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イスラエル・ガザ紛争で学術界にも内紛、苦悩する科学者
Stephanie Arnett/MITTR | Envato, X
How scientists are being squeezed to take sides in the conflict between Israel and Palestine

イスラエル・ガザ紛争で学術界にも内紛、苦悩する科学者

イスラエル・ガザ紛争をめぐって学術界が揺れている。通説に従わない意見を述べる学者を吊るし上げる者がいる一方で、そうした動きは科学者たちの言論を糾弾しようとしていると警戒する者もいる。 by Antonio Regalado2023.11.16

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

通常、ニュースレターで戦争や政治について取り上げることはないが、今回ばかりは特別だ。イスラエル・ガザ紛争による人的被害の拡大は、科学界に緊張と対立をもたらした。MITテクノロジーレビューが研究を追ってきた生物学者の中には、ネット上での発言が反感を買い、キャリアにダメージを受けた者もすでに出てきている。今回の戦争への数々の反応は、言論の自由や思想の自由など、科学の根幹に関わる問題についても疑問を投げかけている。

10月7日、ガザ地区を支配する組織であり、米国ではテロリスト集団に指定されているハマスがイスラエルに対して奇襲攻撃を仕掛けた。これにより1400人以上の命が奪われ、人質も捕えられた。それにイスラエルがガザ地区への空爆作戦で応戦したことで、死者数は急速に膨れ上がり、報道によればさらに数千人が犠牲になったという。

イスラエルは人口1000万人足らずの国でありながら、科学界や医学界ではきわめて大きな役割を担っている。同国には、バイオテック関連のスタートアップ企業が集結しており、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン接種を初めて大規模に試みた国でもある。幹細胞学者のジェイコブ・ハンナなど、数多くの優秀な生物学者も輩出している。ハンナの研究はこれまで本誌でも取り上げてきたし、最先端科学の未来についての彼の予測は個人的に着目している。

ハンナはイスラエル国籍を有し、イスラエルのレホヴォトにある国立ワイツマン科学研究所(Weizmann Institute of Science)の教授を務める。しかし彼は、キリスト教を信仰するパレスチナ人でもあり、ソーシャルメディアのプロフィールには「占領なんてクソ食らえ」、「アラブ人とユダヤ人は敵対を拒む」と記されている。

攻撃の翌日、ハンナは次のようなパブリックコメントを投稿した。パレスチナ人をガザ地区に隔離している実態に触れ、「残虐行為にはさまざまな形がある。占領や18年にわたる封鎖もそのひとつだ」と書き込んだ。

ハンナは直ちに、他の科学者たちから厳しい批判を浴びた。そこには、自身の大学の科学者たちも含まれていた。ハンナはどうしてハマスを真っ先に非難しなかったのだろうか? 研究者たちはハンナが研究費を受け続けるのに適格かどうか疑問を呈した。セントルイス・ワシントン大学の免疫学者であるジョナサン・キプニスは、ハンナがイスラエルを気に食わないのなら国を去るべきだ、とまで述べた。

「その時はガザに移住して、その中で最高の科学者となり、同胞を支えるべきだろう」と、キプニスは、以前はツイッターとして知られていたサイト「X」に書き込んだ(後にキプニスは私に、「あれは愚かなツイートだったと後悔しており、削除して謝罪しました」と語っている)。

ハンナは、こうした反応を「人種差別的で人を見下したもの」だと感じており、自身の考えを改めてはいない(ハンナはいかなる暴力も否定しており、ハマスのことを「恐ろしい暴力的テロ組織」と呼んでいる)。しかし、彼はまた、ハマスのみに非難の目が向けられることも望んではいない。そうすることは、パレスチナ人に対するイスラエルの過去の所業を糾弾することに消極的な人々と組んで、「断罪ゲーム」という名の猿芝居を演じることになるからだ、と説明する。

しかし、圧力作戦は功を奏した。ハンナは残虐行為に関する投稿をはじめ、いくつかの投稿を削除した。「もう自分のフィードに政治の話題は載せたくないし、けんかもごめんです」と彼は私に語った。「投稿は争いを引き起こすことが目的ではありませんでした。自分の考えや苛立ちを吐き出したかっただけなのです」。

そうした行為は今では危険なものとなってしまった。イスラエルの大学の中には、「テロリズム支持」を表明する者に対して「ゼロ・トレランス(非寛容)」の姿勢を表明しているところもある。また、ソーシャルメディア上にした投稿を理由に、アラブ系イスラエル人学生が懲罰処分を受けたとの報道もある。

一方、ここ米国では、大口寄付者大学の元学長らが口を揃えて、学術機関はハマスの攻撃を明確に非難すべきであり、「両論併記主義」を取るべきではないと主張している。

彼らは学術機関にハマスによる虐殺を認めさせたいのだ。彼らの言い分にも一理ある。イスラエル軍は先日、ジャーナリスト向けに今回の奇襲のノーカット映像を公開したそこには、車から引きずり降ろされたり、自宅の中で殺されたり、テーブルの下に隠れながら射殺されたりした人々の姿が映し出されていた。

ハマスへの非難を引き出そうとする目論見は効果を上げており、ペンシルベニア大学やカリフォルニア大学サンディエゴ校などは他大学と比べて、より強硬な声明を発表している。この動きはまだ続いている。たとえば、米国がん学会(AACR:American Association for Cancer Research)が今回の紛争について曖昧な声明を発表したことを受け、ハンナの所属する大学の研究者50人余りがAACRに宛てた書簡の草案に署名した。この書簡は本誌も目にする機会があったが、その中でイスラエルの研究者たちは、今回の声明は「残虐行為とその実行犯たちを明確に認識しようとしていない。たとえば、声明には『ハマス』、『イスラム聖戦』、『テロ攻撃』といった言葉さえ使われていない」として非難している。

政治的な対立に関して、科学者が常に中立的な立場をとるとは言い切れない。10月24日から27日にブリュッセルで開催の欧州遺伝子細胞治療学会(ESGCT:European Society for Gene and Cell Therapy)の年次総会では、ロシアによるウクライナ侵攻を理由に、ロシアやベラルーシの研究機関から参加費が支払われている参加者を受け入れていない。

「ロシアでも多くの学者がウクライナ戦争に反対していることは承知しています。しかし、我々はあなた方の参加を認めることはできません」と同学会側は述べる。

ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校の遺伝学者、ジョシュ・ダブナウは、このふたつの状況を比較するのは間違いだと私に語った。「ウクライナ侵攻でウクライナの味方をすることは、占領を糾弾することを意味します」と彼は説明する。「反撃しているウクライナ人は、民間人を標的にしている他国の軍隊と戦っているのです」 。

一方、イスラエルとガザ地区の場合は、そうした道義的な明確性はないとダブナウは語る。いずれの側も民間人を殺害しているからだ。彼が懸念しているのは、「イスラエルの残虐行為を批判している」科学者たちの「言論を糾弾」しようとしていることだという。

ダブナウが思うに、「これは一種のマッカーシズムだ」と言う。1950年代の米国における共産主義者に対する警戒心から、ハリウッドや大学でブラックリストが作成された、一連の出来事になぞらえてそう説明した。

もしその指摘が正しいとすれば、最初の犠牲者のひとりは、ショウジョウバエを研究する生物学者のマイケル・アイゼンかもしれない。彼は、「オープン」アクセスジャーナルを積極的に支持していることでも有名な研究者であり、権威ある学術誌「eLife」の編集長も務めていた。そう、つい先日までは。

10月14日、アイゼンは「ジ・オニオン」の風刺記事「死にゆくガザ地区の人々、死に際の一言でハマスを糾弾しなかったことを批判される」をソーシャルメディア上で取り上げた。彼は、Xの投稿で、この記事に自身の見解をまとめたものを付け加えてこう記した。「ジ・オニオンは、あらゆる学術機関のトップたちをまとめても及ばないほどの勇気と洞察力、明確な倫理観をもって声を上げている。ジ・オニオン大学が存在すればよかったのだが」。

これを受けて、ハワード・ヒューズ医学研究所(Howard Hughes Medical Institute)の支援を受けているeLifeは、10月24日にアイゼンを解雇した。同誌は声明の中で、アイゼンは以前から自身の(無作法で悪名高い)コミュニケーションスタイルに関して注意を受けており、「このような行動が再び発生した」ことが今回の決定につながったと述べている。

大学の研究者らが編集者を務めているeLifeでは、この事態を受けて、アイゼンの支持者側と、彼の発言がイスラエル人に対する脅迫行為にあたるとする側の双方から辞職者が相次いだ。

eLifeの編集委員会のメンバーであるフェデ・ペリッシュは10月25日に、アイゼンの解雇決定に同意できないとの理由で辞職すると述べた。ペリッシュは公開書簡の中で次のように述べている。「私は、通説に従わない意見を言うことに抵抗を覚えるようになった人々から発せられた、数多くの懸念を耳にしてきました」。ペリッシュは、「人々は沈黙を余儀なくされて」いると考えており、これは「『公開性、健全性、衡平性、多様性、包摂性を重んじる研究文化を促進する』ことを目的とした学術誌にとって、非常に有害な事態」であると指摘する。

では、科学への影響はどうだろうか? イスラエルに戻ったハンナによると、紛争の継続中、研究室の稼働状況は以前の半分にまで落ちたと言う。そして、彼も未だ苦しんでいる。ある教え子の兄弟が、ガザ地区にある教会への空爆で命を落とした、とハンナは語る。イスラエルでこの先、生物学研究がどのような影響を受けることになるのか詳しく尋ねると、ハンナは返信に次のように記した。

「ユダヤ系イスラエル人の友人、そして学術界や バイオテクノロジー界の同僚たちへ。軟禁されたり、危害や契約解除の脅しを受けたりすることなく、犠牲となった罪なき同胞への痛みや共感を表すことが許されているあなた方を羨ましく思います。契約解除の脅威は、資金提供や投資、雇用を通じて、企業、研究室、科学者個人、あるいはこれらすべてを合わせた事柄に影響を及ぼすものです。長期的に見て、このようなエコシステムが果たして本当に国際的で多様な才能を集めることができるのでしょうか?時として暴発する可能性を秘めている、ファシズムやマッカーシズムの兆候を示しているのではないでしょうか?つまり、こうしたシステムの一部には加わりたくないと大勢が考えるようになるのではないでしょうか?」

残念ながら、今回の戦争はまだ始まったばかりだ。10月26日、イスラエルがガザ地区に戦車を一時的に配備したことが明らかになった。地上侵攻は間近に迫っているようだ。暴力行為が激化すればするほど、その影響は大きくなるだろう。

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MITテクノロジーレビューは、マサチューセッツ工科大学(MIT)とは編集上は独立している。MITの学長であるサリー・コーンブルースが10月10日に発表した、中東情勢に関する声明はこちらから閲覧・視聴できる。

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MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。
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