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中国テック事情:ロシアを劣化コピーする中国のネット工作
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China is copying Russia’s election interference playbook

中国テック事情:ロシアを劣化コピーする中国のネット工作

中国を拠点とするボットネットが米国の選挙への干渉を試みているとの報道がなされた。緊迫する米中関係の変化について、識者と議論した。 by Zeyi Yang2022.11.16

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

MITテクノロジーレビューが主催する年次カンファレンス「EmTech(エムテック)」が11月1日から3日にかけてボストンで開催された。中国担当記者である私は、世界各国が直面している世界的な技術的課題に関する3つのパネルディスカッションでモデレーターを担当した。当然ながら、最大のテーマは中国についてだ。ご存知のとおり中国は現在、テクノロジー分野で極めて大きな世界的影響力を持つ国の1つである。パネルディスカッションでは、なぜ近年の半導体チップ輸出規制はここまで重要なのか? 地政学的な観点だけでなく道徳的な観点も踏まえ、この問題をどう捉えればよいのか? といった点について議論した。さらに、ソーシャルメディア上のデマについても議論もしている。11月8日の米中間選挙を目前にして、中国を拠点とするボット・ネットワークが米国政治への干渉を試みているとの報道がなされたことを踏まえると、極めてタイムリーな話題だったと言えるだろう。 

これらの議論は、必ずしも希望が持てるようなものではなかったものの、太平洋の反対側で何が起きているのかを理解するのには十分な内容だった。中国関連の報道は相変わらず話題に事欠かないが、一旦落ち着いて会話をすることで、米中関係の現状を把握するのもよいかもしれない。

今年のEmTech MITに参加できなかった方々のために、いくつか興味深い話題を紹介しよう。

米国の対中規制の背景にはどのような戦略、さらには真の理由があるのか?

米中関係が急激に悪化してから数年経つが、両国の研究者や技術者たちは、こうした緊張状態がすぐには解消しないことを受け入れつつある。カーネギー国際平和基金のグローバ・ルテクノロジー・フェローであるマット・シーハンに、現在の米中関係についてどう感じているか尋ねた。すると彼は「結果がまったく見通せないような決定が次々となされている」ため「ピリピリしている」と述べた。

重大な決定事項の1つに、バイデン政権による中国への半導体チップ輸出規制の強化が挙げられる。今のところリアルタイムで同政策を理解しようとしている段階かもしれないが、バイデン政権の一連の動きは、中国企業やチップ技術を標的に加えるという単純な問題ではなく、中国封じ込めに関する米国政府の意識の変化を意味していることが次第に明らかになってきた。

中国への輸出規制に関する長年にわたる主な課題は、「現時点でできる限りのダメージを与えるか、より長い時間スケールで影響力を維持するか」を見極めることだった、とシーハンは言う。

後者は、中国が独自のエコシステムを発展させることはないだろうとの希望的観測のもと、チップや関連技術を中国に販売し続けることを意味する。これが、米国がこれまでとってきたスタンスだ。だがシーハンによれば、状況は変わりつつある。「今回の規制によって、政府の議論は、今すぐダメージを与えるべきだという側にはっきりと集約されることになると思います。影響力はどのみち時間とともに自然に失われていくものであり、使えるうちに行使すべきだ、と政治家たちは判断したのです」。

Photo from EmTech MIT showing speakers Yangyang Cheng, Matt Sheehan, and Zeyi Yang

しかし、こうした輸出規制の妥当性を精査することも重要となる。しばしば喧伝されているように、それは本当に人権問題への対応を理由としたものなのだろうか、それとも単なる政治的駆け引きに過ぎないのだろうか? 今回のパネルディスカッションにおいて、イェール大学法科大学院ポール・ツァイ中国センター(Paul Tsai China Center)のヤンヤン・チェン客員研究員は、同政策が「兵器の製造や多種多様なの監視システムの開発は悪だからという理由ではなく、自国がより優れた兵器や監視システムを作りたいからという理由」に基づくものであれば「論理的に矛盾しており、道徳的に擁護できない」と指摘した。

チェン研究員は、中国が経済大国として台頭するにつれ、後者の論理がより頻繁に出回るようになったことを実感している。これはオバマ政権からトランプ政権、バイデン政権に至るまで続く傾向だという。人権侵害や権威主義による弾圧が頻発化している中国の現状に対する現実的な懸念がある一方で、「これらの問題は、こうした技術競争や緊張状態によっては解決できていない」とチェンは指摘する。「しかしそれらは、米国政府が自国の利益と地政学的な思惑を推し進めるための、耳障りのよい言い訳として利用されているのです」。

中国はロシアによる選挙介入の手口を模倣したが、ロシアほど得意ではないかもしれない

スタンフォード・インターネット観測所のテクニカル・リサーチ・マネージャーであるレネー・ディレスタは、ソーシャルメディアにおける国外からの影響力について長年研究している。ディレスタはパネルディスカッションの前日、ツイッターでの外国勢力による偽情報操作に関する最新レポートを共同で発表していた。

ディレスタらは最近、政治的に右寄りまたは左寄りのごく普通の米国人を装った一連のアカウントについて、中国を拠点とする3つのネットワークとイランを拠点とする3つのネットワークが存在すると分析した。ツイッター提供のデータによると、同プラットフォームは10月末にこれらのアカウントを削除したという。

すでに二極化している米国の政治的対立を煽るような偽アカウントを使った戦略は、2016年の選挙前に頻発したロシアの偽アカウントを用いた活動によく似ている。それによって、政治的に立場の異なる両陣営の支持者を巻き込む騒動に発展したのは記憶に新しい。

中国に拠点を置く3つのアカウント・ネットワークのうちの1つは、わずか300件あまりのツイートしか含まれていないが、フロリダ州の民主党候補を支持し、銃規制や中絶の権利について肯定的なツイートをしている。また別のネットワークでは、2020年の大統領選挙に不正行為があったという誤った見解など、右派の主張を広めており、ローレン・ボーバート下院議員のような共和党の扇動者たちを頻繁にリツイートしていた。こうしたアカウントのうち、最も影響力があるのは「Ultra MAGA BELLA Hot Babe(アメリカ至上主義のセクシーガール)」と名乗るもので、ソフトポルノとトランプ寄りのメッセージを組み合わせて、半年間で2万6000人のフォロワー、40万件以上の「いいね」、18万件以上のリツイートを獲得している。

過去のロシアによる選挙介入活動という明確なモデルがあったにせよ、公平に見て、中国系アカウントがこのような手法を実行したことに感心するばかりだ。英語が堪能であることに加え、米国人の日常生活、ポップカルチャー、政治的実態に関する知識がなければ、真実味のあるペルソナを装うことはできない。このことは、中国がより洗練された手口でソーシャルプラットフォームを操作できるようになってきたことを示す、いわば警告とも言えるだろう。

しかし同時に、中国の試みは別の意味ではあまり効果的とは言えなかった。ロシアの介入活動が、すでに米国政治を蝕んでいる問題にのみ照準を合わせていたことと比べると、中国やイランを拠点とする工作員は、自国の地政学的な利益をどこか露骨に示している場合が多い、とディレスタは指摘する

もう1つの中国を拠点にしたネットワークが良い例だろう。このネットワークは、1872人分のアカウントと310万043件のツイート(主に英語と北京語によるもの)を介して、主に香港、台湾、新疆の問題について発信している。この種のコンテンツは、高いエンゲージメント数を獲得できない場合が多い。時には、国営アカウントのメガホン役として機能するにとどまっている。「つまり、問題なのはボットではありません。ボットは、実際の送話口からのメッセージを送り出すためのツールなのです」と、ディレスタは述べる。

では、大局的な観点からはどうなのだろうか? イーロン・マスクによる買収がツイッターにどう影響するかはまだ不明だが、中国をはじめとする外国政府が、米国拠点のソーシャル・プラットフォーム上で自国に有利なストーリーを展開しようとする動きを阻むものは何もないということは確かだ。そして、こうした政府が互いから学びつつも、その戦術を分岐させていく様子を目の当たりにすると、実に興味深いものがある。

中国関連の最新ニュース

1.  グーグルの前CEOであるエリック・シュミットは、米中間の人工知能(AI)をめぐる勢力争いを助長する最も影響力のある人物のひとりとなっている。しかし、彼には利益相反の可能性がある。(プロトコル

2. 中国当局は、ゼロコロナ政策を段階的に廃止し、規定の検疫日数や必要なPCR検査の数を削減することを検討している。だが、それが一夜にして実現するとは思わない方がいいだろう。(ウォール・ストリート・ジャーナル紙

  • フィナンシャル・タイムズ紙の中国特派員が、上海の新型コロナウイルス隔離施設での10日間にわたる実体験について報告している。(フィナンシャル・タイムズ紙

3. ドイツのオラフ・ショルツ首相の話では、中国は間もなく、ファイザー/バイオンテック製の新型コロナウイルス・ワクチンを承認する見込みとのことだ(ただし外国人向け)。中国で使用される最初のmRNAワクチンとなる。(ポリティコ

  • ドイツの新政権は、中国に対してより強硬な姿勢を取ることを公約にしたが、どこまで踏み込むかについては意見が割れている。(フィナンシャル・タイムズ紙

4. アイフォーンの製造で知られる台湾企業のフォックスコンは、かねてより電気自動車を製造したいと表明していた。現在、サウジアラビアからの投資を受け、国内で製造のための準備を進めている。(日経アジア

5. 近年、新疆ウイグル自治区のソフトウェア開発者やIT専門家が拘束されたことで、ウイグル語のWebサイトやアプリの活気あふれる世界が静まり返っていった経緯を報じている。(ワイアード

6. 合法的雇用という甘言に誘われて、10万人もの外国人が中国のサイバー犯罪者の手によってカンボジアで監禁され、オンライン詐欺行為を強いられている。(ロサンゼルス・タイムズ

  • 詐欺の手口の1つは、リンクトインの偽プロフィールで一流企業の社員を装い、被害者を暗号資産の投資詐欺に巻き込むというものだ。(MITテクノロジーレビュー

7. 開催中の気候サミット「COP27」を前に中国が最初に発したメッセージは、豊かな国は発展途上国の仲間たちに対してもっと資金援助をすべき、というものだった。(ブルームバーグ

ズーム爆弾で教師が死亡?

新型コロナウイルス感染症対策の一環として学校の授業がオンライン化されたことで、「ズーム爆弾(Zoom-bombing)」が再び流行しつつある。10月下旬には、歴史の授業中にズーム爆弾攻撃を受けた中学校教師が、突然の心停止で死亡している。このニュースは、招かれざる人がリモート・ミーティング(時には深刻なものも!)に現れ、音楽、ポルノ、罵声を浴びせるという、2020年に流行した行為についての議論を再燃させた。中国の法制日報の記者たちは、「爆弾犯」たちのオンライン・コミュニティに参加し、彼らが新しい手口について議論し、攻撃できる会議についての情報を共有する様子を報じた。メンバーの大半は2000年以降に生まれた若者で、中には自身が受けているリモート授業を妨害するために、進んで参加する者もいたという。このような行為は違法であり、犯罪行為とみなされる可能性があると弁護士は指摘している。教師の死亡事件の報道を受けて、デジタル・プラットフォームは、爆弾犯コミュニティのグループチャットを停止する措置を始めている。

あともう1つ

1982年に発表されたボリウッド映画の挿入歌「Jimmy Jimmy Aaja Aaja」が、中国で思いがけない文化的瞬間を生み出している。「Jimmy, Aaja(ジミー、アジャ)」というキャッチーな歌詞が、「誰か米を貸してくれ」を意味する「借米哪家(ジィエミ、ナジャ)」という中国語のフレーズの発音と似ていることから、この曲を口パクで歌いながら、インド風の服を着た人が空の容器を持って踊るという動画が流行している。何百万回と再生されたこれらの動画は、予測不可能な各地域の封鎖によって、基本的な食料品さえ入手困難になったことに対する風刺的な抗議と解釈することもできる。あるいは、単なる中国とインドのポップカルチャーがクロスオーバーした貴重な瞬間として楽しむのも良いだろう。

https://twitter.com/ananthkrishnan/status/1586992843096297473

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ヤン・ズェイ [Zeyi Yang]米国版 中国担当記者
MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。
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