開発進む新型コロナ「針なし」ワクチン、現状と課題は?
針を使わず、鼻や口から吸入する新型コロナ・ワクチンの開発が進んでいる。感染が始まる気道の免疫反応を誘発することで、高い効果を発揮すると期待されているワクチンだ。 by Cassandra Willyard2023.12.21
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン接種は、重篤な疾患から身を守るのに十分な免疫反応を高めるという点ではすばらしい働きをするが、私たちが望んでいる「気道」という一カ所のみで免疫力を高めることはできない。そのため研究者たちは、肺に直接吸い込んだり、鼻の中にスプレーしたりできるワクチンの開発に取り組んできたのだ。これらのワクチンは、気道の粘膜に直接免疫反応を引き起こして感染を阻止したり、感染したとしてもウイルスを媒介しにくくすることを目指したものだ。
これらの「粘膜投与型」コロナワクチンは欧米ではまだ利用できないが、利用できる国や地域もある。この粘膜投与型ワクチン開発の取り組みについて本誌が最後に記事で紹介したのは2022年のことだが、当時すでに2種類のワクチンが中国とインドで承認されていた。現在では中国、インド、イラン、インドネシア、モロッコ、ロシアで5種類が使用されており、数十の新しいワクチン候補が現在臨床試験に入っている段階だ。さらに、ほかにも多くのワクチンが開発中となっている。
最近、私は別の吸入型ワクチンを開発している中国の研究チームの論文を見つけた。このワクチンは、少なくとも1つの注目すべき点で他のほとんどのワクチンとは異なる。粉末であり、保存が可能で冷蔵の必要がないという点だ。これにより、特に冷蔵が難しい場所への輸送や配達が容易になる。
このワクチン候補はすぐに利用できるようになるわけではない。他の100種類以上のワクチンと同様に、まだ前臨床試験の段階にある。だが、パンデミックの発生からほぼ4年が経過した今は、状況を見極める良い時期のように思える。米国で最初の粘膜型コロナワクチンはいつ利用できるようになるのか? それはどのようなものになるのだろうか?そして、意図した通りの効果を発揮するのだろうか?
ワクチン開発のスケジュールは?
これまで米国で承認された粘膜ワクチンは「フルミスト(FluMist)」だけであり、しかも承認されたのは20年前だ。だが、新型コロナウイルスに対応した開発の取り組みは急速に進んでいる。それでは、米国ではいつ新型コロナウイルスに対応した最初の粘膜ワクチンが登場するのだろうか?「もしかしたら、登場することはないかもしれません。しかし、2024年末までに粘膜ワクチンが登場する可能性は高まっていると思います」。2020年から新型コロナウイルス感染症の研究を注意深く観察している心臓専門医のエリック・トポルは、最近のニュースレターでこう推測している。
連邦政府は、新しく改良されたコロナワクチンを市場に投入することを目的とした、50億ドルの取り組みである「プロジェクト・ネクストジェン(Project NextGen)」を通じて資金を投入し、開発スピードを上げることに取り組んでいる。10月、米保健福祉省は粘膜ワクチンを開発している「コダジェニックス(Codagenix)」と「キャッスルヴァクス(CastleVax)」の2社に 2000万ドル近くを投じると発表した。この資金により、両社は感染症の予防にワクチンがどの程度有効であるかをテストするための準備を整えることになる。
コダジェニックスが開発している「CoviLiv」と呼ばれる経鼻ワクチンは、世界保健機関(WHO)が調整する第3相世界有効性試験にすでに参加している。そして10月、コダジェニックスはこれまで新型コロナウイルスのワクチン接種を受けたことがない英国の成人を対象とした、安全性に関する研究の結果を報告した。経鼻ワクチンは、少なくとも血液中のマーカーが示す限り、強力な免疫反応を促した。しかし、血液中の免疫反応のマーカーは、必ずしも気道の粘膜内層における免疫反応を示しているわけではない。あるいは、ある医師の言葉を借りれば、「地球からは見えない『月の裏側』のように、病原体に対する粘膜の反応は末梢血からはよく見えない、あるいはまったく見えない免疫の裏側であり、全身の免疫よりも調べるのが複雑である」ということだ。
粘膜免疫を誘発する最善の方法とは?
それはまだはっきりしていない。さまざまな研究グループが、さまざまな戦略を試みている段階だ。目標は気道に、強く、幅広い種に対応し、長続きする免疫を誘導することだ。しかしどの戦略が成功するかについては、現時点では少々疑問符が付く。粘膜ワクチンは、投与方法と投与に使う器具に応じ、いくつかのカテゴリに分類される。CovLivなど、鼻の中に噴射するスプレータイプのものもある。中には中国の康希諾生物(CanSino Biologics)が開発したワクチンのように、肺に直接吸入するものもある。
これら2つのワクチンの投与経路は一緒にされることもあるが、実際には大きく異なると、マクマスター大学の研究員であり、吸入ワクチンに関する新しい論文に付随する論説を共同執筆したマンガラクマリ・ジェヤナサンは述べている。経鼻ワクチンの有効成分は鼻腔に入る。しかしジェヤナサン研究員は、肺の奥深くまで入る吸入ワクチンの方がより効果的であると考えている。ジェヤナサン研究員のチームの研究は、経鼻ワクチンは上気道でのみ免疫反応を誘導し、下気道では免疫反応を誘導しない可能性を示している。つまり、ワクチンで感染を防げなかったとしても、肺は依然として脆弱なままなのだ。「肺への深刻なダメージを防ぐには、免疫反応が本当に必要なのです」とジェヤナサン研究員は言う。
最近、学術誌のネイチャーに掲載された論文で概説されたワクチンは吸入用である。このワクチンはサブユニット・ワクチン、すなわち病原体の一部を含んだワクチンだ。このワクチンの場合、サブユニットはSARS-CoV-2の一部を再現するように操作されたコレラ毒素の一部だ。これらのタンパク質は、肺の奥深くまで到達できるほど小さなマイクロ・カプセルに入れられている。
すでにワクチンを接種したのに、新型コロナウイルスに感染した。私はすでに優れた粘膜免疫を持っているのではないのか?
おそらく持っている。研究によると、新型コロナウイルスに感染してなおかつワクチン接種を受けた人の方が、ワクチン接種はしたが感染していない人よりも粘膜免疫が優れていることが明らかになっている。しかし、ジェヤナサン研究員によると、研究グループは感染したにもかかわらず肺の粘膜免疫があまりない人たちも相当数確認してきたとのことである。これらの人の肺を生理食塩水で洗浄し、下気道からサンプルを採取しても、検出できるはずのT細胞反応は確認できなかったのだ。「これは本当に奇妙なことです」とジェヤナサン研究員は話す。
しかし、粘膜免疫があるかどうかだけが問題なのではない。その免疫が、どれだけ広範囲に及ぶかも重要なのだ。SARS-CoV-2に関する最も大きな問題の1つは、ウイルス自体が絶えず進化していることである。毎月のように新しい変異株が登場しているのだ。この変化は主に、現在のすべてのワクチンの標的となっているスパイク・タンパク質に影響する。しかし、一部の研究グループは粘膜ワクチンに、変異に対する耐性を持たせようと取り組んでいる。ジェヤナサン研究員のグループは、細胞に結合する部分ほど急速には変化しない、新型コロナウイルスの内部の一部をワクチンに取り込んでいる。「そうすれば、このような変異株を追跡するアプローチは必要なくなります」とジェヤナサン研究員は語る。
粘膜ワクチンに効果があると証明するには、どのようなことが必要なのか?
規制当局は、依然としてワクチンの有効性を測る方法を模索している。場合によっては、企業は抗体レベルなどの代替マーカーによってワクチンの有効性を証明できる。最新のブースター・ワクチンはこのようにして承認された。しかし粘膜ワクチンの場合、どの代替マーカーが最も有用であるかは明らかではないのだ。鼻や口の中の抗体レベル? それとも、特定の免疫細胞の量で評価するのだろうか?
1年前に発表された論説で、米国食品医薬品局(FDA)のピーター・マークスと彼の同僚たちは、すでに承認されているワクチンと大きく異なるワクチンは、大規模なランダム化臨床試験でテストする必要があるかもしれないと主張した。私たちが本当に望んでいるのは、これらの次世代ワクチンが既存のワクチンを上回り、感染を抑制することだ。しかしそれらに関するデータはまだ出ておらず、粘膜ワクチンが実際にウイルスの蔓延を阻止するという私たちの期待通りの効果を発揮するかどうかが分かるまでには、何年もかかる可能性がある。
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