KADOKAWA Technology Review
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VR「森林浴」なら、都会にいながら健康になれる?
LUKÁŠ HEJTMÁNEK
“Forest bathing” might work in virtual reality too

VR「森林浴」なら、都会にいながら健康になれる?

森林浴が心身の健康の向上に役立つという研究は多く発表されているが、実質現実(VR)での森林浴にも同じような効果はあるだろうか。いくつかの研究チームが研究結果を報告している。 by Charlie Metcalfe2023.06.28

日本において森林浴は、健康に良い効果があるとして昔から高く評価されてきた。何百件もの科学的研究で、森林浴が精神的健康(メンタルヘルス)認識能力を向上させ、血圧を下げ、うつ病や不安症さえも治療できる可能性が示されている。しかし、2030年までに50億人もの人々が都市環境で生活することになるかもしれない世界で、森まで行くのは簡単なことではない。まったく行けない人もいるだろう。

一部の科学者は、実質現実(VR)が解決策になる可能性があると考えている。VRはすでに、医療処置を受けている最中の子どもの気を紛らすのに使われている。また、バーチャルな氷の風景は、火傷患者の痛みを和らげてきた。バーチャルな森は、現実の森と同じ生理学的反応を生じさせる可能性があるだろうか?

チェコ生命科学大学(Czech University of Life Sciences)の科学者グループ(一人の心理学者と森林学部の研究者たちとの共同研究グループ)は、この仮説を検証するため、15人のグループをプラハ近郊のロズトッキー・ハージュ自然保護区に連れて行き、30分間の森林浴をしてもらった。その後、レーザースキャナーを使って同じエリアの森林とそっくりの風景をバーチャルで作成し、録音した音声で現実感を強化し、現実の森を訪れた10人を含む20人の参加者にその中で30分間過ごしてもらった。2022年11月に『フロンティア・イン・バーチャルリアリティ(Frontiers in Virtual Reality)』誌で発表された研究結果によると、参加者の感情の状態を評価するアンケートでは、上記の2つの体験の間に有意な差は見られなかった。このプロジェクトをリードした森林研究者のマーティン・フーラは、次のように説明している。「森が現実のものではないことはわかっていました。しかし、その体験は没入感があり、実験室にいることを忘れてしまうほどでした」。

別の科学者グループもバーチャル森林浴について研究し、最近の『フォレスト(Forests)』誌で論文を発表している。この研究では、科学者たちがあるゲームを開発し、屋外で森林セラピーを指導する実際の方法に基づいて参加者たちにプレイしてもらった。ゲーム中のタスクには、バーチャルカメラを使った写真の撮影や、さまざまなアイテムの収集、冒険気分を味わえるように設計された簡単なフィットネス・プログラムへの参加などが含まれていた。この研究に参加した8人は、ゲームをプレイした後、全体的に気分の落ち込みや怒り、疲労感が減少したことに気づいた。

森林浴そのもののメカニズムについては、まだ科学者の間でも意見が分かれている。一部の科学者は、1980年代にエドワード・O・ウィルソンによって世に広められた「バイオフィリア(生命愛)」理論を信用している。この理論は、人間は自然の一部であるため、自然との相互作用を必要としていると示唆する。もう1つは「注意回復理論」と呼ばれるもので、森林などの自然環境が人々に対し、日常生活の務めによる疲労から回復する機会を与えることを示唆する。この2つの理論は、バーチャル森林にも当てはまるかもしれない。

もちろん限界はある。コンピューターの処理能力は限りがあるため、バーチャル森林には物理的な境界が存在する。チェコの研究の参加者の中には、目に見えない森の壁に遭遇したとき、檻に閉じ込められているように感じたという者もいた。また、処理能力の制限のせいで、コンピュータはキノコや昆虫のような細かなものも完璧には表現できない。さらに、バーチャル環境では、湿った葉の匂いなど、現実の森の感覚的な体験をすべて模倣することはできない。ある論文は、実験参加室の床全体に葉をまくことで、この問題を解決できるかもしれないと提案している。風の感触のようなその他の感覚を再現しようとすれば、もっと複雑なことがわかるだろう。

バーチャル環境は、サイバー酔いを引き起こす可能性もある。目は動きを感知しているのに、体は感知していないときに起こる現象だ。心理学者、森林の専門家、コンピューター科学者らは、より多くの参加者グループによるさらなる研究が、それらの限界を克服するのに役立つと期待している。

 

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