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遺伝子組み換えとバクテリアで空気をきれいにする観葉植物
Antoine Guilloteau
The air-cleaning qualities of plants get a genetically modified boost

遺伝子組み換えとバクテリアで空気をきれいにする観葉植物

空気清浄目的を観葉植物を設置しても、効果はさほど大きくない。フランスのスタートアップ企業は、遺伝子組み換えで大気汚染物質の除去能力を高めた植物を作った。 by Claire L. Evans2023.05.03

1980年代後半、室内で育てるアロエベラやミズタガラシ、鉢植えの菊などの植物が空気の汚染をどれくらい軽減するか測定するため、NASAが研究を実施した。その結果は、世界中の観葉植物オーナーにとって朗報だった。室内用の植物に、ベンゼンやホルムアルデヒドなどの有害な汚染物質を上手く除去する能力があることが分かったからだ。

しかし、NASAの研究が実施されたのは、将来の長期滞在用の宇宙居住施設を模して作られた、密閉された部屋の中だった。2020年に「曝露科学・環境疫学ジャーナル(Journal of Exposure Science & Environmental Epidemiology)」に掲載されたある分析により、NASAの研究結果の少し驚くような事情が明らかになった。その分析によれば、1500平方フィート(約140平方メートル)の部屋の空気をきれいにするには、680個の植物が必要になるというのだ。それは、観葉植物を育てているほとんどの人にとって、非現実的な数である。しかし、フランスのバイオテクノロジー・スタートアップであるネオプランツ(Neoplants)に任せれば、たった1個で済むかもしれない。

2022年末に発表されたネオプランツの看板商品「ネオP1(Neo P1)」は、屋内の空気汚染を改善するために遺伝子組み換えされた、初の室内用観葉植物だ。この商品は、「デビルズアイビー」とも呼ばれるソロモン諸島原産の熱帯性つる植物、ポトスのハイテク版で、一見しただけでは本物のポトスと見分けがつかない。写真映えがし、成長も速く、枯れにくい。しかし、通常の苗木とは異なり、塗料やガスコンロ、建材から生じる揮発性有機化合物(VOC)も代謝する。粒子状の物質をろ過する従来の空気清浄機では除去できなかった室内空気汚染物質だ。

「実際には2方面からのアプローチになっています」と、ネオプランツの最高技術責任者(CTO)兼共同創業者、パトリック・トーベイは説明する。1つ目は、植物の代謝作用の遺伝子工学的操作である。パリを拠点に活動するトーベイCTOの研究チームは、ポトスに新しい遺伝子を追加導入することである種の酵素を作り出させ、吸収したVOCを通常の細胞代謝において炭素源として利用できるようにした。これにより、空気汚染が進むほど植物が増え、ますます汚染除去能力が高まるという好循環が生まれる。

2つ目のアプローチは、バクテリアである。自然界と同じように、ネオプラントでも微生物が困難な仕事を請け負う。Neo P1の土に組み入れられた2種類の共生細菌が、ホルムアルデヒドやBTEX(ベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレン)と呼ばれる種類の汚染物質を、無害な糖やアミノ酸に変えてくれるのだ。

「もし月に植物が1つあるとして、それがネオプラントでなかったら、がっかりするでしょう」。

「バクテリアは、ほとんどの養分循環において非常に重要な役割を担っています」と、スタンフォード大学のジェン・ブロフィー助教授は説明する。ブロフィー助教授の研究室は、気候変動に対する回復力がより高い遺伝子組み換え植物を開発している。「しかし、マイクロバイオーム(微生物叢)を維持するのは非常に困難です。製品を出荷するとすぐに、それらのバクテリアの生存能力は低下してしまうからです」。この脆弱性こそが、ネオプランツのビジネスモデルのようだ。同社は、ネオプラントの空気清浄効率を維持するため、独自の微生物を濃縮した「パワードロップ」と呼ばれる投与剤を販売する予定だ。これを、空気清浄機のフィルター交換と同じように、月1回の頻度で投与する必要がある。「ダイソンはフィルターを売っています。私たちはマイクロバイオームを売ります」(共同創業者兼CEOのライオネル・モーラ)。

今のところ、Neo P1の空気清浄能力のうちポトスそのものが担っているのは30%ほどのみで、残りはマイクロバイオームが処理している。しかし、この状況はすぐに変わると、モーラCEOとトーベイCTOは見込んでいる。植物よりも微生物の方が速く改良できると、2人は説明する。そのため、「植物でできることの限界は、まだずっと先にあります」と、モーラCEOは言う。「私たちは、今できることの最前線にいますが、途方もなく大きな可能性を感じています」。

Neo P1は、ネオプランツが最初に送り出す製品だ。「空気をろ過する植物は、人々が遺伝子組み換え生物について新しい考え方を持つきっかけになるかもしれません」と、ブロフィー助教授は言う。「実際に触って脅威ではないと感じられるものを提供することは、人々に遺伝子組み換え生物という概念を知ってもらうのに最適な方法です」。

偶然ながら、タイミングも良い。植物のポトスは、リモートワークのお供として室内の風景に馴染みの存在となった。同じように、ガスコンロに関する政治的論争が、かつては馴染みのなかった、家庭内の危険に対する私たちの意識を高めた。米環境保護庁(EPA)によると、米国人が人生の約90%を過ごす屋内は、汚染物質の濃度が屋外の2倍から5倍にもなる場合があるという。「普段、私たちは屋内を安全だと感じています。しかし、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)によって、たとえ屋内であっても、目に見えない非常に有害なものが存在し得ることが明らかになりました」と、モーラCEOは語る。

モーラCEOとトーベイCTOが、屋内の空気清浄にとどまらず、最終的には気候への応用にも目を向けていることは明らかだ。「大気から始めるより、寝室に影響を及ぼす方が簡単です」と、トーベイCTOは言う。「でも、もし月に植物が1つあるとして、それがネオプラントでなかったら、がっかりするでしょう」。

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クレア・L・エヴァンス [Claire L. Evans]米国版 寄稿者
エコロジー(生態学)、テクノロジー、カルチャーを探求する作家兼ミュージシャン。
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