KADOKAWA Technology Review
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EV満タンわずか5分、バッテリー交換ステーションは普及するか
Stephanie Arnett/MITTR | Envato
How 5-minute battery swaps could get more EVs on the road

EV満タンわずか5分、バッテリー交換ステーションは普及するか

電気自動車(EV)向けのバッテリー交換ステーションを構築する企業「アンプル(Ample)」は、新型のバッテリー交換システムを発表した。ガソリン補給の手軽さと速さに匹敵するとアピールする。 by Casey Crownhart2023.05.29

電気自動車(EV)のバッテリーを外出先で満タンにしたいときには、充電するのが主流だ。だが、別の方法を考えている企業もある。現時点で最速の充電器よりも時間を短縮できる可能性がある、バッテリー交換による方法だ。

2023年5月17日、サンフランシスコに拠点を置くスタートアップ企業のアンプル(Ample)は、新型バッテリー交換システムのデモを公開した。使用済みのEVバッテリーを5分間で新しいバッテリーに交換できるという。

アンプルと似たようなアイデアを持つ企業は過去にも、そして今も何社か存在する。バッテリー交換は、ガソリンスタンドを訪れる時の手軽さと速さに匹敵することを目的としている。この方法に賛同する人たちに言わせれば、車の航続距離を回復する速度を上げられれば、EVの普及を後押しする一助になるという。だが、バッテリー交換は高額なソリューションであるとして、懐疑的な目を向ける専門家もいる。上手くいったとしても、電気輸送の未来において一部の狭い層にしか使われないという見方だ。

アンプルのバッテリー交換ステーションは、シリコンバレーで設計された自動洗車機ふうの見た目である。全てが眩い白さで覆われ、どの角も丸みを帯びている。「ガソリンと同等の速さ、手軽さ、そして便利さを伴う体験を提供したいというのが、アンプルのビジョンです」。アンプルのハミッド・シュリッカー製品部長は、映像ツアーを見せながらこう語った。

アンプルのバッテリー・ステーションの専有面積は2台分の駐車スペースほどで、ドライブスルーのサービスを提供する。車のバッテリーを交換したいドライバーは、ステーションまで車を走らせる。するとドアが上にスライドし、内部のプラットフォームが現れる。ドライバーがステーション内の画面の指示に従ってプラットフォーム上の所定の位置まで車を動かした後、コネクテッドアプリのボタンを押すと、バッテリー交換が始まる。ステーションのプラットフォームがドライバーが乗った車を数十センチほど持ち上げると、内部の機械が作動し始める。使用済みの車載バッテリーを取り外し、新しいバッテリーを取り付けるのだ。バッテリー交換が終了すると、プラットフォームは車を道路の高さまで下ろす。ドライバーは充電済みで準備万端となった車で出発できる、というわけだ。

使用済みバッテリーはその後、数時間かけて充電し、他の車に取り付けられる。アンプルの共同創業者兼社長のジョン・デ・ソウザによると、もっと短い時間でバッテリーを充電することも可能だが、時間をかけて充電することで劣化を防ぐことができるという。バッテリー交換の回数は送電網との接続次第で制限される。100キロワットで接続しているステーションでは、1日あたりバッテリー48個の交換および充電が可能だ。なお、各バッテリーの容量は50キロワット時となっている。

アンプルは、サンフランシスコ一帯に第1世代の交換ステーションを10カ所あまり保有している。デ・ソウザ社長によると、1日あたりの交換回数は合計で数百回、交換1回あたりにかかる時間はおよそ10分だという。ウーバー(Uber)と提携しており、ライドシェアなどの要求の厳しい用途でのバッテリー交換が役立つことを実証するのが狙いだ。だが、アンプルの最終的なビジョンはふらっと立ち寄って交換できることである。つまり、通勤途中や車での長旅中に、一般の人がEVのバッテリーを交換し、そのまま出発できるようにすることだ。

バッテリー交換ステーションは、高速充電施設よりも建設費用がかかる。アンプルは各ステーションの設置費用について、具体的な数字を出すことを避けた。他社のバッテリー交換施設は建設・設置に約50万ドルかかるが、それよりは安いとだけ回答した。

分かれ道

バッテリー交換を追求した企業は、アンプル以外にもこれまでに多数存在する。テスラ・モーターズ(Tesla Motors、現テスラ)はバッテリー交換というコンセプトを研究し、2013年に同社のEV「モデルS」でこの技術を実証した。その後、高速充電が可能なスーパーチャージャー・ネットワークを優先するようになり、バッテリー交換の計画は破棄された。

ベタープレイス(Better Place)は、バッテリー交換を手掛けるベンチャー企業としては、最も名の知れた企業だった。2007年に創業し、自動車メーカーのルノーと提携して、イスラエル国内で数十カ所の交換ステーションから成るネットワークを整備した。しかし、8億5000万ドル近くの資金を調達したものの、ルノー以外の自動車メーカーやドライバーの支持を得ることができず、2013年に破産を申請した。

ベタープレイスの顛末は、現在のバッテリー交換の取り組みに暗い影を落としている。しかしデ・ソウザ社長によれば、アンプルのアプローチは、これまで繰り返されてきたこの技術の問題に対処しているという。

ベタープレイスやアンプルのようなサードパーティ企業が足掛かりを得るには、すでに市場に出ている車と適合する方法を見つけなければならない。だが、自動車メーカーにバッテリー交換側に歩みよってもらうことは困難である。メーカーはモデルごとに異なった設計と化学的性質を持つバッテリーを採用することが、ますます増えてきているからだ。

アンプルの解決策は、モジュラー・システムである。アンプルはバッテリー全体を一度に取り出して新しい物を取り付けるのではなく、幾つかの小さなパックをバッテリーのフレームに取り付けることを計画している。バッテリーパックが小さくなるため、バッテリーを移動させるのに必要な機械にかかる費用を低減させられると、デ・ソウザ社長は述べる。

重要なのは、アンプルのモジュラー型設計は自動車メーカーの参入を容易にすることだという。アンプルの将来構想では、自動車メーカーが車のバッテリーを置くはずの位置に、何も無いスペースを用意してくれるようになることである。そうなれば、アンプルは車に合わせた容器を作り、収まるだけのモジュールを組み込めば良くなる。

モジュールの数は車のサイズ(コンパクトカーに納めることができる数は大きなSUVより少なくなる)およびドライバー側の需要に合わせてカスタマイズできる。日常の運転用にわずか数個しかモジュールを載せていないドライバーが、長旅の際はモジュールを満載するといったこともあるかもしれないと、デ・ソウザ社長は言う。

現状では、アンプルの交換ステーションは、専用バッテリーが搭載された2種類の車両モデルに対応している。日産リーフと、韓国キア(起亜:Kia)のニロ(Niro)だ。デ・ソウザ社長によれば、アンプルの交換ステーションのシステムは13種類の車両モデルで作動できるというが、他の自動車メーカーと提携するという話は今のところ発表されていない。

一部の専門家は、アンプルが新たに提示したバッテリー交換のビジョンでさえも、実現性を疑っている。「一般的な車両のバッテリーを管理するための方法として、バッテリー交換が主流になる可能性は低いと思います」と語るのは、カーネギーメロン大学の工学・公共政策教授であるジェレミー・ミチャレクだ。

現在、道路を走るEVに使用されているバッテリーは、車種やモデルごとに設計、形状、および化学的性質が異なっている。バッテリー交換のためには標準化が必要だ。多少のカスタマイズの余地があるとしても、モジュール化は自動車メーカーにとって大きな制約となるだろう。「同じサイズのモジュールを異なる車種に搭載することには、とても大きな制約がかかります」とミチャレク教授は言う。

運転席にて

アンプルのようなサードパーティ企業が標準化された交換エコシステムを作り上げようとしている一方で、詳細を自社でコントロールできる独自のインフラを作り上げようとしてる自動車メーカーもある。

中国では、ニオ(Nio)がバッテリー交換における主要企業となった。ニオは約1400の商業バッテリー交換ステーションを展開している。ほとんどは中国に存在しているが、ノルウェーやオランダといった欧州諸国にも事業を拡大し始めている。ニオの目標は、2022年の末までに2300カ所のステーションを設置することである。

顧客に対する主要なセールスポイントは利便性だと語るのは、ニオでパワー・マネジメントの上級副社長を務めているフェイ・シェンだ。「バッテリーの交換にかかる時間は、給油とそう変わりません」とシェン上級副社長は話す。

ニオの交換ステーションは、バッテリーをそのまま移動させる。ニオは3種類の容量が異なるバッテリーのオプションを提供している。どのバッテリーもニオが製造しているあらゆる車両に取り付け可能だ。

ニオの場合、バッテリー交換は必須ではない。同社が作った高速充電ステーションでフル充電することも可能だ。だがバッテリー交換という選択肢が提示されたことで、顧客はそれを使っているのだと、シェン上級副社長は言う。ニオのデータによれば、ニオの車両は30万台ほどが道路を走っており、そのうち60%の車両のドライバーが交換ステーションを使用したことがあるという。ニオの交換ステーションはこれまでに合計2000万回の交換をしており、最新のステーションでは1日あたり400回の交換をこなすことができる。

中国でバッテリー交換を追求している企業はニオだけではない。BNEFの予測によれば、ニオを含めた中国企業6社は、バッテリー交換ステーションを2025年までに合計2万6000カ所設置する計画だという。

ブレーキをかける

中国企業によるバッテリー交換についての取り組みは、よりハイエンドな市場においては成功するかもしれない。しかし、カリフォルニア大学デービス校のプラグイン・ハイブリッド電気自動車研究センターの所長であるギル・タル博士は、ニオのような企業がドライバーの大半にサービスを提供することになる可能性は低いとの見方を示す。「バッテリー交換は大変高額なソリューションだと思います」。

バッテリー交換に取り組む企業は、高額な交換ステーション(以前のいくつかの推計によれば、同等の高速充電ステーションに比べて約2倍の費用がかかる)を作る必要があるだけでなく、交換に使われる複雑な機械を維持しなければならない。「多くの交換ステーションを管理するのは大変困難なことです。すべて高い信頼性を維持していなければならないのですから」とシェンは言う。

ニオや他一部のバッテリー交換に取り組む企業は、バッテリーおよびバッテリー交換の権利を提供する代わりに、顧客に月額料金を請求することを検討している。ノルウェーでは、ニオの最も容量が少ないバッテリーの月額料金は約135ドルとなっている(バッテリーを完全に所有すると約8500ドルかかる)。

バッテリー交換によって節約されるわずかな時間は、余分にかかる費用と手間に見合わないかもしれない。「EVドライバーのほとんどは、車の航続距離よりも長く運転しないものです」とタル博士は言う。そして、車の航続距離よりも長く運転する少数の人間にとって、高速充電ステーションに10分から20分ほど停まることは、バッテリー交換のために停まることと比較して、さして大きな障害とはならないだろうと続ける。

高速充電は常に高速化が進んでいる。テスラのスーパーチャージャー・ネットワークは現在では250キロワットの充電電力を提供している。15分間で航続距離を約320キロメートル伸ばすのに十分な数字だ。現在展開されている他の高速充電器の中には、350キロワットのものもある。

人々が時間短縮のために余分に料金を支払うような分野であれば、企業はバッテリー交換を展開できるかもしれない。高級車や、配送トラック、タクシーなどがそうだ。高速充電器に停車することが大きな不便になるようなごく狭い層にとっては、バッテリー交換は役立つものになるかもしれない。だが少なくとも現時点では、一般市民にとってガソリンスタンドの代わりになるのは充電ステーションのほうだろう。

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ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。
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