KADOKAWA Technology Review
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脳しんとうから選手や兵士を守れ、衝撃を計測するマウスピース
Prevent Biometrics
A high-tech mouthguard that might help prevent concussions

脳しんとうから選手や兵士を守れ、衝撃を計測するマウスピース

アスリートや兵士は、報告されているよりもはるかに多く、脳しんとうを起こしている可能性がある。新興企業が、頭部への衝撃をリアルタイム測定し、外傷性脳損傷のリスクを減らせるスマート・マウスピースを開発した。 by David Hambling2024.01.03

アスリートや兵士が脳しんとうを起こした場合、最も有益な対応は、とにかく競技場から退出させるか、その活動から離脱させて回復させることである。とはいえ、なぜ衝撃によって脳しんとうが起こったり、起こらなかったりするのかなど、頭部負傷については多くのことが謎のままである。

しかし、頭部への衝撃に関して豊富な情報を提供してくれる可能性のある新しい測定装置が開発されている。軍事活動や競技から離れる必要があることを速やかに警告することで、兵士やアスリートを脳損傷から守ることができる。

頭部外傷の真のリスクが認識されるまで、長い年月がかかった。プリベント・バイオメトリクス(Prevent Biometrics)のマイク・ショーグレン最高経営責任者(CEO)は、「10年前でさえ、大きな打撃を受けた人は、立ち上がって競技を続行するか、そのまま活動を続けるように言われていました」と言う。「現在では、頭部への大きな衝撃の軽減と、脳しんとうのリスクを理解することが、スポーツと軍において最も重要視されるようになっています」。

プリベント・バイオメトリクスは、頭部への衝撃を正確に測定・記録する新しいセンサーの開発に取り組んでいる企業の1つだ。このセンサーは、脳しんとうの可能性を特定し、累積的な影響を研究するためのデータを提供するのに役立つ。

同社のアダム・バーチ最高科学責任者(CSO)によると、科学者たちは長い間、頭部外傷に関わる衝撃の力を測定しようとしてきた。「数十年前は、頭部への衝撃を研究するためにルーブ・ゴールドバーグ・マシン(まんが家のルーブ・ゴールドバーグ が考えた、簡単にできることをあえて面倒な仕組みの連鎖で実行する機械)のような複雑な装置を使わなければなりませんでした」とバーチCSOは語る。「歯型を材料にし、硬い板とサイコロより大きなセンサーを装備したものを、長さ10メートルのケーブルでコンピューターに接続して使うこともありました。装着者はよだれを垂らすし、データは完璧ではありませんでしたが、それが手に入る最高のものでした」。

プリベント・バイオメトリクスが開発した装置である「インパクト・モニタリング・マウスガード(IMM)」は、クリーブランド・クリニック(Cleveland Clinic)によって最初に考案された。装着者の口内にフィットし、監視ツールと実用的なマウスピースの両方の役割を果たす。IMMは衝撃の力、位置、方向、回数を計算し、そのデータをBluetooth経由で他の機器に送信して評価することができる。

プリベント・バイオメトリクスはIMMを用いて、2000人を超える空挺兵を被験者とした五点接地(パラシュート・ランディング・フォール:PLF)を研究している。五点接地は、米陸軍が空挺兵の降下訓練プログラムの一環として開発した着地手法である。パラシュート降下した兵士はまず足から着地し、横に倒れ、着地の衝撃をふくらはぎ、太もも、 尻、背中に沿って順次分散させる。正しく実行すれば、地面着地時の衝撃が吸収される。しかし、一歩間違えると兵士の後頭部が地面に叩きつけられる可能性がある。IMMのセンサーは、この現象が考えられていたよりもはるかに頻繁に発生していることを明らかにした。

 

a product family shot showing the IMM charging case, mouthguard, mobile app on phone, web data portal on laptop and the solo charging case

「降下の約5パーセントで著しい頭部への衝撃が見られました」とバーチCSOは明らかにした。「これは公表されている空挺部隊の脳しんとう発生率の約30倍です」。一連の検査により、IMMが脳しんとうを引き起こす可能性があると検知した事例で、実際に脳しんとうが起こっていたことが確認された。兵士は着地がうまくいかなかったとしても、そのまま起き上がって活動を続けることが多い。そのため、これまでの公式発表の数字には、肉体的に自力で立ち上がることができない兵士の負傷のみが反映されていた。

スポーツでも同様で、アスリートは負傷を報告するよりも、「忘れて前へ進め」と励まされることが多い。プリベント・バイオメトリクスは、ワールドラグビーと協力して大規模なプロジェクトを進めている。このプロジェクトでは、選手を監視し、コーチは負傷した選手をフィールドから連れ出して評価してもらえる。ボクシングやラクロスなど他のスポーツ向けに、バイオコア(Biocore)、オーブ(ORB)、ヒットIQ(HitIQ)といったいくつかの計測器付きマウスピースが開発されている。

将来的には、多くの小さな衝撃の総合的な影響を評価し、どのような状況下で深刻な累積傷害が引き起こされるのかを確認できるようにしたいとプリベント・バイオメトリクスは考えている。「大きな衝撃だけでなく、小さな衝撃による総合的な影響を理解することも重要です。ボクシングの試合のようなものです。第1ラウンドで受けた打撃は、その一発ではノックアウトに至らずとも、最終的にノックアウトをもたらすかもしれません」(ショーグレンCEO)。

デビッド・ハンブリングは、英国サウスロンドンを拠点とするテクノロジー・ジャーナリスト。

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