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暦本純一×平野啓一郎対談
「機械が進化しても、
人間もテクノロジーで進化」
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LEXUS Visionary Conference Event Report #1

暦本純一×平野啓一郎対談
「機械が進化しても、
人間もテクノロジーで進化」

東京大学の暦本純一教授と作家の平野啓一郎さんの対談。人工知能の飛躍的進化で人間の領域が脅かされているようで、テクノロジーで進化するのは人間であり、AIもロボットも進化を支える道具でしかない。欧米の「テクノロジー脅威論」とはひと味違った議論だ。 by 森 旭彦2017.03.29Sponsored

昨今、人間はAIに驚かされっぱなしだ。特に2016年3月に、グーグルによる囲碁AI「AlphaGo(アルファ碁)」が、韓国のプロ棋士イ・セドルを破ったニュースは、ある意味では人間の知性の敗北を世に伝えるものだった。

オックスフォード大学のカール・ベネディクト・フレイおよびマイケル・A・オズボーンによる論文「雇用の未来」によれば、アメリカの47%の雇用がAIを含むコンピューターによって危機にさらされるという。これから私たち人間と機械はどのような関係性を持ち、社会で共生してゆくのだろうか。

MITテクノロジーレビューは、今もっともテクノロジーとの融合が進む自動車業界で先端を走るLEXUSと共催で、イベント「Visionary Conference AI/ロボティクスは人を幸せにするのか」を開催。学者や作家、アーティスト、起業家が、多彩な視点から人間と機械との共生を語り合った。

イベント第一部では「人間の力を拡張するテクノロジーとの共栄社会に向けて」をテーマに、暦本純一氏(東京大学大学院教授/ソニーコンピュータサイエンス研究所副所長)と平野啓一郎氏(作家)による対談が行われた。

SFのインスピレーションがつくる、IoAの世界

「私は人間が機械とつながり、さらに人間と人間がつながり、人間の存在・能力そのものが多様に拡張・編集される『IoA(Internet of Abilities)』がつくる未来を研究しています」

東京大学大学院の暦本純一教授

暦本氏は対談に先立ち、自らの研究を「ジャックイン(JackIn)」という言葉を用いて説明する。「電脳空間(サイバースペース)」を描いたサイバーパンクSFの元祖として名高いW.ギブソンのSF小説『ニューロマンサー』に登場する言葉だ。同作で、ジャックインは電脳空間への没入を意味する言葉として用いられている。つまり、コンピュータに人間の感覚がつながるということだ。

暦本氏は、ドローンに人間をジャックインさせる研究を行っている。それが「フライング・ヘッド(Flying Head)」。ヘッドマウンテッドディスプレイをつけた人間の視覚と動作を、ドローンに同期させるというものだ。身体動作をそのままドローン制御の入力操作にすることで、被験者はドローンにジャックインし、まるで自らがドローンになったかのように周囲を知覚することができる。

そして暦本氏は、フライング・ヘッドを応用することで、被験者が自らを客観的視点から見ることができる「ジャックアウト(JackOut)」を着想した。自分が動いている状態を後ろから、横や後ろからといった「体外離脱視点」で見ることができる。まるで幽体離脱したような視点だが、スポーツ選手にとっては朗報だろう。ランニングやバットのスイングなど、自らの動作を客観的な、自由な視点から観察することができる。ジャックアウト先を水泳ロボットなどに変えれば、水泳のトレーニングにも活用できる(Swimoidとして暦本氏は水泳支援システムも研究している)。

「人間が機械とつながり、さらに人間と人間がつながり、人間の存在・能力そのものが多様に編集される『IoA(Internet of Abilities)』の未来を研究しています」

さらにジャックイン・ジャックアウト先を人間にすることもできる。つまり、自分の存在そのものを、自分とは異なる誰かに送信し、または受信し、あるいは共有するということだ。暦本氏はiPadをお面のように顔にかぶせ、そのiPadを通じて別の人と会話をする「カメレオンマスク(ChameleonMask)」と呼ばれる研究をスライドに出し、「人間Uber」と呼んで会場の笑いをさそった。

他人の顔だけをすげかえて、体を借りてコミュニケーションする。その真意は「ネットワークによって、人間の能力がやりとりされるIoAの社会」のプロトタイピングなのだという。

暦本純一×平野啓一郎対談「人間の自由意志と身体の行方」

暦本氏の講演に続き、作家の平野啓一郎氏が登壇。テクノロジーの進化と人間の自由意志と身体について意見を交わした。

作家の平野啓一郎氏

平野 外科手術に関しては、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件の4日前に、フランスのストラスブールとニューヨークを繋いだ遠隔の手術を、ストラスブール大学の消化器がん研究所IRCADのジャック・マレスコー氏が、世界で初めて成功させています。それは、医師がロボットの補助を受けつつ執刀しているのですが、手術の完全機械化・自動化の研究もかなり進んでいるようです。

人間と機械が関わる領域における一般的なイメージは、人間の関与は過渡期的な現象で、ゆくゆくは機械化されるというものです。しかし暦本さんは、人間と機械が協調することによって発展する領域も存在するのではないかと考えられている。今後、人と機械はどのように関わっていくとお考えでしょうか?

暦本 もしかすると手術は最終的には完全自動化するかもしれませんね。成功率が上がれば、人間の医師が患者を一切手術しなくなる時がくるかもしれません。一方で、人間が人間にやってほしいものは残っていくと思います。たとえばAIにフェイスブックで「いいね」されてもあまり嬉しくありませんよね? そういった、人間が行うことで価値が生まれるものは機械化されないと思います。

平野 なるほど。自動車も自動運転化が進んでいますが、その一方で運転をしたいという人はいますよね? しかし事故率の面から、自動化はより進むのかもしれない。こういった領域では、人間と機械はどのように協調してゆくのでしょうか?

暦本 人間と協調させる場合、機械の側にも人間と協調するものとしての適切なデザインが必要です。たとえば、人間のパイロットに協調する飛行機の自動操縦も、人間と機械のどちらが主導権をとっているかを勘違いしたりしたときに、思わぬ事故に繋がることがあります。

平野氏は「分人主義(dividualism)」を提唱した作家だ。平野氏の造語である「分人(dividual)」とは、個人(individual)から否定の接頭辞「in」をとったものだ。

そもそも個人(individual)とは、分割できない(in-dividable)な存在として定義されてきたが、平野氏はいろんな顔を持って社会で生きている「私」というものは、分割できない個人ではなく、多くの分割できる(dividable)分人(dividual)の集合によって規定されるものだと考えた。

平野氏が分人主義の着想で執筆した『ドーン』は、SF小説のようでありながら、人間や社会を描き、多くの読者を魅了した。

平野 暦本さんは、ある意味で人間のコミュニケーションに突然変異を起こさせているんですよね。テクノロジーとの協調のあり方に、もし進化論的な自然淘汰のイメージを導入するなら。

少し前に『恋空』というケータイ小説を読んでいて思ったんですが、恋愛は身体情報の交換プロセスなんですよ。親密じゃない時はメールなどの文字情報、親しくなると電話して聴覚情報を交換して、さらに親しくなると視覚情報、最後に味覚や嗅覚、そして触覚を交換してゆく。

私達はこうした五感の情報をかなり細かくコントロールすることで、人とのコミュニケーションを図る。ジャックイン・アウトが視覚だけではなくて、他の五感にも広がっていくとどうなるんでしょう?

暦本 視覚、聴覚の先が大きな課題だと思います。たとえばVRは「実際の現実ではないが、現実と実質的に同等の効果を持つもの」などと言われていますが、視聴覚ではない実質、たとえば「喉が乾いてコップ一杯の水を飲む感覚」すら再現できていないのが現状です。

平野 なるほど。

暦本 ただ、「カメレオンマスク」の実験では、触覚というものが人間にとって重要であるということはよく分かりました。他人にすげ替えられている人自体とハグをすると、単に会話をしているよりもより強く相手を感じます。「体は別人」と理屈ではわかっていても、マスクに表示された人とハグしていると感じてしまうのです。

平野 自分が誰かをジャックするのはとても面白いと感じますが、誰かにジャックされるのも面白い。便利ですよね。たとえば今は自動車の自動化が推進されていますが、東京を見ていると、いずれは人間の自動化が進められるんじゃないかと思ったりする。たとえば会社に行く間の通勤時間は、自分以外の誰かが自分を会社まで歩かせる。GPSとセンサーで、人にもぶつからせず、駅のホームからも転落させず。その間本当の自分は他の考え事をしていたり、映画を見ていたっていい。

暦本 それは面白い発想ですね。

平野 今は人は基本的に自由意思を持っているべきですが、どこまで可能なのか、どこまでは他律的でありうるのか、ということをよく考えます。

暦本 カメレオンマスクをつけると、他人にいいなりになって動いているのが案外楽しかったりするんですね。普段直面している自己責任の大変さから一時的に開放されますから。人は、場合によっては自由意志が重荷だったんだとわかって面白いと同時にちょっとショックでした。

セグウェイに乗ると、二足歩行って実はあまり便利じゃなかったんだとわかったりしますが、今の自由意志の不便さも、何からの形で持ち方を変えて解消されていくのかもしれません。

平野 では身体はどうでしょう? 機械と人間が共存してゆく未来において、私たち人間は身体を持つことが基本であり続けるのでしょうか?

「AIが進化するにつれて、人間が何をするのかはますます問われ、そのたびに私たちも進化していく」

暦本 かえって身体の価値が再認識されることもあると思います。ミニマル・ミュージックのコンサートに行くと、ミニマル・ミュージックのある意味機械的な繰り返しのパターンを生身の人間が一生懸命演奏しているのにとても感動するわけです。それはなぜかを考えてみると面白いかもしれません。機械的なパターンだからといって、プレイヤーがロボットであっても感銘をうけない。でも、目の前で人間の演奏家が身体をつかって音楽を生み出している様子を見ていると、やはり私たちは感動する。演奏家の緊張感や集中度が伝わってきたり、演奏家間のインタラクションが感じられるからかもしれません。

平野 身体性が生み出す質感ですね。絵で言えば、実物の味わいがそうですね。直線をつかって幾何学的な絵を描く画家、ピエト・モンドリアンも、実物を見ると人が手で色を塗っていることが分かって、楽しみ方が大きく変わる。でもそれですら、AIに再現できるという話もあります。

暦本 今でさえ、AIは私たちの予想を超えて進化し続けている。未来には、より多くのことがAIには可能になるでしょう。むしろAIが進化することで、人間が何をするのかはますます問われるようになり、それによって私たちは進化してゆくのだと思います。

後編に続く: LEXUS Visionary Conference Event Report #2 社会が変わることを心配するなら、思い通りに変えればいい

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森 旭彦日本版 ゲスト寄稿者
サイエンスやテクノロジーに関する記事を執筆している。とくに、サイエンス、テクノロジー、アート、ジャーナリズムの交差点にある世界観を捉え表現することに関心がある。『WIRED』、『Forbes』、ニューズピックス等のメディアで、国内外で多数の起業家、研究者を取材する。京都府生まれ。
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