遺伝子編集した肉や魚がスーパーに並ぶ日がやってくる?
遺伝子編集ツール「CRISPR(クリスパー)」は医療分野での応用が期待されているが、家畜や魚の品種改良に応用する研究も盛んだ。遺伝子編集を施した食肉や鮮魚が店頭に並ぶ日は近いのだろうか。 by Jessica Hamzelou2023.02.13
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
遺伝子編集ツール「CRISPR(クリスパー)」は、生物のゲノムを簡単に改変できる。このことを科学者が示して以来10年間、大きな話題となっている。
この遺伝子編集技術は、医療に革命をもたらすかもしれない。例えば、小児がんの治療にCRISPRが試験的に使われ始めている。多くの遺伝性疾患を対象とした研究が進行している。ある企業は昨年、CRISPRを使用して、血中コレステロール濃度が危険なほど高い女性の治療を試みた。
CRISPRはまた、水産養殖や農業を変革する可能性もある。先日、ナマズにワニの遺伝子を組み込んだ研究者に関する記事を発表した。この遺伝子編集の狙いは、ナマズをワニらしくすることではなく、病気への抵抗力を高めることだ。ワニには、感染症を撃退する特殊な能力があることが判明したのだ。
回復力がほんの少しでも上がれば、魚の養殖に大きな影響を与える可能性がある。現状では、世界中で養殖されている魚の約40%が水揚げ前に死んでいる。その損失を一部でも防ぐことができると想像してみてほしい。
科学者が家畜のゲノムに手を加えようとしたのは、今回が初めてではない。畜産農家はもちろん、選択交配によって家畜を大きく、筋肉質で、従順で、何世代にもわたって飼育しやすいものにしようと試みてきた。しかし、CRISPRのような遺伝子編集ツールを使えば、そのプロセスを早めることができるだろう。
CRISPRは、それ以前の遺伝子編集ツールよりも大幅に優れている。まず、比較的安価で、すぐに簡単に使える。さらにCRISPRの新しい編集方法では、科学者は遺伝子に対してより多くのことができるようになった。例えば、DNAの塩基配列のC(シトシン:Cytosine)をT(チミン:Thymine)に置き換えるなどの塩基置換を可能にする方法もあれば、まったく新しい遺伝子を挿入できる方法もある。
したがって、科学者が家畜を対象にCRISPR実験を始めたことは、驚くことではないだろう。遺伝子編集でよく選ばれる標的の1つは、筋肉の成長を制御するタンパク質をコードする遺伝子「ミオスタチン(Myostatin)」だ。ミオスタチンの働きを妨げると、筋肉量がどんどん増える。つまり、大きくて筋肉質な動物が手に入るということだ。したがって、より多くの食肉を得られる。
科学者たちはすでに、CRISPRを使った実験で超筋肉質のウシ、ブタ、ヒツジ、ウサギ、ヤギを作り出している。このような研究は完璧な成果を出すには至っていない。実験の対象となった動物の多くは、幼いうちに死んでしまった。そして、その多くは異様に大きな舌を持っていた。
魚の研究もかなり進んでいる。日本の科学者は、CRISPRでミオスタチン遺伝子を標的とすることで、大きくて重いマダイを作り出した。同じ量の餌を与えているにもかかわらず、遺伝子改変されていないマダイに比べて筋肉量が17%多い。
また、同様の手法が、コイ、ティラピア、ナマズ、そしてカキなどの水生動物を大きく成長させるためにも使われている。他の研究者らは、さまざまな方法でCRISPRを使い、病気に対する抵抗力を高めたり、オメガ3脂肪酸をより多く含むサケを作ったりする実験を進めている。
CRISPRによる遺伝子改変動物が商品としてスーパーの棚に並ぶことはまだない。しかし、その達成に驚くほど近づいているものもある。日本では2021年、遺伝子編集された2種類の魚の販売が承認された。1つは前出の肉厚マダイ、もう1つはトラフグで、どちらも重量が増えるように遺伝子改変された魚だ。
遺伝子組換えナマズの研究チームは、米国での商業生産の承認を目指している。だが、実現にはしばらく時間がかかりそうだ。これまでのところ、米国で販売が承認された遺伝子編集魚は1種類だけであり、承認に至るまでに何十年もかかった。
その魚とは、大きく成長するように遺伝子を組み換えたサケ「アクアドバンテージ・サーモン(AquAdvantage Salmon)」だ。このサーモンを生産しているアクアバウンティ(AquaBounty)のシルビア・ウルフ社長兼CEOによると、販売できる大きさまで育てるのに必要な飼料は、通常のサーモンに比べて25%少なくて済むという。
同社が初めて遺伝子組換え魚の作製に成功したのは1992年のことだった。だが、米国市場に参入できたのは2021年のことだ。ウルフCEOによると、「1991年に創業してから、革新的なアトランティック・サーモンを市場に投入するまでに、1億ドルを超える費用と30年の月日を費やしました」。
遺伝子編集されたブタの承認も同じような経過をたどっている。PPLセラピューティクス(PPL Therapeutics:現在の社名はレヴァイヴィコア)は2001年、遺伝子操作によってα-gal(アルファ・ガル)糖を欠いたブタを作った。主な目的は、細胞内にアルファ・ガル糖を含む臓器に拒絶反応を示す可能性が高い人々に移植できる臓器を、このブタを使って育てることだった。
米国食品医薬品局(FDA:Food and Drug Administration)は2020年、この遺伝子編集ブタを人間の食用として承認した。FDAのニュースリリースによると、遺伝子編集された豚肉製品は、アルファ・ガル糖にアレルギーを持つ人が安心して食べられる可能性があり、最初は通信販売のみで販売される予定だという。
CRISPRで遺伝子編集された家畜が米国の承認プロセスをどれだけ早く通過できるかを予測するのは難しい。しかし、その途上にあることは確かだ。
MITテクノロジーレビューの関連記事
この記事は、感染症や病気に対する抵抗力を高めるためにワニの遺伝子を与えられたナマズに関して伝えている。このナマズはまた、ホルモンを投与しない限り産卵できず、万一逃げ出しても自然環境への影響を最小限に抑えられるはずだ。
家畜だけではない。2015年に中国で、遺伝子編集されたペットの犬が初めて誕生した。本誌のアントニオ・レガラード編集者が伝えたように、天狗(ティエンゴウ)(中国神話の「天狗」に由来)とヘラクレスという2匹の超筋肉質のビーグル犬だ。
2022年、レヴァイヴィコアの遺伝子編集ブタの心臓が、末期の心臓病を患う男性に移植されたと、本誌のシャーロット・ジー記者が伝えた。
しかし、本誌のアントニオ・レガラード編集者が5月に独占報告したように、移植を受けた男性は数カ月後に死亡し、移植したブタの心臓は、ブタウイルスに感染していたことが判明した。
遺伝子編集動物は予期せぬ結果をもたらす可能性がある。角が生えなくなるように遺伝子を操作したウシに、細菌のDNAが混入し、抗生物質耐性を付与する遺伝子が含まれていることが分かった。本誌のアントニオ・レガラード編集者による報道。
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- ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
- 生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。