KADOKAWA Technology Review
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AIロボットが縫合技術を習得、6針縫うことに成功
Courtesy of Ken Goldberg
Watch this robot as it learns to stitch up wounds

AIロボットが縫合技術を習得、6針縫うことに成功

カリフォルニア大学バークレー校の研究チームが開発したAIロボットが、人工皮膚に対する6針の縫合に成功した。この技術は、手術中の疲労やミスを減少させ、患者の治療結果を向上させる可能性がある。 by James O'Donnell2024.02.27

人工知能(AI)による訓練を受けたある外科ロボットが、数針の縫合を自力でできるようになった。反復作業をこなす外科医の支援に向けた、小さな一歩である。

カリフォルニア大学バークレー校(UCバークレー)の研究者たちが撮影した映像には、2本腕のロボットが模造皮膚の単純な傷口を連続して6針縫う姿が写っている。ロボットは糸の張り具合を維持しながら、針を片方のロボットアームから別のロボットアームへと移動させて皮膚状の組織に通し、縫い目を完成させた。

今日、多くの医師が、ヘルニアの修復から冠動脈バイパスまで、さまざまな手術のためにロボットの助けを借りている。しかしそれらのロボットは、外科医を補助するために利用されているのであって、外科医の代わりとなるものではない。この新たな研究は、手術における縫合のような非常に複雑で入り組んだ作業をより自律的に担うロボットの実現に向けた、進歩を示すものである。その開発過程で得られた知識は、ロボット工学の他の分野でも役立つ可能性がある。

「ロボット工学の観点から見て、これは本当に難しい操作タスクです」。このロボットの開発に取り組んだ研究所の所長を務めるカリフォルニア大学バークレー校の研究者、ケン・ゴールドバーグ教授は言う。

問題の1つは、針のように光沢や反射のある物体は、ロボットの画像センサーを混乱させる可能性があることだ。また、皮膚や糸のように「変形しやすい」物体がつつかれたときの反応をモデル化することも、コンピューターにとって難しい課題となる。人間が片方の手から別の手に針を移すのとは異なり、ロボットアームの間で針を動かすのは、器用さの点で計り知れないほど困難な作業である。

このロボットは、2台のカメラを使って周囲の状況を把握する。そして、ニューラル・ネットワークで訓練されたこのロボットは、針の位置を識別することや、モーション・コントローラーを使って縫合に必要な6つの動作すべてを計画することができる。

この種のロボットが手術室で利用され、傷口や臓器を自力で縫うようになるのはまだ先のことだ。しかし、縫合プロセスの一部を自動化するという目標は、医学的に重大な可能性を秘めていると、プロジェクトの研究者であるダンヤル・フェル医師は言う。

「1つの手術の中には多くの作業があります。そしてたいていの場合、縫合は行うべき最後の仕事です」(フェル医師)。それゆえに、縫合しているときの医師は疲れ切っている可能性が高いと言える。また、傷口を適切に閉じないと、回復により時間がかかり、多くの合併症を引き起こすことにもなりかねない。縫合はかなり反復的な作業でもあるため、自動化の対象候補として適していると、ゴールドバーグ教授とフェル医師は考えた。

「実際に患者の転帰が良くなることを示せるでしょうか? 医師にとって便利なことは確かですが、最も重要なのは、これがより良い縫合、より早い回復、より少ない傷跡につながるかです」(ゴールドバーグ教授)。

それこそが未解決の問題である。このロボットの成功には、ただし書きが伴うからだ。この機械は、人間の介入を必要とするまでに6針の縫合を完了するという記録を作ったが、試験全体では平均して3針しか縫い終えることができなかった。テスト用の傷は、肘や指関節のような体の丸い部分の傷とは異なり、二次元に限定されていた。また、このロボットは、臓器組織や動物の皮膚ではなく、医療訓練で使用される偽の皮膚の一種であるファントムでしか試験されていない。

ジョンズ・ホプキンス大学のアクセル・クリーガー助教授(今回の研究には参加してない)によれば、このロボットは、特に針を見つけて掴み、アーム間で移動させる能力において、目覚ましい進歩を遂げたという。

「それは干し草の山から1本の針を見つけるようなものです」と、クリーガー助教授は話す。「非常に困難な作業です。ここまで到達したことに非常に感銘を受けています」。

アプローチは異なるものの、クリーガー助教授の研究室もロボット縫合をリードする存在である。UCバークレーの研究チームは、多くの手術室で腹腔鏡手術に用いられている共有ロボットシステム「ダ・ヴィンチ・リサーチ・キット(da Vinci Research Kit)」を研究に利用している。これに対しクリーガー助教授の研究室は、「スマート組織自律ロボット(STAR)」と呼ばれる独自のシステムを構築した。

2022年に発表されたSTARに関する論文では、豚の腸の縫合に成功したことが示されている。注目すべき報告だ。ロボットは、動物の組織や血液のサンプル内に存在する色を区別するのが難しいからだ。しかしSTARシステムは、組織内に設置されてロボットに移動すべき場所を教えるのを助ける赤外線センサーや、縫い糸を送出するための専用縫合機構など、独自技術の恩恵も受けている。それとは異なり今回のUCバークレーのロボットは、より専門性の低いダ・ヴィンチ・システムを使い、手作業で縫合するように設計されている。

両研究チームとも、課題は山積している。クリーガー助教授は、ロボットを外科医にとってより操作しやすいものにし(現在、ロボットの操作には大量のコードが使われており、分かりにくい)、もっと小さな縫合も扱えるように訓練したいと考えている。

UCバークレーのゴールドバーグ教授は、ロボットがより複雑な形状の傷の縫合に成功することと、より速く正確に縫合作業を完了するようになることを望んでいる。近い将来、ゴールドバーグ教授の研究室は、模造皮膚での試験から、動物の皮膚を使った試験に移る予定だ。

それには鶏肉が好ましい。「そのいいところは、ちょっと出かけて食料品店で何らかの鶏肉を買うだけでよいことです。何の承認も必要ありません」。

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ジェームス・オドネル [James O'Donnell]米国版 AI/ハードウェア担当記者
自律自動車や外科用ロボット、チャットボットなどのテクノロジーがもたらす可能性とリスクについて主に取材。MITテクノロジーレビュー入社以前は、PBSの報道番組『フロントライン(FRONTLINE)』の調査報道担当記者。ワシントンポスト、プロパブリカ(ProPublica)、WNYCなどのメディアにも寄稿・出演している。
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