旅行バッグに隠された爆弾を見抜くX線AI、がん診断にも期待
X線と深層学習アルゴリズムを併用して爆発物を高精度で検出する新しい方法がユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)によって発表された。将来的には、がん検出にも応用できるかもしれない。 by Rhiannon Williams2022.09.15
荷物の中に隠された爆発物をX線と深層学習アルゴリズムを使って検出する新しい技術は、人命を脅かす危険のある腫瘍をいずれ発見できるようになるかもしれない。
電子機器などの物体の中に爆発物を隠すと、従来のX線技法では検出が難しい場合がある。しかし、新たな研究によると、人工知能(AI)識別アルゴリズムを組み合わせた新しいX線技法は、テスト条件下において爆発物を100%の精度で検出できたという。
この新しいX線技法のそもそもの目的は、空港で爆弾などの危険物をスキャンすることにある。しかし、9月9日のネイチャー・コミュニケーションズに掲載された論文は、建物の亀裂や腐食の検出、さらには初期の腫瘍の特定に役立つ可能性をも示している。
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の研究チームは、少量のセムテックスやC4といった爆発物を、ノートPCやドライヤー、携帯電話などの電気製品の中に隠した。そして、歯ブラシや充電器、解熱・鎮痛薬などの日用品と一緒にして、旅行用バッグの中身を念入りに再現した。
一般的なX線装置は、ちらばっている物体にX線を均一に照射する。だが今回、研究チームが旅行用バッグのスキャンに使った特別なX線セキュリティ・スキャナーには穴が開いた金属板のマスクが装着されており、X線ビームを小さなビームレット の束に分割する。
ビームレットはバッグとその中を通過する時に、1マイクロラジアン(約2万分の1度)程度の角度で散乱される。この散乱を、角度変化の特定のパターンに基づいて特定の素材のテクスチャを認識するよう訓練されたAIで分析する。
このAIは素材のテクスチャの抽出に飛び抜けて優れており、論文の筆頭筆者であるUCLのサンドロ・オリーヴォ教授(医学物理学・生物医学工学)によると、素材が他の物体の内部に隠されていても有効だという。「少量の爆発物をどこに隠しても、他の多くの物体の中から、わずかにあるそのテクスチャをアルゴリズムが見つけ出します」。
このアルゴリズムはテスト条件で実施したすべての実験で爆発物を正しく判定できた。しかし、研究チームは、現実世界の条件にもっと近づけた将来の大規模研究で、これほど高い精度を期待するのは非現実的だと認めている。
研究チームは、この技法は医療分野への応用、特にガンのスクリーニングに使えるかもしれないと考えている。オリーヴォ教授の研究チームは、腫瘍のテクスチャを周囲の健康な胸部組織とうまく区別できるかを実際にまだテストしたわけではない。しかし、それまで患者の胸郭に遮られて見逃されていたような、非常に小さな腫瘍を検出できる可能性にオリーヴォ教授は興奮している。
「いつかやってみたいですね。腫瘍のテクスチャの検出でも同じような精度を得られれば、がんの早期診断の可能性が非常に大きくなります」。
だが人体は旅行用バッグのように静止し、空気で満たされた物体に比べて、著しくスキャンが難しい環境だと、サリー大学のケヴィン・ウェルズ准教授は指摘する(同准教授は今回の研究には関与していない)。それに加え、人体にも有力なスクリーニング手法の1つとして認められるには、大きな装置を小型化し、スクリーニングのコストを従来の技法と同等にまで下げる必要があるという。
「今回の論文で発表されたことは、極めて有望だと考えられます。ある種の脅威の検出や亀裂の発見には大きな可能性があると思います」とウェルズ准教授は言う。
「医療やがんの検出に応用できるかどうかはまだ可能性の段階です。有効性を臨床の場で実証するまでには、いくつかの段階を踏む必要があります」(ウェルズ准教授)。
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- リアノン・ウィリアムズ [Rhiannon Williams]米国版 ニュース担当記者
- 米国版ニュースレター「ザ・ダウンロード(The Download)」の執筆を担当。MITテクノロジーレビュー入社以前は、英国「i (アイ)」紙のテクノロジー特派員、テレグラフ紙のテクノロジー担当記者を務めた。2021年には英国ジャーナリズム賞の最終選考に残ったほか、専門家としてBBCにも定期的に出演している。