが判明した。

エインズワースCEOは、イミュソフトはまず数年かけて、遺伝子をB細胞に導入するための信頼性の高い方法を確立しなければならなかったと言う。イミュソフトは現在、ウイルスや遺伝子編集を用いて遺伝子を変更するのではなく、トランスポゾンを用いている。トランスポゾンは、DNAの断片を切断して貼り付ける働きがある分子だ。

米国食品医薬品局を説得して治験の開始許可を得るのにも時間がかかった。なぜなら、導入されたDNAががんを引き起こす遺伝子の近くに挿入されてしまうと、がんを引き起こす遺伝子のスイッチが入ってしまうことがあるからだ。

ミネソタ大学で、患者の募集と治験の実施を担当するポール・オーチャード医師は、「米国食品医薬品局は、B細胞を標的に遺伝子編集をしたら白血病のような状態を引き起こしてしまうのではないかと心配しています。そのようなことが起こらないか、かなり詳しく観察することになります」と言う。

B細胞の工場

ヒトを対象としたはじめての治験によって、このテクノロジーに関するいくつかの未解決の疑問が解決する可能性がある。そのうちの1つは、遺伝子編集したB細胞が人の骨髄の中で長期的に存在し続けられるかどうかだ。骨髄は、B細胞が典型的に存在する場所だ。理論上は、遺伝子編集したB細胞は、数十年間、場合によっては患者の一生涯にわたって生き続けられる可能性がある。もう1つは、編集されたB細胞が、患者に欠損している酵素を十分に産生し、進行性疾患であるムコ多糖症を食い止められるかどうかだ。

ワシントン大学の研究室で自身もB細胞の遺伝子編集アプローチを開発しているリチャード・ジェームズ准教授は、「成功するかどうか分かりませんが、治験を開始する許可を得られて、私たちは皆興奮しています」と言う。

ジェームズ准教授は、このテクノロジーの重要な利点の1つとして、遺伝子編集された細胞が免疫反応を引き起こさないことを挙げる。それに対し、ウイルスを用いて体に新たなDNAを導入する遺伝子療法では、患者がその治療に対して免疫を作ってしまうと考えられている。こうした治療は、次第に効果が薄れる可能性がますます多くの医学研究で示されている。実際に効果が薄れれば、患者は2回目の治療を受けることができない。

ジェームズ准教授は、「細胞には免疫原性がないため、いくらでも再投与を続けられます。患者に一定量を投与した後、さらに投与することも、それ以上投与しないこともできます」と言う。さらにこの治療は、患者の骨髄の細胞を入れ替えるのと比べて、苦痛も負担も少ない。

この治療がムコ多糖症に効果があれば、研究者たちは次にどの疾患に応用できる可能性があるか見当がついている。応用できるのは、血液中に流れるタンパク質をB細胞が作ることによって治療できる疾患だ。エインズワースCEOは、イミュソフトでは、サルコペニア、つまり筋量の低下に対する治療法の候補として、筋肉の成長を引き起こす遺伝子であるフォリスタチンをB細胞を使って導入することを検討しているという。血友病の患者に欠損している凝固因子を産生させるという応用も可能かもしれない。

ミネソタ大学のオーチャード医師は、「目指しているのは、遺伝子を可能な限り安全に届ける仕組みを確立することです。実現できるかどうか、見守るしかありません」と話す。

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アントニオ・レガラード [Antonio Regalado]米国版 生物医学担当上級編集者
MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。
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