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中国テック事情:テック企業が仕掛けるデジタルお年玉争奪戦
Stephanie Arnett/MITTR | Envato
How the internet pushed China’s New Year red packet tradition to the extreme

中国テック事情:テック企業が仕掛けるデジタルお年玉争奪戦

中国のテック企業は春節(旧正月)に数百万ドルの紅包(ホンバオ)を配るのが恒例となっている。しかし、その紅包を手に入れるためにユーザーはいくつもの面倒なタスクをこなす必要がある。 by Zeyi Yang2024.02.19

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

新年を迎えるにあたって最も楽しみなことは何か? 中国の子どもたちに質問すれば、おそらく「紅包(ホンバオ、日本の「お年玉」に相当する)」という答えが返ってくるだろう。紅包は伝統的な赤いご祝儀袋のことだ。春節休暇に大人たちは、親戚の子どもたちに現金の入った紅包を渡す。子どもたちは、学校を卒業して就職するまで、毎年確実に現金の贈り物をもらうことができる。

中国では先週末から春節(旧正月)休暇が始まった。よい機会なので、今回の記事では、何百年も続いてきた紅包を贈る伝統が、デジタル時代にどのように進化したかについて話そうと思う。現在私は中国を離れているが、それでも「ウィーチャット(WeChat)」のモバイル決済を使って、甥と姪に2つの紅包を送った。

実際、紅包については、現金を贈る行為がデジタル化されただけではない。毎年、中国のテック企業が大金を稼ぎ、新たなユーザーやトラフィックを呼び込む手段になっている。一方でユーザーは、数ドルを得るためにますます複雑化したルールに従わなければならない。

紅包のデジタル化は、「アリペイ(Alipay)」や WeChatといったスーパーアプリが登場し、誰もが便利に携帯電話でお金を送受できるようになった2010年代初めに始まった。加えて、あるグループチャットに大金が入った紅包を1つ入れると、それを開封した全員が総額の中からランダムに分け前を受け取るランダム割り当てシステムなど、紅包の伝統に新たな息吹を吹き込むメカニズムも導入された。

さまざまな額の報酬が約束されているため、大きな分け前を手に入れたときの興奮が高まる。また、分け前をあまり手に入れられなかった人たちが次のチャンスを求めるようになり、それが新たな紅包文化の目玉となった。

そして、テック企業が紅包でお金を配り始めるまで、大して時間はかからなかった。

2015年にWeChatは、伝統的に大多数の中国人が家族で見る年越しテレビ番組「春節連歓晩会」の放映中に、8000万ドル以上の紅包を配ることにした。WeChatが提供する紅包の分け前を得るには、視聴者は番組放映中の特定時間に携帯電話を振る必要があった。WeChat提供のデータによると、春節の前夜(大晦日)、携帯電話は110億回振られた。ピーク時には、わずか1分間で8億回も携帯電話が振られた。

この大成功に触発され、中国の他のテック企業もこぞってこの分野に参入し、数百万ドルを費やした。現在では、すべての主要アプリが春節に同様のキャンペーンを展開している。しかし、その分け前を手に入れるためにユーザーが実行しなければならないタスクは、はるかに複雑になっている。

たとえば、中国版ティックトック(TikTok)の「ドウイン(Douyin:抖音)」で今年開催される紅包イベントの1つに参加するには、ユーザーは一連のタスクをこなす必要がある。毎日、ログインし、ドウインに複数の新しいユーザーを招待し、アバターをアップロードし、複数の特定アカウントをフォローし、グループチャットを設定し、そのグループチャットへGIFファイルを投稿し、ビデオ通話をし、動画をアップロードし、指定された一定時間動画を視聴し、他の複数のアプリをダウンロードしなければならない。このようなタスクに費やす時間が長ければ長いほど、ドウインから得られるものも多くなる。

2010年代に中国のモバイル・インターネット業界は大幅な成長を遂げた。そして、アプリがユーザーやトラフィックを引きつけるためのカラクリをゲーミフィケーションする点で非常に高度に発展するという継続的な成果をもたらした。新年の紅包キャンペーンの本質は、こうしたカラクリを使ったキャンペーンの最高峰である。

ルールがますます複雑化するにつれ、ほとんどの人には小さなゲームをひとつひとつフォローする時間的余裕がなくなっている。私は何年も前にこのような紅包キャンペーンに参加するのをやめた。必要な労力に比べて報酬が低すぎるからだ(5ドルの現金プレゼントをもらうために、何年も連絡を取っていなかった大学時代の友人5人にメッセージを送りたいと思うだろうか? 私は思わない)。

しかし、現在でも真剣に取り組んでいる人はいる。中国メディアが報じているように、特に裕福ではない一部の人々は、このような紅包ゲームのルールを徹底的に研究し、一攫千金を狙っている。紅包ゲームでは社会的交流に報酬が与えられるため、他の人にお金を払って助けを求める人さえいる。このシステムでゲームをプレイする人々を結び付ける新しいアプリまで登場している。

これは、外部からはあまり知り得ることのない中国テック界の一面だ。中国のモバイル・インターネット業界は、無限の拡大を追求することを目的としたミニゲームやインセンティブであふれ返っている。

スーパーボウルの広告に何百万ドルも費やしている中国の超高速eコマースアプリ「ティームー(Temu)」のおかげで、中国国外のユーザーもこうしたカラクリを体験することができる。クーポンルーレットや、アプリへの新しい友達の招待を求めるとめどないリクエスト、そして夢中になってしまう農業ミニゲームなど、中国のユーザーにはおなじみの手口だ。

私が聞いた限りでは、ほとんどの人は依然としてそれを迷惑なものだと考えているようだ。しかし、中国で紅包キャンペーンが長く続いていることからわかるように、企業が適切なオーディエンスと収益モデルを見つければ、このような派手な演出がネット上に広く存在する現実となる可能性がある。

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デジタル紅包にも生成AIの波

今回はデジタル紅包について取り上げているが、今年は人工知能(AI)が生成したアートワークを紅包のデザインとして販売する人々がいると中国メディア「Guokr(果壳)」が伝えている。2019年にWeChatで紅包の外観デザインをカスタマイズできるようになってから、数ドルを支払えば毎年新しいデザインのデジタルギフトを手に入れることができるという新たなビジネスが登場した。売れっ子アーティストはそこそこのお金を稼ぐことができる。

しかし、アーティスト業界は現在、「ミッドジャーニー(Midjourney)」のような画像生成AIによって混乱状態にある。紅包のデザイン用にこのようなAIサービスを再パッケージし、プロセスを簡素化する新たなビジネスも急成長している。ソーシャルメディア上では、AIを使って紅包を作成することで手っ取り早く現金を稼げると約束する人たちもいて、このトレンドに乗ろうとする人々を引きつけている。しかし実際には、デザインを微調整し、購入してくれそうな人たちの注目を集めるには、依然として数多くの障害が存在するようだ。

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MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。
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