中国テック事情:スパイぬれ衣の研究者、10年の闘争が残したこと
中国系科学者たちは長らく米国政府の差別的な標的になってきた。和解を勝ち取ったシェリー・チェンの事例は、それに対抗するのがいかに難しいかを示している。 by Zeyi Yang2022.11.25
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
正直なところ、最近はニュースに付いていくのが大変だ。徐々に進むツイッターの内部崩壊や暗号取引所FTXの急速な崩壊のニュースを追うだけでも大変なのに、国連の気候変動対策会議(COP27)や20カ国・地域首脳会議(G20)といった大規模なグローバル・サミットのニュースもある。年末年始を平穏に過ごすために、今のうちにニュースを出してしまおうとしているのだろうか?
中でも注目されたのは、11月14日にバイデン米大統領が5年ぶりに中国の習近平国家主席と会談したニュースだ。G20サミットを前にした両首脳の会談は、かなり平穏無事だったと言えるだろう。両首脳は、オンライン会議よりも直接会う対面式の会議の方が良いという意見で一致した。画期的な合意ではないか。
皮肉はともかく、米中の首脳が直接対面し、このような理性的な議論の重要性について話し合うというのは、実際のところ極めて重大なことである。2022年に起きた稀に見るすばらしい出来事だと言っていい。この動きによって、激化する地政学的緊張はようやく緩和に向かうかもしれない。さらに、両国は気候変動などの共通の懸念事項について外交協議を再開することに合意した。これは間違いなく世界にとってプラスとなる動きだ。
政治の話はこのくらいにしておこう。このニュース報道に関するリンクは記事の後半に貼っておく。
今回は、地政学が間違った方向へ進んだために被害を受けた人々に焦点を当てたい。MITテクノロジーレビューのアイリーン・グオ記者は11月10日、中国のスパイとして不当に起訴された中国系米国人の科学者シェリー・チェンが、歴史的な和解を勝ち取ったことを伝える記事を発表した。
内容を簡単に要約すると、水文学者のチェンはスパイ活動容疑で逮捕され、米国立気象局での研究職を解雇された。その後、でっち上げの容疑は取り下げられ、チェンの事件を追及した内部調査部門は解散に追い込まれたが、それでもチェンは職を失ったままだった。2019年、チェンは悪意ある刑事訴追を受けたとして米国政府を相手に民事訴訟を起こした。11月10日、チャンの弁護士は、米商務省がチェンに175万ドルという前代未聞の和解金を支払うことに合意したと発表した。ただし、まだ商務省からの公式の謝罪はない。アイリーン記者の記事全文はこちらで読むことができる。
チェンの事件は2012年に始まった。当時はオバマ政権で、米中関係は現在よりもはるかに友好的なものだった。しかし、チェンの事件は現在、特にタイムリーなものに感じる。アイリーン記者らのチームが昨年調査した米司法省の取り組み「チャイナ・イニシアチブ」などのように、チェンの起訴後に始まった連邦検察が進める組織的な活動が、なぜひどく間違った方向へ進んでしまう可能性があるのか、明確な教訓を与えてくれるからだ。そして、連邦検察の標的となった個人にできることはほとんどない。
チェンの起訴のような事例について考えるとき、最も思い知らされるのは、強力な連邦機関に立ち向かい、責任を追及することがいかに難しいかということだ。
チェンがある種の正義を勝ち取るまでに10年かかった。これほど長い間、キャリアを中断され、終わりの見えない法廷闘争に身を投じられる人がどれだけいるだろうか?
チェンは本誌のインタビュー要請を辞退したが、「現在、(彼女の)次のステップについて考えているところです」と弁護士を通じて回答した。しかし、シェリー・チェンの友人であり、同じく中国のスパイとして不当に起訴されたマサチューセッツ工科大学(MIT)の科学者であるガン・チェン(シェリー・チェンの親族ではない)は、シェリー・チェンの痛みが分かると言う。
「勝利したとはいえ、このためにシェリーが人生の10年間を費やしたことを忘れてはなりません。私は、自分を含めた非常に多くの人が失った年月と、直接影響を受けた人やその家族に残ったトラウマに思いを巡らします。今回のような勝利だけでは、失われたものを完全に補うことはできません」。
シェリー・チェンの事例は、チェンを起訴した側による幅広い不正行為のパターンが決定的に証明されたという点で、特異な例である。チャイナ・イニシアチブに対する最大の批判の1つは、司法当局が特定の民族に対して、故郷への帰国などの日常的な活動に疑念を投げかけていることだ。通常、裁判で人種的偏見を証明するのは難しい。しかし、シェリー・チェンの場合、2012年にチェンの調査を開始した米商務省の内部セキュリティ部門「調査・脅威管理サービス(ITMS)」が、特に露骨な人種プロファイリングをしていたことが明らかになった。
2021年の上院商業委員会の報告書によると、ITMSは「機密が保護されたデータベースで民族固有の姓を検索」し、「ただ単に中国系の民族であることを理由」に職員を標的にし、「アジア系米国人の割合が比較的に高い部門を広く標的にしていた」ことが明らかになった。これによりITMSの内部調査が実施され、ITMSは2021年9月に廃止となった。
上院報告書の中ですべての不正行為が明らかにされているわけではない。さらに多くの不正行為が隠蔽されていることは確実だ。弁護士・活動家で、ニューヨーク市立大学クイーンズカレッジの学長のフランク・ウーは、「この案件のように、事件を解決するような決定的な証拠が見つかることはめったにありません」と言う(ウーはシェリー・チェンの訴訟で顧問を務めたが、チェンの弁護士を務めたことはない)。
チェンが和解を勝ち取り、司法省がチャイナ・イニシアチブを終了したとしても、このような差別的な起訴を引き起こす暗黙の偏見がなくなったわけではない。もしかすると、より見えづらくなっただけかもしれない。
最後に、チェンの勝利は、チェンと同じ状況にある他の人々が正義を得やすくなることを意味するものではない。確かに、チェンの和解は、この種の不当に告発された中国系米国人科学者の案件としては初めてのことであり、人々はこれが前例となることを期待している。しかし、現実はそれほど単純ではないだろう。
セトンホール大学で刑事裁判と基本的人権を専門とするマーガレット・ルイス教授は、「和解案の詳細をまだ確認していませんが、この特定の案件に限ったものであることを明確にするような表現になっているはずです」と予測する。「政府は、より広範な前例となる示唆を避けるよう、慎重に言葉を選んでいると確信しています」。つまり、不当な刑事告発で闘っている他の学者が、チェンの事件を参照して同様の決定が適用されるべきだと主張することはできないということだ。
とはいえ、 チェンがさまざまな困難に耐え抜いた後に勝ち取ったこの和解のニュースは、連邦政府に対して何らかの形の説明責任を求めている人々にかすかな希望の光をもたらすものだ。アイリーン記者は、この分野で活動しているある活動家を通して、同様の状況にある連邦職員の少なくとも1人がチェンの勝利を聞いて、「彼自身の訴訟を闘う上で勇気をもらった」と伝え聞いたという。
「和解が成立したということは、和解が可能だということです。一度起こったことは、再び起こる可能性があります」とルイス教授は言う。
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8.中国が「先進国は気候変動対策費を支払うべきだ」と発言したのを覚えているだろうか。COP27において、複数の小規模な島嶼国も中国とインドに対して大量の温室効果ガス排出量の補償を要求している。(ロイター通信 )
フォックスコンの工場で起きていたこと
先月、中国鄭州市にあるフォックスコンの巨大なアイフォーン工場で新型コロナウイルス感染症が広まった後、20万人を超える従業員の多くが工場を辞めて故郷に戻ることを決めた。しかし、留まることを選んだ従業員の生活はどのようなものだったのだろうか?
北京青年報はこの1か月間の状況を把握するために、留まった多くの従業員に話を聞いている。ほとんどの労働者が留まることを決めたのは、工場を出ていく時に滞在する必要のある隔離用ホテルの料金を支払う余裕がなかったためか、生産能力を維持するためにフォックスコンが引き上げた賃金(時には3倍以上)を断れなかったためだ。
しかし、内部管理体制は混乱を極めていた。新型コロナウイルス検査の規則は毎週のように変更され、条件付きでしか使用が認められていないはずの中国製抗ウイルス薬「アズブジン」が、説明なしに従業員に配布された。11月になると状況は安定し始め、フォックスコンは現在、500元(70ドル)の職場復帰ボーナス支給で以前の従業員の復職を呼びかけている。
あともう1つ
今の若者は大丈夫だろうか? この2年間、中国の大学生活が変わってきているのはご存知だろう。新型コロナウイルス感染症による規制で、学生間の物理的な交流は制限され、学生はキャンパス内に閉じ込められていることが多い。しかし、最近、大学の寮から首をかしげるようなニュースが流れてくる。最も洗練された手作りのダンボール製ペットを育てようと競い合っている学生もいれば、地面を円を描くように這い回って「内なる狂気を解放」している学生もいる。若者は常に独自の楽しみ方を発明するものだが、それを理解するのがだんだん難しくなってきている。私が歳を取っただけだろうか?
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- ヤン・ズェイ [Zeyi Yang]米国版 中国担当記者
- MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。