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「テクノロジー倫理」という新しい宗教の台頭
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The rise of the tech ethics congregation

「テクノロジー倫理」という新しい宗教の台頭

テクノロジーが超越的な力となった世界では、人々は常に倫理的な指針を求めている。牧師のような創設者が多くの「信者」に教えを説く非営利団体の成長はその象徴的な動きだ。 by Gregory E. Epstein2024.01.22

2022年のクリスマスの直前、1人の牧師は数百人の信徒に、お金より道徳を重んじる福音を説いていた。スポーツジャケット、角ばった眼鏡、有線イヤホンを身に着けた彼は、激しいブレイン・ストーミングで埋め尽くされた6枚のホワイトボードに囲まれたコワーキング・スペース内の小さなガラス張りのオフィスから、ノートPCに向かって生き生きと話している。

牧師はオンラインのオーディエンス(世界48カ国、多くはグローバル・サウスの国々から集まったグループ)の多くにとって馴染み深い聖書のたとえ話を披露しながら、たくさんの人がしばしば冷たく硬い資本主義との競争に苦戦する時代に、なぜ彼の元に集まった人々(会衆)が劇的な成長を遂げているのかを説明した。

「(コミュニティに参加するための)動機の源は人によって異なります」と牧師は説教した。「お金だけではないのです。人は実際のところ、人生においてより深い目的を持っているのです」 。

このコミュニティに参加する数千人もの人の多くは「人間のあり方に関心を持ち、民主主義の未来に関心を持つがゆえに」、時間と労力を割いているのだと牧師は主張した。さらにこう続けた。「これは学術的なのものではありません。仮定の話でもありません。これは将来の世代のことであり、あなた方の幸せのことであり、あなた方が世界をどう見るかということなのです。これは大きな、(中略)パラダイムシフトなのです」。

実は、この牧師は聖職者でなければ、宗教家でもない。急速に人気が高まっている彼のコミュニティは、厳密に言えば教会やシナゴーグ、寺院ではない。そして、彼が引用した聖句も聖書からのものではなかった。それはマイクロソフト・エンカルタ対ウィキペディアの物語、すなわち2009年の過ぎ去りし日の情報提供の聖戦において、自発的なボランティアの運動が、企業から資金を得た専門家の軍隊をいかに打ち負かしたかという物語の言葉だった。そしてこの牧師、デイビッド・ライアン・ポルガーは「若い人は、ググってみてください」と話した。

44歳のポルガーは、テクノロジーにおける倫理と責任の促進に専念する非営利団体「オール・テック・イズ・ヒューマン(ATIH:All Tech Is Human)」の創設者である。2018年に設立されたATIHはマンハッタンに拠点を置いているが、ソーシャル・ミキサー(親睦会)、メンタリング(助言・指導)、キャリア・フェア、求職リソースなど、ますます幅広い対面プログラムを米国内外のいくつかの都市で主催しており、その数は数千に及ぶ。多くの会衆を喜ばせる数字だ。

キリスト教などの会衆と同様に、ATIHは関係の構築に重点を置いている。例えば、スタッフはコミュニティのメンバーが参加できる500社以上の企業の名前が挙げられている「責任ある技術組織」リストの作成などの活動に多くの時間を投資しており、この分野でのキャリアに興味のある約1400人のリスト「責任あるテック人材のプール」を拡大している。ATIHによれば、このようなプログラムは多くの優れた、しかし、しばしばバラバラな取り組みを結集し、それらはすべて「邪悪なテクノロジーと社会の問題に取り組み、公共の利益に沿ったテクノロジーの未来を共同創造する」というATIHの使命に沿ったものだいう。

ATIHは、論説や政策の擁護によって明確に政治的になることはあまりない。むしろ、ATIHの基本的な戦略は「責任あるテクノロジーのエコシステム」を迅速に拡大することなのだ。言い換えればATIHの指導者らは、テクノロジーの世界やその周囲に、テクノロジーが利益よりも倫理と正義の力となることを重視することを望んでいる、多くの場合疎外された背景を持つ多数の人々がいると信じている。カウンターカルチャーのアイコンであるティモシー・リアリーの有名な勧めのように、彼らが「他の人々を見つける」ことができれば、その人々は強力な力となるだろうとポルガー創設者は信じている。それがテクノロジー政策における注目の争点でどちらかの側につくことや、変化を直接推進することを躊躇しているように聞こえるかもしれないが、同創設者はそれを「不可知論的な」ビジネスモデルと呼んでいる。そして、そのようなモデルには、テクノロジー文化の対立する部族を1つの大きなテントの下にまとめる能力など、真の強みがあるのだ。

しかし、後述するように、争いから離れようとする試みは、解決するよりも多くの問題を引き起こす可能性がある。

一方、ATIHは非常に急速に成長しており、この記事の執筆時点でSlack(スラック)のチャンネル・メンバーは5000人を超えている。教会であれば、すぐに「メガ」という接頭辞を付けるのにふさわしいほどだろう。また、このグループの包摂性も一貫して感銘を受けている点だ。女性と有色人種のボランティア的かつ専門的なリーダーシップが重要な点であり、ATIHの講演者のラインナップは、私がこれまでに見たテクノロジー関連の取り組みの中で最も多様なものの1つと言っていい。会衆も経済的利益を期待するのではなく、情熱と好奇心からプログラムに参加する、さまざまな背景を持つ若い専門家でいっぱいだ。もっとも、少なくとも参加者は直接的な金銭的利益を求めてATIHに参加するわけではない。多くの成功した宗教団体と同様に、この組織は専門的なネットワーキングのための意図的なインキュベーターとしての役割を果たしている。

それでも、数十人の参加者にインタビューしたところ、良くも悪くもテクノロジーが超越的な力となった世界を生きていく上で、多くの人が共同体のサポートを切望していると確信した。

そして、成長によって事態は転換点を迎えている。ATIHは現在、かつてATIHを無視していた大規模な財団やテクノロジー慈善家から資金を含め、数百万ドルを受け取る立場にある。そしてポルガー創設者は現在、カナダのジャスティン・トルドー首相や他の著名な政治家のような人々とのネットワークも築いている。かつては謙虚だったコミュニティは、今後もテクノロジー文化の片隅にいる人々を中心に据えることに専念し続けるのだろうか。それとも金儲けのせいで、キリスト教神学者が「最も小さい者たち」と呼ぶかもしれない人々のために戦うことが難しくなるのだろうか。

私が初めてATIHについて調べ始めたのは2021年末。まもなく出版予定の著書『Tech Agnostic: How Technology Became the World’s Most Powerful Religion, and Why It Desperately Needs a Reformation(テクノロジー不可知論者:テクノロジーはどのようにして世界で最も強力な宗教になったのか、なぜその改革が強烈に必要なのか)』(2024年、MITプレス)のためにリサーチをしているときのことだった。この本のプロジェクトが始まったのは、現代のテクノロジー文化と宗教の間に驚くほど多くの類似点を発見し、自分自身の経歴を考えるとこれらの類似点が重要だと感じたからだ。私はハーバード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)の両方で、長年(無宗教の)牧師を務めている。20年間信仰の世界にどっぷりと浸かった後、2018年、夢であった、増え続ける無神論者、不可知論者、どの宗教にも属さない人々のために非営利の「神なき会衆(godless congregation)」を設立するという自分の夢を諦めた。マーク・ザッカーバーグのようなソーシャルメディアの達人が「世界をつなぐ」と言い始める直前にその仕事を始めた私は、テクノロジーがその両方を追い越したことに気づいたとき、結局、宗教か世俗主義のどちらかを中心としたコミュニティを築くという概念への信頼を失ったのだ。

実際、テクノロジーは人々の経済、政治、文化において支配的な力となっているようだ。言うまでもなく、強迫観念は依存症のように見えることが増えており、そこから回復するために神の助けを求める人がいてもおかしくはない。テクノロジー文化は預言者(ジョブズ、ゲイツ、マスクら)によって長い間知られてきたが、テクノロジー全体としては、グーグルの悪名高い「邪悪になるな」など、道徳的および倫理的なメッセージを重視する傾向がさらに強くなっている。

自分自身で描いたテクノロジーと宗教の比較は、テクノロジーのリーダーや組織にとっては好ましくないことが多々ある。テクノロジー解決主義とそれに関連する考え方は、将来の素晴らしいテクノロジーの約束とともに、今ここにある危害を正当化する、一種の神学として機能する可能性がある。強い力を持つ最高経営責任者(CEO)や投資家は、完全なカースト制度ではないにしても、一種の聖職者階層の中心を形成するかもしれない。ハイテク兵器と監視システムは、聖書のような終末が来ると脅しているかのようだ。

ATIHに出会ったとき、自分が説明していた種類のダイナミクスの潜在的にポジティブな例を見つけて、嬉しい驚きを感じた。私は宗教の特定の特徴が人々に真の利益をもたらす可能性を認める、一種の無神論者である。そして、ATIHが成功しているように見えたのは、ATIHが正に世俗的でテクノロジー倫理に重点を置いた宗教会衆のように運営されていたからにほかならない。「ATIHは確かにそのような組織です」とポルガー創設者は2022年2月、このテーマに関する数回にわたるインタビューの最初に認めた。それ以来、私はATIHの共同体と倫理の精神を賞賛し続けたが、一方で、テクノロジー倫理に明確に専念するコミュニティが、テクノロジーそのものを救う改革をもたらすのに役立つのではないかと思い始めたのだ。

私は賞賛するとともに、ATIHが人々の信仰に値するかどうかを見極めようと努めてきた。

なぜ会衆なのか?

私がATIHのイベントを知ったのは2021年後半で、最初はネット上での 「責任あるテクノロジー大学サミット」を通じてだった。これはテクノロジー倫理とキャンパスライフの交差点を探ることに特化した1日の …

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