KADOKAWA Technology Review
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Tesla’s Dubious Claims About Autopilot’s Safety Record

テスラとイーロン・マスクは
自動運転を脱輪させたか?

テスラモーターズのイーロン・マスクCEOが示した数字は、自動運転の安全性について、恐らく人間の運転より大げさな評価である。 by Tom Simonite2016.07.07

テスラモーターズが自社の自動運転機能による初の死亡事故について先週発表した声明は、犠牲者への弔意ではなく数字で始まった

テスラによると、自動運転初の死亡事故の発生までに、人を乗せた自動運転の総走行距離は約2.1億km以上あった。一方で、米国内で人が運転する自動車は、平均走行距離約1.5億kmに1回の割合で死亡事故を起こす。テスラの自動運転よりも走行距離あたりの事故率は、人の運転のほうが高いと主張したのだ。

発表直後、テスラのイーロン・マスクCEO兼共同創業者は、フォーチュン誌にいら立っているかのようなメールを送り、自動運転の価値を証明する別の数字を示した(メールは昨日公開された

「誰でも計算しようと思えば(フォーチュン誌がしていないのは明らかです)、自動車の死亡事故は世界中で年間100万件以上発生しており、テスラの自動運転が世界的に普及していれば、約50万人の命が救われていたと気付くはずです」

Tesla Motors cofounder and CEO Elon Musk.
テスラモーターズのイーロン・マスクCEO兼共同創業者

テスラとマスクCEOは、人間が運転するよりも自動運転の方がはるかに安全だとデータが証明しているといいたいのだろう。しかし専門家は、この比較はリンゴとミカンを比べるように無意味だという。

プリンストン大学で交通系講座の責任者を務めるアライン・コーンハウザー教授は、全米の統計とテスラ車が収集したデータの比較は「意味がありません」という。高速道路での運転に特化して設計された自動運転は、高速道路では比較的安全性が高いと。だが、通常の交通安全に関する統計は、ずっと広範囲の運転条件を含んでいる。

サウスカロライナ大学のブライアント・ウォーカー・スミス助教授も、テスラのような高価かつ比較的大型の自動車は、他の自動車より衝突時の安全性が高いのは当然だとし、テスラの比較に懐疑的だ。自動運転の事故率を人間が運転する他の事故と比べるのは「バカげたこと」だとスミス助教授はいう。編集部はテスラに、テスラとマスクCEOが本来比較できないはずの数字で説明した理由を問い合わせたが、回答はなかった。

スミス助教授によれば、グーグルも過去、自社の自動運転車の記録と人間による事故の統計を同様に比較したことがあるという。コーンハウザー教授やスミス助教授を含む研究者は、自動運転テクノロジーに携わる企業は、この種の比較はもうやめるべきだと主張している。ランド研究所が4月に発表したレポートでも、自動運転車の死亡事故や負傷事故の事例はあまりに少なく、自動運転が数百兆kmといった長距離を走行してはじめて、大勢いる人間のドライバーの統計と、公正に比較できると結論付けた。

研究者は、人間との比較より、テスラや他のメーカーが自動運転の限界や性能に関するデータをもっと公開するほうが、自動運転の安全性を向上させ、大衆向けマーケットで十分な理解を得られるとした。

テスラが先週明かした痛ましい死亡事故と、発表を受けて書かれた否定的な見出しの記事の数々は今後の参考にすべきだ、とスミス助教授はいう。また、テスラが展開してきた自動運転のブランド戦略や、安全性に関する人間の運転との疑わしい比較のせいで、自動運転がさも完璧であるかのように思われるのも問題だという。昨年10月にテスラが自動運転機能をリリースして以来、開発ロードマップや、以前として対処が難かしい状況にテクノロジーをどう向上させるかを丁寧に語っていれば、事故に対する反応は違っていたはずだとスミス助教授は考えている。

「コストと受けられるメリットについて十分に語られていれば、今回の事故はその延長線上で起きたことであり、あり得ないはずの死亡事故とは思われなかったはずです」

もし、より慎重なアプローチが取られていれば、短期的には自動車の売り上げが少なかったとしても、長期的にはテスラを始めとする自動運転テクノロジーにかける会社の展望は明るかったはずだ。

「メーカーは、安全とは何かをどう定義し、どう測定し、どう見守るかについて、今後はもっとよく話をしていくべきです」(スミス助教授)

自動運転はもちろん、グーグルなどが試験中のさらに高度なシステムは、つねに周囲の状況やありうる操作に関して膨大な量のデータを記録している。自動運転車の試験走行を認めているカリフォルニア州などの一部の州では、人間が運転を引き継ぐ必要が生じた事故やテクノロジーについて問題が発生したときの報告義務を定めている。しかし、データは概して乏しく、文書として提出することになっており、詳しい調査が難しいのが実状だ。テスラなど、既に新しい自動運転機能を市場に出している企業は通常、自社の車の性能に関するデータを報告する義務がない。

スミス助教授は、企業が持つデータをもっと公開すれば、自動運転車の開発が促進され、その価値はよりよく証明され、安全面から説明責任を果たす方法を模索する努力を周知できる可能性があると提案している。

テスラのイーロン・マスクCEOは、自社の自動運転に関するデータの一部を米国運輸省や他のメーカーと共有すると発言した。だが、いったいどのデータをいつ提供するのかの詳細は明かしていない。また、テスラやグーグル、GMなど、既存の自動車メーカー、新しいスタートアップ企業すべてが自動運転テクノロジーの開発に取り組めば、競争の激化により、有意義な協力の見込みはなくなる。プリンストン大学のコーンハウザー教授は、テスラやグーグルといった企業が互いに協力すれば、企業も社会もより多くのものが得られると理解することを期待している。

「メーカーは競争を促したくないのかもしれません。しかし、人の命がかかっていることです。もっと公共の精神が必要です」

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MIT Technology Reviewのサンフランシスコ支局長。アルゴリズムやインターネット、人間とコンピューターのインタラクションまで、ポテトチップスを頬ばりながら楽しんでいます。主に取材するのはシリコンバレー発の新しい考え方で、巨大なテック企業でもスタートアップでも大学の研究でも、どこで生まれたかは関係ありません。イギリスの小さな古い町生まれで、ケンブリッジ大学を卒業後、インペリアルカレッジロンドンを経て、ニュー・サイエンティスト誌でテクノロジーニュースの執筆と編集に5年間関わたった後、アメリカの西海岸にたどり着きました。
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