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理論計算機科学の巨匠
マヌエル・ブラムが
伝説の指導教授になるまで
Ross Mantle
コンピューティング Insider Online限定
How this Turing Award–winning researcher became a legendary academic advisor

理論計算機科学の巨匠
マヌエル・ブラムが
伝説の指導教授になるまで

チューリング賞を受賞した理論計算機科学者のマヌエル・ブラム博士は、多くのスーパースターを生み出してきた伝説の指導教授としての顔を持つ。多くの教え子たちの証言から得られたのは、「優しさが偉大さを生む」ことの証拠だった。 by Sheon Han2024.03.05

どんな学問分野にもスーパースターはいる。しかし、個人の卓越性だけでなく、未来のスーパースターが輩出し続けられることで、その座を獲得できる人はごくわずかだ。そのような伝説的な大学院博士課程の指導教授の中でも傑出した存在が、プリンストン大学の物理学者ジョン・アーチボルト・ホイーラー博士(2008年没)である。同博士の指導についての論文も存在するほどだ。同博士は、1965年に量子電磁力学でノーベル賞を受賞したリチャード・ファインマン(1998年没)、2017年にノーベル物理学賞を受賞したキップ・ソーン、量子力学の「多世界」理論を提唱したヒュー・エヴェレット、その他多くの一流の物理学者たちを指導した。生態学におけるホイーラー博士のような存在が、ロバート・ペイン博士(2016年没)だ。同博士は、特定の「キーストーン種」が環境に多大な影響を与えることを発見し、影響力のある生態学者の系譜を築いた。ジャーナリズムの分野では、1975年以来、プリンストン大学で何世代もの優秀なジャーナリストを指導してきたジョン・マクフィーがいる。

コンピューター科学の分野にもそのような人物がいる。 1995年にチューリング賞(コンピューター科学のノーベル賞)を受賞したマヌエル・ブラム博士である。同博士の専門は、一般にはあまり知られていない分野である理論コンピューター科学だ。とはいえ、同博士が生み出したものの1つである、ネット上で人間とボットを区別するために開発された「コンピューターと人間を区別する完全に自動化された公開チューリング・テスト」、通称「CAPTCHA(キャプチャ)」を目にしたことはあるだろう。

「ブラム博士の秘密が何であるかは知りません。しかし、彼は指導者としてとてつもない成功を収めてきました」。マサチューセッツ工科大学(MIT)の理論コンピューター科学者で、かつて同博士から指導を受けたマイケル・シプサ教授は話す。そして、「並外れて多くの博士課程の学生」が同博士のもとで研究し、この分野に大きな影響を与えるようになったことについて言及した。「並外れてというのは文字通りの意味で、その数は常軌を逸しています」。

ブラム博士の教え子のうち、3人が同博士同様にチューリング賞を受賞しており、ゲーデル賞やクヌース賞などの理論コンピューター科学におけるその他の栄誉ある賞の受賞者も多い。また、20人以上が一流のコンピューター科学部の教授職に就いている。例を挙げると、MITの教授5人、カーネギーメロン大学(CMU)の教授3人(1人が言語教育プラットフォームのデュオリンゴ(Duolingo)を創業するために去るまでは4人いた)を輩出している。

ブラム博士はまた、教え子たちが研究している分野が非常に多岐にわたることでも知られている。CMUのモル・ハルコル・バルター教授(コンピューター科学)がカリフォルニア大学バークレー校に博士課程生としてやってきたとき、彼女はすぐに同博士と一緒に研究に取り組みたいと思ったという。「マヌエル(・ブラム博士)は温かく、笑顔で、会った瞬間から優しさが伝わってくるような人でした」と同教授は語った。同教授の専門である待ち行列理論は、同博士の専門とほとんど重なるところがなかったが、同博士は指導を引き受けた。「私の知っている教授たちは皆、教え子が自分の専門分野から外れたことをやり始めると、他の教授を探せと言います」と同教授は話した。「マヌエルは違いました」。

数カ月前、現代の理論コンピューター科学における最も重要でありながら直感に反するいくつかのアイデアについて読んでいたとき、私はその研究を担当した研究者の大半がブラム博士の助言を受けていたことに気づいた。私は同博士の成功には、何らかの方式があるのではないかと考えた。もちろん、このような人間的なプロセスをアルゴリズムに集約できると考えるのは軽率だ。しかし、同博士の教え子たちとの会話から、同博士のアプローチの特徴と一貫したテーマが見えてきた。多くの人が同博士のことを温かく語った。「マヌエル(・ブラム博士)について一日中話すことができます」「マヌエルは私の大好きな話題です」というような発言をよく耳にした。指導の細かい点はさておき、私が目にしたのは、少なくとも、優しさが偉大さを生むことの証拠だった。

遅咲き

マヌエル・ブラム博士の妻レノア・ブラムは、優れた数学者でコンピューター科学者であり、数学とコンピューターにおける多様性を推進する最前線に立ってきた人物である(とりわけ、彼女は米国初の女子大学のコンピューター科学科を設立し、CMUのコンピューター科学科が男女比50対50を達成するのに貢献した)。2人は現在、ともにCMUの名誉教授で、ブラム博士はカリフォルニア大学バークレー校の名誉教授でもある。彼らは東西海岸を、行ったり来たりしながら生活している。

8月のある日、私はピッツバーグにあるブラム夫妻の自宅で朝食をともにした。陽気なブラム博士は85歳になった今でも少年のような笑顔を浮かべ、しばしば朗らかな笑い声を上げる。自分のカリスマ性にまったく気づいていない人にありがちなカリスマ性を持っている(ちなみにブラムは、大文字で「WON」と書かれてあるかのようなイントネーションで「WON-derful (ワンダフル)」とよく口にする)。

最近、結婚62周年を迎えたブラム夫妻は、今でも研究のアイデアを出し合ったり、かつての教え子たちからのメールに熱中したり、お互いの思い出を語り合ったりしている。子どもの頃にベネズエラで出会った2人の思い出は、ベネズエラで暮らしていた時代にまでさかのぼる。

ブラム博士は1938年、ベネズエラの首都カラカスで、ルーマニアから移住してきたユダヤ人の両親のもとに生まれた。彼の第一言語はドイツ語で、両親は家でドイツ語を話していた。しかし、ブロンクスに引っ越したとき、彼の家族は人々がドイツ語を聞きたがらないことに気づいた。時は1942年、米国は戦争中だった。家庭での使用言語がスペイン語に切り替わった後、ドイツ語の流暢さはすぐに失われた。しかし、学校で英語を学ばなければならなくなると、スペイン語もすぐに忘れてしまった。

ある時、ブラム博士は両方の言語を聞いていたが、どちらも理解できないことに気づいたという。「『とても興味深い。自分には国語がない。私は言語を通して自分を表現することができない。それなのにどうして私は考えることができたのだろう』と心の中で思ったことを覚えています」。未来の抽象概念の理論家にふさわしい、明晰なメタ認知の瞬間を同博士は悟ったのだ。考えるのに言語は必要ないのだ、と。

 

言語の理解に障害があったためか、ブラム博士が2年生のときの担任教師は、高校は卒業できても大学には行けないかもしれないと母親に忠告した。「それでも、私はもっと賢くなりたいと思いました。それで父に『もっと賢くなるにはどうしたらいいのか』と尋ねたんです」。同博士の父親は、脳の仕組みを理解すれば賢くなれると答えた。この父親との会話は、同博士が意識の研究に興味を持つきっかけとなった(現在、同博士と妻のレノア・ブラムは、多くの場合、息子のコンピューター科学者で豊田工業大学シカゴ校のアヴリム・ブラム教授の協力を得ながら、フルタイムで意識を研究している)。

ブラム博士は最終的にMITに合格したが、1年目は苦戦を強いられた。同博士が大学入学前に陸軍士官学校で訓練を受けていたこともあってか、物理学の勉強に対するアプローチが暗記に偏っていることに友人が気づいたことで、その状況が打開された。同博士は友人がこ …

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