KADOKAWA Technology Review
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米亜鉛電池メーカーが4億ドル調達、送電網向け蓄電池量産へ
John Halpern
Zinc batteries that offer an alternative to lithium just got a big boost

米亜鉛電池メーカーが4億ドル調達、送電網向け蓄電池量産へ

亜鉛ベースの蓄電池を開発・製造する企業が、米国エネルギー省から4億ドルの融資を受けることが決定した。再生可能エネルギーの拡大で高まる送電網向け蓄電池のニーズを満たせるか、注目される。 by Casey Crownhart2023.09.08

送電網向けにリチウム電池の代替品を提供している主要企業の1社である米国のイオス・エナジー(Eos Energy)は8月末、米国エネルギー省から4億ドル近くの融資を受けた。

同社は、「既存のリチウムイオン電池より低コストで、再生可能エネルギーの貯蔵に利用できる」との考えから、ハロゲン化亜鉛電池を製造している。

今回の融資は、米国エネルギー省(DOE)の融資プログラム局がリチウムイオン電池の代替品に注目し、電池メーカーと交わすことになった初の「条件付き約定」だ。DOEはこれまで、リチウムイオン電池製造への取り組みバッテリーリサイクルプロジェクトのほか、地熱発電などの気候変動対策技術に資金を提供してきた。

リチウムイオン電池は現在、ノートPCから電気自動車まで、さまざまな機器におけるエネルギー貯蔵の第一選択肢となっている。リチウムイオン電池の価格は過去10年で急激に低下しているが、さらに安価にすることを望む声が高まってきている。ソーラーパネルや風力タービンは、間欠的にしかエネルギーを生成できない。これらの再生可能エネルギーを用いる電力供給の送電網を24時間稼働させるため、送電事業者は必要な時までエネルギーを貯蔵しておく手段を確保しなければならない。米国の送電網だけでも、2050年までに225ギガ~460ギガワットの長期エネルギー貯蔵容量が必要とされる。

イオスが商品化を目指している亜鉛ベース技術のような新しい電池を使用すれば、低コストで数時間から数日間、電力を貯蔵できる。これらを含む代替蓄電システムは、送電網への安定した電力供給を構築し、世界中で発電が気候におよぼす影響を抑えるための鍵となる可能性がある。

イオスが製造している電池の正極(カソード)は、よくあるリチウムと他の金属の混合物で作られたものではない。代わりに、主成分には亜鉛が使用されている。亜鉛は世界で4番目に生産量の多い金属だ。

亜鉛ベース電池は新しい発明というわけではない。1970年代にはエクソン(Exxon)の研究者が亜鉛臭素フロー電池の特許を取得している。しかし、イオスはこの10年で技術の開発・改良を重ねてきた。

「リチウムイオン電池と比べると、ハロゲン化亜鉛電池にはいくつかの潜在的利点があります」と、イオスの研究開発担当副社長であるフランシス・リッチーは言う。「バッテリーの設計方法が根本的に異なります」。

イオスの電池は、有機溶剤の代わりに水ベースの電解液(電池内で電荷を移動させる液体)を使用しているため、電池がより安定し、発火しないのだとリッチー副社長は言う。イオスの電池は、リチウムイオン電池より寿命が長く(リチウムイオン電池が10~15年に対し約20年)、積極的な温度管理といった安全対策をそれほど必要としない設計となっている。

エネルギー貯蔵技術に注力するベンチャーキャピタル企業、ボルタ・エナジー・テクノロジーズ(Volta Energy Technologies)の技術責任者であるカーラ・ロドビーは、「亜鉛ベース電池やその他の代替電池が送電網に広く普及するには、いくつかの技術課題を克服しなければなりません」と言う。亜鉛電池は比較的効率が悪く、充放電時にはリチウムイオン電池よりも多くのエネルギーが失われる。また、ハロゲン化亜鉛電池は、望ましくない化学反応が起こる可能性があるため、管理を怠ると電池寿命が短くなる場合がある。

ロドビー責任者は、「こういった技術課題はおおむね解決可能であり、それよりもイオスや他の代替電池メーカーにとって現在の大きな課題は、大規模な製造とコストの削減です」と言う。「低コスト製品と低コスト市場と言ってもよいでしょう」。

安価な送電網向け蓄電池は一刻も早く必要とされている。実現に欠かせないのが、大量生産だ。イオスは現在、ペンシルベニア州で年間最大約540メガワット時(リチウムイオン電池であれば米国の平均的な電気自動車約7000台の電力相当)分の電池を生産する半自動化工場を運営している。しかし、この工場は現在フル稼働していない。

イオスのネイサン・クレーカー最高財務責任者(CFO)は、DOEの融資は「ビッグ・ニュース」だと語る。イオスは2年前から資金確保に取り組んでいたため、同社が製造能力を確保するうえで「切実に必要な資本」が得られることになる。

DOEの資金援助により、イオスは既存工場に4つの完全自動化ラインを追加できる。この4ラインを合わせると、2026年までに年間8ギガワット時相当の電池生産が可能となる。これは最大13万世帯の日常ニーズを満たすのに十分な量だ。

DOE融資は条件付きであり、イオスは資金を受け取るために、いくつかの要件を満たさなければならない。「これには技術的、商業的、財務的な要件が含まれています」と、クレーカーCFOは言う。

多くの代替電池は、その化学的性質のせいで、研究室の作業サンプルや小規模製造から大規模な商業生産へと移行する際に困難が生じてきた。それだけでなく、資金確保や購入業者手配の問題などから、過去10年だけでもさまざまな代替化学物質を扱うスタートアップ企業が現れては消えていった。

「エネルギー貯蔵分野における代替品の市場投入には困難がつきものです。しかし今回は、新しい電池化学物質の状況を好転させる絶好の機会だと考えています」と、クレーカーCFOは言う。再生可能エネルギーは急速に送電網に導入されるようになっており、大規模なエネルギーを貯蔵するニーズも10年前より大幅に高まっている。また、インフレ抑制法(Inflation Reduction Act)による税額控除など、新たな支援も登場しており、新電池事業にとって有利な状況が整いつつある。

「エネルギー転換に画期的なインパクトを与える一世一代のチャンスだと思います」と、クレーカーCFOは言う。

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MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。
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