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解説:人工子宮とは何か? 実用化への道筋と倫理的問題
Pro Shots/Sipa USA via AP Images
Everything you need to know about artificial wombs

解説:人工子宮とは何か? 実用化への道筋と倫理的問題

人工子宮の臨床試験が近づいている。人工子宮は超未熟児に子宮に似た環境を提供する医療機器だ。研究はどこまで進み、どのような問題があるのか。現状を解説する。 by Cassandra Willyard2023.10.05

米国食品医薬局(FDA)の諮問委員会は9月19日、人工子宮の研究を動物からヒトへ移行させる方法について話し合った。この医療機器は、極度の未熟児が外の世界へ出るまでの時間をもう少し延ばし、子宮と似た環境で発育させるために設計されたものである。これまでに何百頭もの子羊(および何頭かの子豚)でテストされてきたが、動物モデルではこの技術がヒトでどのように機能するのか、完全に予測することはできない。

「最も難しい疑問は、どの程度未知なことなら許容可能なのかということです」。FDAの小児治療部門で主任新生児科医を務めるアン・マサロは、委員会でこう話した。それは、この研究が実験室を出てヒト臨床試験に入る上で、規制当局が取り組まなければならない問題である。

人工子宮とは?

人工子宮は、極度の未熟児に対し子宮に似た環境を提供することを目的とした、実験的な医療機器である。この技術はほとんどの場合、乳児を「バイオバッグ」の中に入れ、周りを液体で満たして浮かべる。未熟児が出生後の数週間、この装置の中で発育を続けられることで、「装置から出たときに生存能力が高まっており、従来の治療による合併症の可能性が低くなる」というのがこの技術の考え方であると、ミシガン大学の小児外科医、ジョージ・ミカリスカ教授は言う。

極度の未熟児の生存を難しくする主な要因の1つは、肺の発達である。人工子宮の中の赤ちゃんは、呼吸の代わりに肺を人工羊水で満たされ、子宮の中と同じような形で羊水の状態が再現される。新生児科医は、臍帯(さいたい)の血管にチューブを挿入し、乳児の血液が人工肺を循環して酸素を取り込めるようにする。

「子宮外新生児発育環境(EXTEND:EXTrauterine Environment for Newborn Development)」と呼ばれるこの装置は、人工羊水で満たされた容器に赤ちゃんをすっぽりと入れるもので、臨床試験に最も近いとされる装置だ。フィラデルフィア小児病院のアラン・フレーク医学博士とマーカス・デイビー博士が発明したもので、現在はフレークとデイビーが共同で設立したヴィタラ・バイオメディカル(Vitara Biomedical)が開発を進めている。

人工子宮に取り組む研究者はほかにもいるが、やや遅れをとっている。オーストラリアと日本の科学者は、EXTENDによく似たシステムを開発している。欧州では、周産期生命維持プロジェクトが独自の技術に取り組んでいる。また、カナダでは、が子豚を使った独自の人工子宮のテストが続いている。ミシガン大学の研究者たちは、従来の治療が効きそうにない未熟児に使うことを目的とする同様の技術に取り組んでいる。この技術では、乳児は液体に浮かべられるのではなく、肺が液体で満たされるだけだ。既存のICUでも比較的わずかな設備変更だけで使用できるため、「臨床応用性がより高いと考えています」と、プロジェクトを率いるミカリスカ教授は言う。

この技術はいつ、ヒトでテストされるのか?

EXTENDシステムで使われている技術は、これまでに約300頭の羊の胎児でテストされ、良好な結果が得られている。子羊は3週間から4週間、袋の中で生存し、成長できる。

ヒトでの試験に進むには、FDAから治療用医療機器に対する適用免除を受ける必要がある。6月に開かれた会議でフレーク博士は、9月か10月にはヴィタラ・バイオメディカルの適用免除申請の準備ができるかもしれないと述べた。しかし、9月の諮問委員会で、この技術がどこまで進んでいるのか直接質問されたとき、フレーク博士は回答を拒否した。そして、非公開の会議でなら、時期について諮問委員会と話し合うことができると述べた。治験の認可を得るには、EXTENDを試す赤ちゃんがこのシステムから恩恵を得られる可能性が高く、少なくとも現在の標準的な治療を受ける赤ちゃんと同程度の効果が得られると、FDAを確信させる必要がある。

最初のヒトでのテストはどのようなものになるのか?

この医療処置には、入念な準備が必要となる。まず、赤ちゃんは帝王切開で娩出する必要がある。そしてすぐに臍帯へチューブを挿入した後、液体で満たされた容器に移される。

この技術はまず、22週か23週で生まれ、ほかに治療の選択肢があまりない乳児に使われることになるだろう。「従来の治療法でうまくいくと思われる乳児は、この装置に入れたくないですよね」と、ミカリスカ教授は言う。妊娠22週目の赤ちゃんは小さく、体重は1ポンド(約453g)にも満たないことが多い。そして、肺はまだ発達途上である。研究者たちが2013年から2018年の間に生まれた赤ちゃんを調べたところ、22週目に蘇生処置を受けた赤ちゃんの生存率は30%だった。それが23週目には56%近くまで上昇していた。また、その時期に生まれ、生き長らえる赤ちゃんは、神経発達障害、脳性まひ、運動障害、聴覚障害などの障害を負うリスクが高まる。

適切な治験参加者を選ぶのも難しい問題になるだろう。専門家の中には、妊娠期間を唯一の基準にするべきではないと主張する者もいる。物事を複雑にしている要因の1つは、医療機関によって予後が大きく異なることだ。各病院が極端な未熟児に対する最善の治療方法を学ぶにつれ、予後の改善も進んでいる。例えば、アイオワ大学ステッド・ファミリー小児病院(University of Iowa Stead Family Children’s Hospital)では、22週で生まれた赤ちゃんの生存率が64%と、平均よりかなり高い。少数ながら、21週で生まれた乳児の生命維持にも成功している。「それらの赤ちゃんは絶望的なケースではありません。十分に生き延びることができます。適切に管理していれば、とても健康に育つことができます」と、アイオワ大学ステッド・ファミリー小児病院の新生児科医であるブレイディ・トーマス准教授は言う。「この技術を新たに加えることで、本当にそれほどの大きな影響をもたらすことができるのでしょうか? また、治験を始めるに当たり、患者に対してどのようなリスクが考えられるでしょうか?」

予後もまた、は赤ちゃんによっても大きく異なり、さまざまな要因に左右される。「女の子は男の子よりも良くなります。大きい子は小さい子よりも良くなります」と、イェール大学医学大学院の新生児科医で小児生命倫理学者のマーク・マーキュリオ教授は言う。では、「人工子宮の使用を正当化するには、現在の治療法による予後がどの程度悪くなければならないのでしょうか」。マーキュリオ教授が答えを知りたがっている疑問だ。

どのようなリスクがあるのか?

最も小さな赤ちゃんに必ず付きまとう心配事の1つが、脳出血である。「多くの要因によって起こります。脳が未熟であることがその1つですが、私たちが提供する治療とも関連があります」と、ミカリスカ教授は言う。人工子宮の中の赤ちゃんは、体内にチューブを入れた場所に血栓ができないように、抗凝固剤を使用する必要がある。「それが未熟児の脳出血リスクを非常に高めると考えています」。

赤ちゃんだけの問題ではない。乳児がEXTENDの対象となるには、帝王切開で娩出される必要があり、妊婦の感染症や出血のリスクが高まる。帝王切開による娩出は、将来の妊娠にも影響を及ぼす可能性がある。

では、うまくいけば、赤ちゃんを完全に子宮の外で育てられる可能性があるのか?

当面ない。おそらく、これからもないだろう。2022年に発表された論文で、フレーク博士と同僚はそのようなシナリオを「技術面でも発育面でも甘い考えであり、しかもセンセーショナルな推測上の夢物語」と呼んだ。問題は2つある。第一に、胎児の発育は注意深く仕組まれたプロセスであり、妊娠中の親の身体と胎児との間の化学的なコミュニケーションに依存している。研究者は胎児の発育に寄与するすべての要因を理解できておらず、仮に理解したとしても、そのような環境を再現できる保証はない。

第二の問題は大きさだ。現在開発されている人工子宮システムは、医師が乳児の臍帯に小さなチューブを挿入し、酸素を含んだ血液を送り込む必要がある。臍帯が小さければ小さいほど、この手技は難しくなる。

倫理面ではどのような問題があるのか?

短期的には、赤ちゃんを救うため必死になっているかもしれない両親から、研究者たちが適切なインフォームド・コンセントを得ていることを確認する方法に懸念がある。「それは、最後の手段とされている多くの治療法に付き物の問題です」と、生命倫理研究機関ヘイスティングス・センター(Hastings Center)の会長を務める生命倫理学者のヴァルディット・ラヴィツキーは言う。

人工子宮が上手くいけば、もっと大きな問題が出てくるだろう。この装置を使って早産で生まれた赤ちゃんを救うことができれば、「明らかにすばらしい技術になる可能性があります」と、ラヴィツキー会長は言う。しかし、あらゆる技術と同じように、ほかの使い方が生まれる可能性がある。ある女性が妊娠21週か22週で中絶したいと考えており、この技術が利用可能になっているとする。その場合、妊娠を出産まで継続するかどうか選択する女性の権利に、どのような影響を与えるだろうか?「女性には中絶する権利があると言うとき、それは胎児と物理的に分離する権利を意味するのでしょうか? それとも、生物学的な母親にはならない権利のことでしょうか?」と、ラヴィツキー会長は問いかける。

まだ初期段階にあるこの技術について、そのような状況は飛躍した想定に思えるかもしれないが、今のうちにそれが意味することについて考えておく価値はある。英国ダラム大学で医療法と生命倫理を研究しているエリザベス・クロエ・ロマニス准教授は諮問会議で、「体外で妊娠中の存在は1人のユニークな人間としての存在」であって、さまざまなニーズがあり、さまざまな保護を必要とするかもしれないと主張した。

人工子宮の出現はあらゆる種類の疑問を提起すると、ラヴィツキー会長は言う。「胎児とは何か、赤ちゃんとは何か、新生児とは何か、誕生とは何か、生存能力とは何か」。これらの疑問には、倫理的な意味合いだけでなく、法的な意味合いもある。「今、そのことについて考え始めなければ、多くの盲点を抱えてしまうことになるでしょう」と、ラヴィツキー会長は言う。

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