チャットGPTは
ロビー活動をどう変えるか
法律の小さな修正によって、企業などの特定の利害関係者に利益をもたらす「マイクロ立法」が、チャットGPTなどの生成AIによって加速する可能性がある。 by Bruce Schneier2023.05.15
米国では、連邦政府を相手に数十億ドル規模のロビー活動が展開されている。その90%近くは、企業に利益をもたらすためのものだ。大金が何の目的で投じられているのか、明白なケースもある。例えば、グーグルは反トラスト規制に対するロビー活動に、数百万ドルを投じている。巨大エネルギー企業が連邦議会議員の再選選挙運動で特定の候補者に数千万ドルを支援しているのは、連邦政府所有の土地での採掘リース契約の終了を阻止してくれることを期待してのことだ。
だが、ロビー活動戦略すべてがこれほど露骨とは限らず、誰の利益のためなのか明白ではないケースもある。例えば、2013年のマサチューセッツ州の州法がそうだ。これは、幼稚園から高校までの生徒がインターネット・サービスを利用する際、収集されたデータの商用利用を制限することを目的とした法案である。当然ながら、プライバシーの懸念を抱く多くの教育活動家からは歓迎の声が上がった。しかし、生徒たちの保護は表向きの理由で、その裏には市場への影響を与える政策が隠されていた。この法案は、教室からグーグル・ドキュメントを排除するために、マイクロソフトのロビイストが働きかけたものだったのだのだ。
このように、ある集団に有利な方向に規則を変えようとする、合法的だがコソコソした戦略が、より一般的かつ効果的になると、どうなってしまうのだろうか。その答えのヒントは、文章作成からグラフィックデザインまで、さまざまな目的の人工知能(AI)ツールが驚くべき速度で開発され、改善されている事実に見出せる。避け難い結果として、AIはロビー活動をより狡猾にし、ひょっとするとその成功率を上げるかもしれない。
実は、AIにとってうってつけの「マイクロレジスレーション(マイクロ立法、Microlegislation)」という切り口がある。
「マイクロレジスレーション」とは、ごく限られた一部の利害関係者を潤す、法律への小さな提案を指す用語だ。マイクロレジスレーションという言葉を作ったのは、英国エクセター大学の政治学者、エイミー・マッケイ准教授である。彼女は2009年に米国上院財政委員会で審議された医療保険制度改革法(いわゆる「オバマケア」)に関する564件の修正案と、866のロビー団体の立場とその活動に投じられた資金を調査した。彼女はロビイストが、医療研究、ワクチンサービス、その他の規定について意見が、マイクロレジスレーションにつながっていた事例を複数発見した。そして、当該ロビー活動団体が上院財政委員会に名を連ねる特定の上院議員に提供した資金が多いと、その修正案が可決される確率も高いことを発見した。
ロビー活動の効果を研究したマッケイ准教授の発見は、驚くべきものではなかった。しかし重要なのは、彼女の研究においてコンピューターモデルが、提出された修正案の可否や、ロビイストが希望する結果を最も効果的に得るための道筋を予測できることを実証したことだ。そして、それはAIロビイストを作り出す、極めて重要な要素であると判明した。
ロビー活動は長い間、政策立案者と彼らを支持する者とが、相反する利益の間でバランスを取ろうとする持ちつ持たれつの関係において存続してきた。マイクロレジスレーションは、法律が実際に誰に利益をもたらすのかを分かりにくくする可能性を高め、そのリスクはAI によって大きく増加している。
マイクロレジスレーションのような戦略は、別の言葉で表せば「ハック」だ。ハッキングとは、システムの規則に従いつつ、システムの意図に反する行為に及ぶことである。ハッキングは多くの場合、コンピューター・システムを標的としたものと考えられているが、この概念は金融市場、税制、立法手続きといった社会システムにも適用できる。
ロビー活動にAI支援テクノロジーを取り入れ、金銭的な利害をもたらすという考え方は、現時点では依然として仮説のままである。しかし、それを可能とする特定の機械学習テクノロジーは現在、すでに存在する。他の多くの分野とまったく同じように、これらのテクノロジーは改善され、より普及していくと考えるべきだろう。
想定される仕組みは、次のようになる。
AIマイクロレジスレーション・システムの作り方
マイクロレジスレーションを実行するためには、機械学習システムは、ごく限られた一部の利害関係者に最大の利益をもたらす、法案または既存の法律に加えられる最小限の変更を明確にしなければならない。
それには、3つの基本的な課題がある。第一に、政策提案(法律に対する小さな修正の提案)を作成し、それを読んだ人がその変更を重大なものだと認識するか否かを予測しなければならない。重大なものだと認識されない方が、議論することもなく可決される可能性が高いため、とても重要な要素だ。第二に、その変更による影響評価を実施し、企業の経済的利益に短期的または長期的にどのような影響が出るかを予測する必要がある。第三に、最も有利な提案を法律に取り入れるため、どこに働きかけるべきかを特定するロビー活動戦略家が必要となる。
既存のAIツールで、これら3つの課題すべてに対処できる。
第一段階の政策提案は、生成AI(ジェネレーティブAI)の中核的な機能を活用する。チャットGPTのような汎用チャットボットで使われている大規模言語モデルは、比較的少数の例を参照するだけで、異なる専門領域における固有の専門家のような文書を書けるようになる。この作業は、ファインチューニング(微調整)と呼ばれる。例えば、書籍やインターネットから収集された一般的なテキスト・サンプルの大規模なライブラリーを用いた「事前訓練」が済んでいるモデルでは、医学文献、コンピューターサイエンス論文、製品評価などで効果的に機能するように「微調整」できる。
こうした柔軟性と適応能力を踏まえると、大規模言語モデルは過去に提出された修正案と関連法案のデータセットを用いて微調整して、法案を書けるようになる。訓練データはすでに利用可能だ。連邦レベルでは合衆国政府出版局がデータを公開しており、ダウンロードしたデータを利用するための複数のツールも用意されている。州や自治体レベルでも同様にデータが提供されており、さらにそれらのデータを便利にまとめたものさえもある。
一方では、チャットGPTの基礎を成している大規模言語モデルは、長大で複雑な文章(法律やコンピューター・コードも含む)の要点を押さえるための要約の作成に日常的に使われており、人間の期待に沿うように最適化されている。こうした能力により、AIアシスタントは、法律に提案する政策を加えることで実際にどのような効果をもたらすのか、読んだ人がどれほど(その効果に)気づけるのかを自動的に予測することを可能にするだろう。
現在は、クライアントに代わってマイクロレジスレーシ …
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