異常気象を速く正確に ディープマインドの気象予報AIが新成果
ディープマインドが開発した気象予報AIモデルが、従来の予報モデルの性能を上回ったとする研究結果が発表された。9月のノバスコシア州へのハリケーンの上陸を従来モデルよりも3日早く予測したという。 by Melissa Heikkilä2023.11.17
今年、地球は気候変動の悪影響により、記録的な数の予測不可能な異常気象に見舞われている。異常気象をより速く、高い精度で予測できれば、自然災害への備えが改善され、人命を救うことにも繋がるだろう。グーグル・ディープマインド(Google DeepMind)の新たな人工知能(AI)モデルは、それをより容易にしてくれるかもしれない。
11月14日に『サイエンス』誌に掲載された研究により、グーグル・ディープマインドのAIモデル「グラフキャスト(GraphCast)」が最大で10日先までの気象条件を、現在の標準的な手法よりも速く、正確に予測できたことが明らかになった。グラフキャストは1300カ所超の試験地域のうちの90%以上で、欧州中期予報センター(European Centre for Medium-Range Weather Forecasts:ECMWF)のモデルを上回った。さらに、地球の大気の最も低い位置にあり、気象の大半が発生する領域である対流圏の予測では、雨や気温といった気象変数の99%以上でグラフキャストがECMWFを上回った。
重要なのは、異常気温や低気圧の進路といった気象状況について、グラフキャストは標準的なモデルよりもはるかに早い段階で気象学者に正確な警告を発することもできる点だ。9月には、ハリケーン「リー(Lee)」がカナダのノバスコシア州に上陸することを9日前に正確に予測したという。この話をしてくれたのは、グーグル・ディープマインドの研究科学スタッフであるレミ・ラムだ。 従来型の気象予測モデルがハリケーン「リー」のノバスコシア州への上陸をピンポイントで予測できたのは、6日前になってからだった。
「気象予測は、人類が非常に長い間取り組んできた、最も困難な課題のひとつです。この数年に気候変動関連で何が起こったかを考えれば、これが非常に重要な問題であることがわかります」。グーグル・ディープマインドの研究部門で副社長を務めるプシュミート・コーリはそう話す。
従来、気象学者は膨大なコンピューターシミュレーションを用いて気象を予測してきた。この予測には、非常に大きなエネルギーが必要で、時間もかかる。なぜならこのシミュレーションでは、物理学に基づく方程式や、降水量、気圧、風、湿度、雲量といった様々な気象の変数を一つひとつ考慮して実行されるからである。
グラフキャストは機械学習を用いてこれらの計算を1分未満で実行する。物理学に基づく方程式を用いるのではなく、過去40年間の気象データを基に予測するのだ。グラフキャストはグラフニューラル・ネットワークを用いて、地球の表面を100万カ所以上のグリッドポイントへとマッピングする。そして、各グリッドポイントについて、気温、風速と風向、平均海水面気圧、さらに湿度などの条件を予測する。それからパターンを見つけ出し、各データポイントで今後何が起ころうとしているのか、結論を導き出すことができる。
この1年、気象予測には革命が起こっている。グラフキャスト、ファーウェイ(Huawei)の「パングー・ウェザー(Pangu-Weather:盘古气象)」、エヌビディアの「フォーキャストネット(FourcastNet)」といったモデルにより、気象学者たちは気象予測においてAIが果たしうる役割を見直し始めている。グラフキャストはパングー・ウェザーをはじめとする競合モデルよりも性能面で上回っており、より多くの気象変数を予測できるとラムは話す。 ECMWFは既にグラフキャストを利用している。
昨年12月にグーグル・ディープマインドがグラフキャストを初公開した際には、クリスマスがやって来たような気分だったとピーター・デューベンは言う。デューベンはECMWFの地球システムモデリング部門で部長を務める人物で、今回の研究には関わっていない。
「こうしたモデルが非常に優秀であり、我々としてはもはや避けられないものだということを示したのです」とデューベンは話す。
グラフキャストは過去のデータを用いて予測ができることを示したため、気象予測にとっての「審判の時」だとアディティア・グローバーは話す。グローバーはカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)コンピューター科学部助教授で、「クライマックス(ClimaX)」の開発者だ。クライマックスは研究者が地球の気象や気候のモデリングに関する様々なタスクを実行できる、基盤モデルである。
ディープマインドのモデルは「素晴らしい取り組みであり、非常にエキサイティング」だと、スイス連邦気象・気候局(MeteoSwiss)の数値予報部部長を務めるオリバー・フューラーは言う。フューラー部長によると、ECMWFやスウェーデン気象・水文研究所といった他の機関も、グーグル・ディープマインドが打ち出したグラフニューラル・ネットワークのアーキテクチャを用いて、独自のモデルを開発しているという。
だが、グラフキャストは完璧ではない。デューベンによれば、降水量など一部の領域では、依然として従来型の気象予測モデルに後れを取っているという。気象学者がより質の高い予測をするには、やはり機械学習モデルと並行して従来型のモデルを使わなければならないだろう。
グーグル・ディープマインドはグラフキャストをオープンソース化している。これは良い流れだとUCLAのグローバー助教授は言う。
「気候変動が進みつつあるなかで、膨大な計算力という贅沢を享受してきた巨大組織が、科学コミュニティへの還元も考えているというのは非常に重要なことです」 。
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- メリッサ・ヘイッキラ [Melissa Heikkilä]米国版 AI担当上級記者
- MITテクノロジーレビューの上級記者として、人工知能とそれがどのように社会を変えていくかを取材している。MITテクノロジーレビュー入社以前は『ポリティコ(POLITICO)』でAI政策や政治関連の記事を執筆していた。英エコノミスト誌での勤務、ニュースキャスターとしての経験も持つ。2020年にフォーブス誌の「30 Under 30」(欧州メディア部門)に選出された。