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精子注入ロボでコスト激減、
IVFベンチャーが見据える
未来の生殖
Stephanie Arnett/MITTR
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The first babies conceived with a sperm-injecting robot have been born

精子注入ロボでコスト激減、
IVFベンチャーが見据える
未来の生殖

精子注入ロボットを使った体外受精(IVF)で昨年、2人の赤ちゃんが誕生した。人手による難しい作業を自動化することで、不妊治療にかかるコストを劇的に下げるのが狙いだが、さらにその先を見据えるスタートアップもある。 by Antonio Regalado2023.08.18

2022年の春のことだ。スペイン・バルセロナで、あるエンジニアたちが荷物を梱包していた。中身は、彼らが設計した精子注入ロボット。荷物はDHLでニューヨークへ送られ、エンジニアたちも荷物を追ってすぐに飛んだ。行き先は、セントラル・パークのすぐそばに位置する「ニューホープ不妊治療センター(New Hope Fertility Center)」というクリニックだ。現地に到着したエンジニアたちは、顕微鏡、機械仕掛けの針、小さなシャーレ、ノートPCを組み立て、装置を元の状態に組み立て直した。

このロボットを操るのは不妊治療の経験がないエンジニアだ。プレイステーション 5のコントローラーを握り、ロボットの針の位置を決める。カメラが卵子を捕らえると、針が自動で進んで卵子を突き刺し、精細胞を1つ注入した。ロボットは、全部で十数個の卵子を受精させるのに使われた。

研究チームによると、その結果として健康な胚ができ、2人の女の子が誕生したという。2人は「ロボット」による受精で生まれた最初の人間だと、研究チームは主張している。

「私は冷静でした。その瞬間、『これは1つの実験にすぎない』と思っていました」。精子注入装置を操作した機械工学者のエドゥアルド・アルバは言う。

ロボットを開発したのは、「オーバーチュア・ライフ(Overture Life)」というスタートアップ。同社によると、今回の取組は体外受精(IVF:In Vitro Fertilization)の自動化に向けた最初の一歩であり、IVFは将来的に現在よりも安価になり、一般に広く普及する可能性があるという。

現在のIVFラボでは訓練を受けた胚培養士が常駐している。胚培養士は顕微鏡下で極細の中空針を使って精子や卵子を繊細に扱い、年間12万5000ドル以上の収入を得る専門職だ。

だが、スタートアップ企業の中には、全工程を自動で、あるいはほぼ自動で済ませることが可能だと主張する企業もある。たとえばオーバーチュア・ライフは、IVFラボをミニチュア化した「バイオチップ」の特許を出願している。チップには培養液入りのタンクが隠れており、精子がくねくねと泳ぐための小さな溝もある。

「精子と卵子を入れると、5日後に胚が出てくるような箱を想像してみてください」。受賞歴のある遺伝学者で、スペインに本社を置くオーバーチュア・ライフで最高イノベーション責任者(CIO)を務めるサンティアゴ・ムネは言う。ムネCIOは、IVFの操作がデスクトップ機器でできるようになれば、患者は専門のクリニックに行く必要がなくなるかもしれないと考えている。米国では、体外受精1回あたり2万ドルもの費用がかかる場合がある。だがムネCIOは、現在のIVFに代わり、婦人科のオフィスに設置された自動受精システムに患者の卵子を直接供給する日がやってくるかもしれないと言う。「もっと安くできるはずです。どんな医者でもできるようになれば、IVFは安くなるでしょう」 。

MITテクノロジーレビューは、同様のスタートアップとして、ボストンに本社を置く「オートIVF(AutoIVF)」、ニューヨークの中心街に本社を置く「コンシーバブル・ライフ・サイエンシズ(Conceivable Life Sciences)」、英国ロンドンを本拠とする「IVF 2.0」、オーストラリア、アデレードの「ファーティリス(Fertilis)」といった企業を把握している。うちいくつかは、小型化された「ラボ・オン・チップ(lab-on-a-chip)」テクノロジーを専門とする大学の研究室から生まれた企業だ。

オーバーチュア・ライフは、コスラ・ベンチャーズ(Khosla Ventures)やユーチューブの元最高経営責任者(CEO)であるスーザン・ウォジスキなどの投資家から、約3700万ドルという多額の資金をこれまでに調達している。

より多くの子どもを

IVFの自動化を目指す主な目的はごく単純だと起業家たちは言う。その目的とは、より多くの子どもを作ることにある。体外受精によって、世界では毎年約50万人の子どもが誕生している。だが、子どもを持つための支援を必要としている人のほとんどは、不妊治療を利用できなかったり、その費用を支払うことができない人々だ。

「どうすれば年間50万人の赤ちゃんを3000万人に増やせるでしょうか」。元不妊治療医で現在は投資ファンドを経営するデイヴィッド・セーブルはこう投げかける。「各研究所が職人による工房のようにオーダーメイドで運営されている限り、実現は難しい。これがIVFが直面している課題です。この40年間、科学的には卓越していても、工学的には本当に凡庸な運営が続いていたのです」。

すべての工程を1台で処理する受胎マシーンはまだ存在しないが、精子の注入、卵子の凍結、胚の育成などの一部工程を自動化するだけでもIVFの費用は抑えられる。最終的には、遺伝子編集や人工子宮といった、より革新的なイノベーションを支援することにもつながるだろう。

だが、IVFの完全自動化は容易ではない。ロボット歯医者を想像してみてほしい。試験管での受精は多くの工程から成り立つが、オーバーチュア・ライフのロボットが受け持っているのはそのうちのたった1つの工程だけで、それも部分的な自動化にすぎない。

「コンセプトはすばらしいのですが、まだまだ小さな一歩にすぎません」。1990年代にICSI(卵細胞質内精子注入法:Intracytoplasmic Sperm Injection)という受精方法を開発し、ワイル・コーネル・メディカル・センター(Weill Cornell Medical Center)で不妊治療を担当するジャンピエロ・パレルモ医師は言う。同医師は、オーバーチュア・ライフの研究チームが、精細胞を注射針に仕込むような作業で、まだ手作業に頼っていると指摘する。「まだロボットによるICSIとは呼べないというのが、私の意見です」(パレルモ医師)。

果たしてロボットが人間の胚培養士に取って代われるのだろうか? そして、すぐにでも取って代わるべきなのだろうか? 他の医師たちは懐疑的だ。「精子を採取して、できるだけ繊細に扱い、外傷を最小限に抑えながら卵子に入れなければいけません」。コロンビア大学の不妊治療部門の責任者であるゼヴ・ウィリアムズ医師は言う。ウィリアムズ医師によると、今のところは「人間のほうが機械よりもはるかに優れている」とのことだ。

ウィリ …

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