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ドイツ「脱原発」は気候変動において何を意味するか
Armin Weigel/picture-alliance/dpa via AP Images
Inside Germany's power struggle over nuclear energy

ドイツ「脱原発」は気候変動において何を意味するか

ドイツは4月15日、国内で稼働していた最後の原子力発電所を停止させた。原子力は気候変動への対応において一体どう位置づけられるべきなのだろうか。 by Casey Crownhart2023.06.28

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

4月15日。私たちは今日、エネルギー界に君臨した存在を弔うため、ここに集まっている。ドイツの原子力発電だ。1961年6月17日生まれ、2023年4月15日没。

ほんの10年前、ドイツは電力需要の約4分の1を原子力発電で賄っていたが、今や原子力発電の歴史は途絶えた。4月初め、同国初の原子力発電所の稼働から60年を経て、最後の原子力発電所を停止させた。

反応はさまざまだ。ある人は、ドイツが危険で欠陥のある電力源から脱却することを歓迎し、これを勝利と見ている。しかし、気候変動対策の大きな障害となる可能性があると考える人もいる。原子力発電所が片っ端から閉鎖される一方で、石炭火力発電は順調に稼働し、ドイツの電力需要のうちかなり大きな割合を供給しながら、温室効果ガスをまき散らしているのだ。

ドイツは本当に難しい課題に直面している。原子力発電という安定した電力供給源を廃止し、なおかつ野心的な気候変動目標を達成しようとしているのだ。このような状況は、今日の気候変動対策が抱える主要な問題を浮き彫りにしている。 原子力は一体どこに位置づけられるべきなのだろうか。

ドイツの原子力発電はどうなっているのか?

ドイツでは、原子力をめぐる延々と長く続く戦いが、何十年も続いてきた。何が起きているのか。簡単に箇条書きでまとめると以下のようになる。

  • 旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所(現在はウクライナ領)で1986年に発生した大事故や、ドイツ国内で発生した小さな事故など、1980年代に起こったいくつかの事故の後、原子力発電に対する国民の支持は低下し始めた。また、核廃棄物の処理方法についても疑問の声が上がり始めた。
  • 多くの抗議の声を受け、ドイツ政府はすべての原子力発電所を停止させる計画を立てた。2002年に、この計画は法律として成立した。  
  • しかし、2011年に発生した福島第一原子力発電所の大事故を受け、事態は再び急展開を迎えた。当時ドイツの首相だったアンゲラ・メルケルは、原子力発電所閉鎖のペースを加速させ、2022年までに完了させるよう求めた。
  • しかし、2022年10月に予定していたドイツ国内の原子力発電所の完全停止は延期となった。ウクライナで戦争が始まり、エネルギー安全保障への懸念が高まったためだ。2023年4月15日、現地時間午後11時59分、ドイツ国内で最後の原子力発電所が電力網から切り離された

では、原子力発電所の停止が気候変動とどう関係するのだろうか。

原子力発電所の停止は、気候変動に関わる目標を大きく後退させかねない。ドイツは、風力や太陽光などの再生可能エネルギーの導入で大きな成果を上げているが、電力部門における温室効果ガスの排出量は、驚くほど減少していない。ドイツは2045年までに温室効果ガスの排出量をゼロにすると公約しているが、2021年2022年は気候変動対策目標を達成できなかった。2030年の目標を達成するためには、排出量削減のペースを3倍まで加速しなければならないかもしれないのだ

温室効果ガス排出量削減のペースを遅らせている一因は、風力や太陽光発電の大量導入で石炭火力発電所を代替するのではなく、元々温室効果ガス排出量が少ない原子力発電を代替してきたことにある。

ドイツは他の多くの先進国と比べて、いまだに多くの石炭を使用しており、特に汚染度の高い褐炭を多用している。ドイツ政府は、遅くとも2038年までに石炭の利用を止めると約束しており、現首相であるオラフ・ショルツは2030年という早い目標を掲げている。しかし、石炭からの脱却は遅々として進まず、最近ではウクライナとロシアの戦争に端を発するエネルギー危機のため、停止していた石炭発電所をこの冬再稼働させたという例もある。

西欧の隣り合う経済大国であるフランスとドイツの違いを見れば、原子力発電所がなぜ重要なのかがわかるだろう。

4月16日、ドイツで最後の原子力発電所が停止した翌日、炭素強度は発電量1キロワット時当たり476グラムを記録した。ドイツでは電力の約半分を再生可能エネルギーで発電しているが、石炭による発電量は供給量の約3割を占めていた。

一方フランスでは、再生可能エネルギーによる発電量は総発電量の30%に過ぎない。これに原子力発電を加えた低炭素発電が、電力供給量の93%を占めている。つまり、フランスの電力1キロワット時当たりの二酸化炭素排出量はドイツのほぼ10分の一であり、1キロワット時あたり51グラムとなっている。これは原子力発電に大きく依存していることが主な理由だ。

では、気候変動対策に原子力は必要なのだろうか?

ドイツの脱原発を支持する人々は、原子力発電を終了させたことが、ドイツが石炭から脱却することや、気候変動目標を達成することを妨げるわけではないと言う。「どちらか一方だけ無くせば済む話ではありません。いずれどちらも廃止する必要があります。化石燃料はすべて廃止しなければなりません」と、環境・気候政策を専門とするミュンヘン工科大学のミランダ・シュアーズ教授は言う。シュアーズ教授は、2011年に原発廃止に向けた政府計画を策定した委員会の一員であった。

シュアーズ教授は、ドイツが再生可能エネルギーを急速に導入したのは、原子力発電所の停止が急務であったからだと主張する。また、温室効果ガスの排出量を抑えつつ電力を供給する方法はほかにもあると言う。

送電線をたくさん作れば、風や日差しの強いところからそうでないところへ送電できる。また、グリーン水素や電池などのエネルギー貯蔵技術は、風力や太陽光が国内の電力需要のほとんどに応える上で役立つ。

しかし、原子力発電なしで気候変動に関する目標を期限内に達成するのは、言うほど簡単ではないかもしれない。マッキンゼーの2022年の報告書によると、予想通りのペースで石炭発電所を閉鎖していくと、10年後までにドイツ国内の総発電能力がおよそ30ギガワット不足する可能性があるという。

ドイツの原子力時代は終わったかもしれない。問題は、その次に来るのが化石燃料なのか、ということである。

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ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。
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