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中国テック事情:チャットGPT対抗馬が失望から希望に変わった理由
Baidu
The bearable mediocrity of Baidu’s ChatGPT competitor

中国テック事情:チャットGPT対抗馬が失望から希望に変わった理由

バイドゥ(百度)が3月に発表した大規模言語モデル「アーニーボット(Ernie Bot)」の出来は中国人を失望させ、同社の株価は下落した。だがその後、評判はやや持ち直しているようだ。その理由とは? by Zeyi Yang2023.04.05

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

中国の大手テック企業であるバイドゥ(百度)は3月16日、大規模言語モデルの「アーニーボット(Ernie Bot)」を発表した。中国から初めて登場した「チャットGPT(ChatGPT)」の対抗馬だ。今年になって開催されたイベントの中で、中国のテック界からもっとも注目されているものだと思ったものの、開催は米国時間の午前3時。起きているのは無理だったので、翌朝、録画で会見を見ることにした。

私が記者会見の録画を見るころにはすでに、バイドゥの発表に対し、圧倒的な失望の波が押し寄せていた。アーニーボットを試用した中国メディアはチャットボットの性能を嘲笑し、ソーシャルメディアのユーザーたちはミームを使ってからかい、バイドゥの株価は6.4%下落した(当日のハイライトと落胆をまとめた記事はこちら)。

だが、アーニーボットの発表以来、不思議なことが起こっている。評判が回復したようなのだ。バイドゥの株価も翌日には15.7%反発した。アーニーボットを試用した中国人記者も増え、当初よりも穏やかなレビュー記事が掲載されている。

「市場は合理的に考え、アーニーボットが驚くほどのものではなかったとしても、おそらく中国市場にとっては十分な出来だと気づいたのです」。香港を拠点とするディープテック関連のベンチャーキャピタル投資家で、イン・キャピタル(IN. Capital)の創業者であるジェニファー・ズー・スコット(朱晋郦)は言う。

私もこのチャットボットに対し、次第に好意的になった。最初は本当に失望した。第一の理由は、イベントでバイドゥはこのチャットボットの事前録画デモを見せただけで、あまり自信がないように見えたからだ。だが、他のテスト使用者たちのアーニーボットとのやり取りを読めば読むほど、このチャットボットはバイドゥの以前のモデルからの順当なアップグレードであり、チャットGPTを目指す上で大きな一歩であることは間違いないように思えてきた。

実際、アーニーボットはチャットGPTと非常に似通った動作を見せる。妙にフォーマルな口調で話したり、答えを箇条書きや番号付きリストで示すのを好む。歴史的事実や文学作品、インターネットのトレンドなどについて答える基本能力は持っているが、時々、細かな点で間違えることがある。有害な情報や政治的にセンシティブな話題について質問されると、ぎこちなく回答を避ける。だが、アーニーボットはチャットGPTとは異なり、画像生成能力も持つ。その点では、ステーブル・ディフュージョン(Stable Diffusion)やミッドジャーニー(Midjourney)ほど洗練されていないかもしれないが、ダリー(DALL-E)のような第一世代モデルよりずっと優秀に見える。

これは中国市場にとって、十分に大きな一歩なのだろうか? 

中国の科学技術界でいま流行している言葉がある。「弯道超车」、曲がり角で他の車を追い越す、という意味だ。科学とイノベーションにおいて米国が依然として世界的なリーダーであることは明らかだ。しかし、中国政府や中国企業はたいてい、巨大な国内市場、より入手しやすいデータ、政府の直接支援という利点を活かして、短期間で差を埋め、米国を追い抜くことさえできると期待している。人工知能(AI)は中国のテック業界がターゲットにしている分野の1つであり、その競争関係について米国でさえも心配するようになった

だが、アーニーボットはチャットGPTを追い越していない。チャットGPTが犯した多くの失敗を、アーニーボットも繰り返している。虚偽をでっち上げたり、小学校の算数の問題を間違えたりするのだ。同じ質問で両方のチャットボットを混乱させることもできる(私はこの例が大好きだ。中国語で「私のパパとママは結婚できますか?」と質問すると、どちらのチャットボットも「一親等の血縁者なので法律上結婚できません」と答えるのだ)。アーニーボットはチャットGPTよりもやや能力で劣り、ミスが多く、複雑な質問を理解する力が低い。同時に、チャットGPTは急速に能力を向上させている可能性がある。3月14日、オープンAI(OpenAI)は「GPT-4」を公開した。同社の大規模言語モデルをさらに発展させたもので、チャットGPTでも利用できる。

アーニーボットの動向に注目していた多くの人々は、このテクノロジーが国家威信の源になることを期待していた。しかし今回の発表によって、むしろ中国企業が米国の同業他社にかなり差をつけられていることが明らかになった。この分野で中国のAI企業や研究者の重要度がますます高まっているにもかかわらず、彼らは追いつくため、やらなければならないことがたくさんあるという事実を痛感させられたのだ。

では、次の展開はどうなるのか?  アリババやテンセントなど、バイドゥと競合する中国企業の多くが同様の製品の開発に取り組んでいることを認めているが、バイドゥのレベルに近づいていることを示す兆候はない。「(他の消費者向け)アプリケーションが近日中に出てくることは期待していません」と、イン・キャピタルの朱は言う。一方、企業向け製品はもっと早く登場する可能性がある。

バイドゥの最高経営責任者(CEO)であるロビン・リー(李彦宏)は、アーニーボットの発表会の最後に、米中間のAI軍拡競争というテーマを重要視していない姿勢を見せようとした。「アーニーボットは米中テクノロジー対決のためのツールではありません」と、リーCEOは述べた。

しかし、現在の地政学的情勢においては、中国人も米国人も、両国間の技術格差の象徴としてアーニーボットとチャットGPTを比較し続けることは避けられない。

中国関連の最新ニュース

1. ティックトック(TikTok)にとっては激動の1週間だった。まず、親会社のバイトダンス(ByteDance)が、米国政府と国家安全保障上の問題で合意できない場合、このアプリの売却を検討していると報じられた。(ブルームバーグ

  • しかし、その計画も中国政府に拒絶される可能性があると、中国を拠点とする弁護士や投資家は言う。(ジ・インフォメーション
  • バイトダンスが2人のジャーナリストを含む米国人ティックトック・ユーザーを監視していたとして、米国司法省がすでに2022年末から同社の調査を開始していると報じられた。(ニューヨーク・タイムズ紙
  • そして、ピーター・ティールを含むシリコンバレーの経営者グループが、ティックトックに対抗するためワシントンD.C.に密かに結集している。(ウォール・ストリート・ジャーナル紙)

2.2020年に武漢の中国人研究者たちが、コロナウイルスとタヌキの関連を示す遺伝子サンプルをアップロードし、新型コロナウイルスが自然起源である可能性が高まった。しかし、海外の学者たちがさらに詳しく調査するため連絡を取ると、すぐにデータベースからデータが削除されてしまった。(ニューヨーク・タイムズ紙

3.3月20日、習近平国家主席がロシアを訪問し、ウラジミール・プーチン大統領と会談した。近年、両国の経済関係は弱まっている。(ウォール・ストリート・ジャーナル紙

4. 132人の死者を出した中国東方航空の墜落事故から1年経つが、中国政府はその原因についてまだ結論を出せていない。(AP通信

5. 2003年にSARS(重症急性呼吸器症候群)のアウトブレイク隠蔽を暴露した中国人医師、ジャン・ヤンヨン(蒋彦永)医師が91歳で死去した。(NPR

6. 台湾の群島をインターネットに接続する海底ケーブルが何者かによって切断される事件が続いている。台湾当局は中国船が不慮の事故で切断していると指摘し、非難している。(ヴァイス

7. スティーブン・バノンと密接な関係を持ち、何かと物議を醸している中国籍の億万長者であるグオ・ウェングイ(郭文貴)が3月15日、10億ドルを詐取する計画を立てたとしてニューヨークで逮捕された。(NBCニュース

  • 2020年にグオとバノンが立ち上げた団体「新中国連邦」は、2022年のウクライナ難民救助支援で果たした役割を大きく誇張し、政治宣伝に利用した。(マザー・ジョーンズ

新型コロナ保険をめぐる騒動

パンデミックの最初の2年の間に、中国の保険会社は「新型コロナウイルス保険」を普及させた。数ドルの保険料を1度払っておけば、感染した時に数千ドルが戻ってくるというものだ。しかし、ジャーナリストのユー・メン(于蒙)が米国を拠点とする中国語ニュースサイト「チャイナ・デジタル・タイムズ(China Digital Times)」に書いているように、その支払いを受けるのが非常に難しい場合がある。

ユーは2022年の初めに新型コロナウイルス保険に加入した。その後、中国のパンデミック対策の緩和を受けて感染が全国に広がる中、12月に自宅で抗原検査をしたところ、陽性となった。ユーは保険会社から教えられていた番号に電話したが、誰も出なかった。ユーの報告によると、この保険会社に保険金を請求した人は少なくとも6万人はいるという。中には1日に何十回も電話した人もいれば、会社を訴えた人もいる。中国の保険規制当局に苦情を申し立てた人もいた。結局、実際に支払いを受けられた人は、ごくわずかだった。

やっと保険会社への電話がつながった時、于は顧客担当者にこう言われた。「どれだけの請求が来ているかご存知ですか? 上の者たちがコストを計算していなかったとでも思っているのですか? もちろん、計算していますよ。数十億元に及ぶ可能性があり、そうなれば会社は倒産するでしょう。国が国有企業の倒産を許すと思いますか? そんなこと想像できますか?」

結局、2万元(およそ2900ドル)の受け取りを期待していたユーは、5000元(およそ730ドル)で妥協した。同じ保険に加入していたユーの両親は、保険金の受け取りを諦めた。

あともう1つ

今は子どもでさえもAIブームから逃れられない。最近、中国東部の浙江省の地方政府が、小学校と中学校のカリキュラムにAI教育をさらに多く組み入れると発表した。授業の内容がどの程度のものになるかはまだ不明だが、一周回って中国の子どもたちがアーニーボットを使ってアーニーボットに関する宿題をするようになるのだろうか?

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ヤン・ズェイ [Zeyi Yang]米国版 中国担当記者
MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。
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