中国テック事情:「クーデター発生」の噂はいかにして拡散したか
5年に一度の共産党大会を前に、出所不明のクーデターの噂がネット上で話題になった。いかにして些細なニュースが大きなデマに変化するのか、その過程を分析すると興味深い。 by Zeyi Yang2022.10.27
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
中国についてのニュースを追いかけているツイッター・ユーザーなら、少し前にとんでもない噂を目にしたのではないだろうか。習近平国家主席が自宅で軟禁されており、中国で大規模なクーデターがまもなく起きるという噂だ。
まず、はっきりお伝えしたいのだが、この噂は虚偽であり、真実であるかのように受け取ってはならない。中国の信頼できる情報源はいずれも、この噂を取り上げていない。良くいえば人々の希望が噂になったもの、悪くいえば意図的なデマだ。
しかし、馬鹿げた噂であるにもかかわらず、この噂がどのようにして注目を浴びて拡散され、週末にはツイッターの問題だらけのトレンド・ランキングにまでのぼり詰めたのかは、分析すると興味深い。そこで、今回は、この噂の出所を探り、いかに広まったのかを解き明かそう。
この噂は、おおざっぱにまとめると、3段階の過程を通して拡散された。まずは、中国人の間でじわじわと広がり、その後中国政府に反対の立場のインフルエンサーによって英語に翻訳され、最後にインドのツイッターのアカウントによって大拡散されるに至ったのだ。
第1段階:中国語のツイッターのアカウントをたくさんフォローしている人なら、こうした品のない政治的な噂を目にする事は珍しくない。中国語のツイッターでは、数多くの自称批評家や匿名のアカウントが、中国の国営メディアから流れてくるあらゆる微細な兆候を公然と推測し、あらゆる単語やジェスチャーを拡大鏡を通して見るように取り上げては、それが何か極めて大きな意味を持つかのように解釈しているのだ。
今回拡散されている噂は、いくつかの実際のニュースイベントとタイミングが重なったために、中国になじみのない人であれば信じてしまいかねないような複合的なナラティブ(物語)になってしまった。実際に起こった出来事は、次のとおりだ。(1)中国の李橋銘司令官が、5年間務めた司令官の座を去ったものの、次にどのポストに就くのか報道されていない。(2)105歳の元高官が珍しくメディアに出演し、年長者を敬うことについて語った。(3)中国の国内線の旅客機でキャンセル率が高まっており、直近ではキャンセル率が60%にも達した。(4)習主席は9月16日にウズベキスタンから帰国後、公の場に姿を現していなかった。
これらの事実を材料にして、陰謀論者たちはどういうわけか、李司令官と中国共産党の年長者らが習主席を自宅軟禁状態においているに違いないとの結論に達したのだ。この噂はまず、9月22日に、中国語のアカウントの間で拡散され始めた。
(これらの事実はどれも、もっと平凡な理由によって説明できるものだ。例えば、旅客機のキャンセル率の急上昇は、実際には今年に入ってから何度も発生しているものだ。中国の多くの都市において、新型コロナウイルス感染症によるロックダウンが、予期せぬ形で発生しているからだ。中国の航空機追跡アプリによると、この噂が出始めるまでの3週間において、週ごとの旅客機のキャンセル率は60.1%、69.0%、そして64.1%にのぼっていた。しかし、中国において日常生活がどれほど困難に陥っているかを知らない人にとっては、こうしたキャンセル率は異様に高く感じられた。また、タイミングが第20回全国代表大会、つまり中国共産党の最高幹部を選出する5年に一度の大会の直前であったことも、その異様さを強調する結果となった)。
第2段階:9月23日、この噂は活動家で自称ジャーナリストのジェニファー・ゼンによって英語に翻訳され、中国語以外のツイッター・アカウントの間でも拡散されるようになった。ゼンはこれまでにも、噂や誤解を招く映像を拡散してきた経緯がある。
ゼンは、米国ニューヨークに本部を置く中国語テレビ局「新唐人電視台」の司会者であり、また大紀元時報にも寄稿している。これらはいずれも、反中国政府系の宗教団体である法輪功の支援を得ているメディアだ。ゼンは、中国自体や米国での選挙に関する陰謀論の拡散においてますます重要な役割を担っているメディア・ネットワークの重要人物なのだ。ゼンは、このクーデターの噂を常に「噂」に過ぎないとして注意深く紹介してきたが、その後この噂について十数回ツイートしており、それがより憶測を呼ぶ結果となっている。
第3段階:ひょっとすると、この段階が最も興味深いのではないだろうか。ツイッターでの #ChinaCoup ハッシュタグの利用状況に関する複数の独立した分析によると、9月24日以降、数多くのインドのツイッター・アカウントがこの噂を嗅ぎつけて、広範に拡散しているという。
例えば、カタールのハマド・ビン・ハリーファ大学でデマとデジタルメディアを研究するマーク・オーウェン・ジョーンズ助教授が3万2000件を超えるツイッターでのやり取りを分析した結果によると、インドの国粋主義テレビ局のアカウントである @Indiatvnews が、このクーデターの噂を最も広く拡散させたアカウントであることが判明した。1000万人のフォロワーがいるインドの有名な政治家であるスブラマニアン・スワーミも、9月24日にこの噂に関して数回ツイートしており、「確認すべき新たな噂」であると説明した。
インドのツイッターのユーザー数は、世界で第3位だ。インドと中国の間には、長年にわたって地政学的な緊張関係が存在してきた。また、一般的なインド人には、中国の政治についての知識や、法輪功が支援するメディア・アカウントの見分け方についての知識が比較的欠如しているようだ。そのため、インドのツイッター・ユーザーがこの噂に騙されて、さらに拡散させてしまったことは、必ずしも驚くべきことではない。
インドからのボットの活動が増加していたといういくつかの報告が最近出されているが、現時点では、これがクーデターの噂を意図的に拡散させるための組織的な試みであったのかどうかを判断できる証拠は、十分ではない。ジョーンズ助教授によると、「たくさんの新規アカウントが拡散していたり、主要なインフルエンサーの一部が(現在)アカウント停止に追い込まれていること」など、疑わしい兆候はあるという。「だからといって、必ずしも国家主導の試みであったというわけではありません。単に、人為的な動きがあったということです」。
もちろん、ツイッターではおなじみの光景だが、その他の多くのアカウントも、この噂の人気ぶりにあやかろうとして拡散し、それによってこの噂がさらに強度を増して広がっていく結果となっている。中には、今回の噂を古い映像と組み合わせて、何も怪しんでいないユーザーを意図的に騙している人もいた。また、アフリカの一部のユーザーはこのハッシュタグを乗っ取って、自身のコンテンツの表示回数を増やそうとしていた。これはどうやら、ナイジェリアとケニアのユーザーの間では、昔から使われているトリックのようだ。
週末に始まった噂は、月曜日までにはほぼ拡散が止まっていた。まだ習主席は公の場に姿を見せていなかったが、第20回全国代表大会に参加予定であり、大会にも影響を与える立場にあって一切権力を失っていないということが、最近の文書によって再確認されたのだ。
中国語のツイッター・ユーザーの間では基本的に、まったく根拠のない噂が2カ月おきに発生するのが恒例となっているが、そうした噂がこれほどまで大拡散され、これほどまで多くの人が騙されたというのは、笑える話でありながらも、憂鬱になる話でもある。結論はこうだ。ソーシャルメディアには依然として誤情報が渦巻いている。しかし、その誤情報のトピックになじみがないと、それが誤情報だと気づけないことがあるのだ。
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中国関連の最新ニュース
2021年、米国で学んだ中国人科学者1400人以上が、米国の研究機関を去って、中国の研究機関に加わった。これは、前年比で22%増の数字だ。(ウォール・ストリート・ジャーナル紙 )
- こうした科学者が米国を去った大きな理由は、「チャイナ・イニシアチブ」だ。これは、米国司法省が以前実施していた取り組みで、学者に対してスパイ活動の危険がないかを調査するというものだ。(MITテクノロジーレビュー)
エリザベス2世の死去の直後から大忙しになっている業界の1つに、中国に拠点を置く国旗メーカーがある。(AP通信)
香港は正式に、ホテル隔離の義務付け政策を撤廃した。アジアの金融の中心地としての地位を再び獲得することを狙っている。(BBC)
米国では、超党派の議員が、フラッシュドライブおよびハードドライブ用のチップを製造するYMTC(長江メモリ:Yangtze Memory Technologies Corp)という中国企業との取引禁止を目指している。(フィナンシャル・タイムズ紙 )
- これは、アップルにとっては厄介な事態となる可能性がある。アップルは、YMTCからフラッシュメモリ用のチップを調達することを検討している旨を明らかにしているのだ。(フィナンシャル・タイムズ紙 )
政治的な論争を巻き起こしていた中国トップの生配信eコマースのインフルエンサーが、6000万人のフォロワーに対して、密かに生配信を再開した。(ワッツオン・ウェイボー)
- このインフルエンサーに降りかかった災難について、本誌は6月に記事にしている。この件に先立って、中国のトップ・インフルエンサーの3人が規制関連の理由で姿を消すことになるなど、インフルエンサー界では影響力が大きく変動していた。(MITテクノロジーレビュー)
米国とロシアは、国際電気通信連合( ITU)を率いる事務総局長を決める選挙で、いずれの国の候補を当選させるか、互角の戦いを繰り広げている。国際電気通信連合は一般的な知名度はさほど高くないものの、極めて重要な組織だ。驚くべきことではないが、中国はロシアが推す候補への支援を表明している。(ザ・インタープリター)
ユニコーン企業のあっけない終焉
中国のビジネスメディアである「晚点(レイトポスト)」が今年の夏に明らかにしたとおり、中国のフレキシブル・ディスプレイのスタートアップ企業であるロヨル(Royole:柔宇科技)は、創業後わずか10年で、時価総額が80億ドルに達し、その後倒産寸前に追い込まれた。劉自鴻(リウ・ズーホン)が創業したロヨルは、かつては投資家から大きな注目を浴び、フレキシブル・ディスプレイや折り畳みディスプレイの業界では技術的なリーダーだった。こうしたディスプレイは、サムスンやモトローラのハイエンドのスマホに搭載されているのを目にしたことがあるのではないだろうか。しかしロヨルは、需要をいかに創出するかという問題を、うまく解決できなかった。また、スマホブランドに転換しようとしたのも間違いだった。ロヨルのスマホモデルは、確かに「世界初の折り畳みディスプレイスマホ」だったが、大失敗に終わった。そのため、ロヨルは、他のスマホメーカーへの重要なサプライヤーではなく、弱小競争相手に成り下がってしまったのだ。こうしてロヨルは、おとぎ話のようにスタートアップ企業として大成功することなく、テック業界で他にユニコーン企業を目指して、ひょっとすると大きすぎる夢を掲げている人々に対する、訓話のような存在となってしまった。
あともう1つ
中国では、メタバース学で学位を取得できるようになった。9月23日、南京信息工程大学は、情報工学部をメタバース工学部と名称変更したと公式に発表した。中国でメタバースを取り入れた大学が設置されるのこれが初めてだ。南京信息工程大学は、メタバース学の修士課程および博士課程も設置予定だという。博士課程から初代が卒業する頃には、ついに私たちもメタバースに足を踏み入れているのかもしれない。
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- ヤン・ズェイ [Zeyi Yang]米国版 中国担当記者
- MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。