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「見せかけ」批判の炭素市場、グローバル企業撤退で需要急減
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The growing signs of trouble for global carbon markets

「見せかけ」批判の炭素市場、グローバル企業撤退で需要急減

「グリーンウォッシュ」への懸念が高まる中、自社が排出した二酸化炭素をクレジット購入で相殺できるとする炭素市場に対する需要が急速に低下している。 by James Temple2023.11.11

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

数十億ドル規模の世界的な炭素市場に、トラブルの兆しが広がっている。炭素市場は経済界にとって、地球温暖化ガス排出量削減のためのお気に入りのツールだが、調査記事や研究によってその信頼性が損なわれ続けている。

オフセット(相殺)の約束事は、企業や個人が他の当事者に対し、温室効果ガスの排出を防いだり大気中の二酸化炭素を除去したりするためのお金を支払うことで、自分たちのガス排出汚染を相殺できるというものだ。たとえば、土地の所有者は多くの木を植えたり、木を伐採しないことに同意したりすることによって、他の場所で生み出す汚染を相殺できる。少なくとも、考え方としてはそういうことだ。

しかし、10月に掲載されたニューヨーカー誌の爆弾記事は、ジンバブエの森林破壊を防ぐとして1億ドル近くもの金を稼いだ巨大プロジェクト「カリバ(Kariba)」が生み出した何百万件ものカーボン・オフセットが、実際には森林破壊を防ぐものでも、樹木や土壌に炭素を貯留するものでもないと主張している。

10月27日には、それらのクレジットの大部分を販売した企業サウスポール(South Pole)が、オフセットの現場を開発した会社との契約を解消したとブルームバーグが報じた。ブルームバーグは、このニュースによって「カリバ・プロジェクトが崩壊する現実的な可能性が高まる」と書いている。ブルームバーグは今年これまでにも、カリバに関する問題を強調していた。

その結果、そうしたクレジットの購入に頼っていたフォルクスワーゲンやネスレなどの大企業による気候対策の進展という主張が、損なわれる可能性がある。多くの企業が単に大金をドブに捨てたということにもなりかねない。

研究者ジャーナリスト含む)たちはこれまで長年にわたり、さまざまなオフセット・プロジェクトに関する多くの問題こつこつと浮き彫りにしてきた。それらのプロジェクトは、しばしば先住民コミュニティ害を及ぼし、約束した気候への恩恵をもたらせていない。恩恵があるのは山火事で燃え尽きてしまわない場合であり、燃えてしまったら、何年もかけて吸収してきた炭素の蓄積が数日で消え去ってしまう。

しかし、批判の大きな重みと一貫性は、企業が無視できないほどの速さでますます高まっているようだ。2022年末に実施された調査では、企業回答者の約40%が、カーボン・オフセット・プロジェクトに対する世論の批判によって生じる「レピュテーション・リスク」を懸念していると答えた。

ここ数カ月の間に、シェルネスレイージージェット(EasyJet)フォーテスキュー・メタルズ・グループ(Fortescue Metals Group)などの企業が、オフセットから手を引く、またはオフセットに依存するカーボン・ニュートラルの主張を取り下げると発表している。

コンサルティング企業のカーボン・ダイレクト(Carbon Direct)は、10月25日に公表した報告書の中で、クレジットの発行と自主的な炭素市場の運営をしている4つの主要グループ全体でクレジットの需要が急減していることを強調した。4つの主要グループとは、アメリカン・カーボン・レジストリ(American Carbon Registry)、クライメート・アクション・リザーブ(Climate Action Reserve)、ヴェラ(Verra)、およびゴールド・スタンダード(Gold Standard)である。自社の排出量を相殺したいと考えている企業は、それらの仲介業者を通じて炭素クレジットを購入し、それを「償却」することで、自社の排出量と相殺し、他の当事者が相殺に使えないようにすることができる(これは、常にというわけではないが、単一の手順として実施されることが多い)。

しかし、カーボン・ダイレクトの推定によると、そのような償却は2023年末までに、2021年の水準から約25%減少する見込みだ。新たなクレジットの発行も、同じ期間に約7%減少すると予測されている。

「企業は、自分たちがしていることを単純に減速しています。より慎重になり、『イエス』の結論を出すのにより時間をかけるようになっているのです」と、カーボン・ダイレクトで最高科学責任者(CSO)を務めるマシュー・ポッツは言う。「それは良いことです」。

そのような減速の一因となったのは、オフセット市場の間で生まれた新しい方法論や、2021年に急増し、その後すぐに立ち消えとなった暗号資産関連のオフセット手段「ボナンザ(Bonanza)」かもしれない。

しかしカーボン・ダイレクトの報告書によれば、需要の減少は、「リスクの高いクレジットに対する需要の根本的なシフトダウン」という、より広範な傾向を示しているという。特に、国連が開発し、9月にある批判的な研究の対象となった「REDD+森林クレジット」は、その傾向が顕著である。

カーボン・ダイレクトは、土地所有者が森林を伐採しないことに同意する場合のように、単に排出を防ぐと主張するだけのクレジットから企業が手を引いていると結論づけている。問題は、多くの企業や批評家が気づき始めたように、そもそも彼らがチェーンソーで木を伐採するつもりであったことを証明するのは、たいていの場合不可能であるということだ。

しかし、カーボン・ダイレクトによれば、並行して「質への移行」という別の傾向も進行しているという。企業は、二酸化炭素を確実に大気から除去して貯留するプロジェクトを探し求めている。そのようなプロジェクトは、ガーディアンやブルームバーグ、ニューヨーカーなどのメディアによるグリーンウォッシュ暴露記事で悪者にされる可能性が低い。

(編集部注:カーボン・ダイレクトはこの件に関して無関係な第三者ではない。同社は、企業の気候計画や二酸化炭素除去の選択肢について助言を提供している。また、経営は独立しているが、二酸化炭素を除去したり利用したりするスタートアップ企業に資金を提供してきた投資会社カーボン・ダイレクト・キャピタル(Carbon Direct Capital)と提携もしている)。

カーボン・ダイレクトは、「品質重視、除去重視」の購入が2021年から今年第3四半期にかけて5倍に増加したことを明らかにした。

しかし、何を品質と見なすのか? 

カーボン・ダイレクトは、品質の高いプロジェクトとして、注意深く管理され、綿密に監視された森林再生の取り組みや、バイオ炭(植物材料から生成され、土壌の中で炭素を隔離することができる、木炭のような物質)の埋設などをあげている。また、二酸化炭素を吸収する直接空気回収(DAC)施設や、木や植物を利用してエネルギー、熱、または燃料を生産しながら、結果として排出される二酸化炭素を回収して隔離する「二酸化炭素除去・貯留を伴うバイオマス」として知られるアプローチなど、新たなカテゴリーについても言及している。

しかし、それらは現在、ほんの小さなカテゴリーであり、そのコンセプトのほとんどには、関連する技術的、経済的、あるいは炭素計算上の課題が多く存在する。世界的な炭素市場が成長を続ける中で、どのアプローチが確実に気候変動への対抗手段となるのか、そして市場や政府はそのような取り組みに対してどれくらいの金額を支払おうとするのかをめぐり、多くの研究、物語、論争が続くことになるだろう。

気候フットプリントを確実に縮小させようとしている企業には、身近により優れた別の選択肢が常にある。汚染を直接削減することだ。

MITテクノロジーレビューの関連記事

ハイディ・ブレイクがニューヨーカー誌でカリバ・プロジェクトに関する多くの問題について詳細に説明した記事『炭素で儲ける大いなる詐欺(The Great Cash-for-Carbon Hustle)』は、必ず読んでほしい。

数年前に私は、非営利報道機関のプロパブリカ(ProPublica)のリサ・ソングと連携して一対記事を書いた。カリフォルニア州のオフセットシステムにおける混乱を招くような木の計算が、いいとこ取りの行為を助長しており、そうしたプロジェクトが気候へのメリットを過度に誇張する可能性について検討した記事だ。

気候変動関連の最近の話題

10月30日、ワシントン・ポスト紙のシャノン・オオサカが、急激な気温上昇に対する研究者たちの懸念が高まるにつれ、科学文献の中で「気候緊急事態」や「気候危機」などの用語の使用が増えていることを強調した。また、現在のペースの温暖化ガス排出が続けば、地球の気温は約6年で、温暖化の恐るべきしきい値である1.5℃を超えて上昇する可能性があるとも指摘している。

悲しいニュースがある。国際気候変動開発センター(International Centre for Climate Change and Development)で指揮を執ったサリームル・フック教授が10月28日に亡くなった。ネイチャー誌は最近、フック教授を評して、世界で最も重大な歴史的気候汚染諸国に対し、気候変動がもたらす損害の代償を発展途上国に支払う義務を認めさせた運動の「非公式なリーダー」と呼んだ。ゼロ(Zero)のポッドキャストで、ブルームバーグのアクシャット・ラティ記者によるフック教授へのインタビューを聴いてほしい。ラティ記者は教授のことを「気候に脆弱な国々の最も偉大な擁護者」と評している

もっともっと多くの送電線を設置することは、米国の電力供給網を脱炭素化するための現実的な計画において、過小評価されている最も重要な部分の1つである。しかし、待ち望んでいた支援が得られた。米エネルギー省が10月30日に、6つの州にまたがる3本の主要送電線の開発を促進するために、13億ドルを投じることを発表したのだ。しかしながら、ニューヨーク・タイムズ紙のブラッド・プルーマーが指摘するように、国が必要とする近代的な相互接続ネットワークを構築するためには、すべきことがまだまだたくさんある。

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ジェームス・テンプル [James Temple]米国版 エネルギー担当上級編集者
MITテクノロジーレビュー[米国版]のエネルギー担当上級編集者です。特に再生可能エネルギーと気候変動に対処するテクノロジーの取材に取り組んでいます。前職ではバージ(The Verge)の上級ディレクターを務めており、それ以前はリコード(Recode)の編集長代理、サンフランシスコ・クロニクル紙のコラムニストでした。エネルギーや気候変動の記事を書いていないときは、よく犬の散歩かカリフォルニアの景色をビデオ撮影しています。
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