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シンガポール発「コーヒー豆を使わないコーヒー」のカギは発酵技術
Shawn Hazen
This startup is making coffee without coffee beans

シンガポール発「コーヒー豆を使わないコーヒー」のカギは発酵技術

シンガポールに拠点を置くスタートアップ「プリファー・コーヒー(Prefer Coffee)」は、食品廃棄物と発酵技術を使ってコーヒー風の飲み物を製造している。 by Lina Zeldovich2024.09.06

この記事の3つのポイント
  1. コーヒー豆を使わず食品廃棄物から作る代替コーヒーを開発
  2. 気候変動に脅かされるコーヒー産業の持続可能性を高める
  3. シンガポールのスタートアップが世界展開を目指している
summarized by Claude 3

シンガポールのスタートアップ「プリファー・コーヒー(Prefer Coffee)」の共同創業者であるDJタンが、オーツラテのボトルを開け、カップに注ぎ入れてくれた。よく冷えたドリンクは、シンガポールの酷暑の中ですばらしく爽快に感じられ、味はコーヒーそのものだ。だが驚くべきことに、この飲み物にはコーヒーが1グラムたりとも入っていない。

私たちが愛するコーヒーは、実は現在の生産方法では持続可能とは言い難い状況にある。気温上昇、干ばつ、洪水、台風、新たな病害が、作物としてのコーヒーを脅かしている。2022年に学術誌プロス・ワン(PLOS One)に掲載された論文によれば、コーヒー栽培に適した土地は2050年までに地球全体で減少すると予測されている。現代のコーヒー生産の過程では、森林が皆伐され、大量の水(および肥料や殺虫剤)が使用される。そのうえ、エネルギー消費量が多く、温室効果ガスを排出し、在来生態系を破壊する。こうした状況が「世界のコーヒー産業を存亡の危機に追いやっています」とタン共同創業者は言う。目覚めの一杯を愛するすべての人にとっても深刻な事態だ。

タン共同創業者には、この問題の解決につながりそうなアイデアがあった。地元の食品産業から出る廃棄物だけを使って、「コーヒー」を淹れるのだ。

プリファー・コーヒーを創業する前、タン共同創業者は数年間、食品業界でシンガポール最高峰の料理人たちと仕事をしていた。新たな風味を模索するクライアントに、同共同創業者は発酵を利用して応えた。発酵は、さまざまな有機物を微生物に与え、変化を起こすプロセスである。人類は何千年も前から、微生物を利用して食品を生み出してきた。ヨーグルト、キムチ、ビール、コンブチャ(紅茶キノコ)など、広く親しまれているものも多い。だが、同共同創業者はこのプロセスを新たな方向に開拓した。「発酵は、まだ存在しない風味を作り出す手段なのです」。

2022年、シンガポール国内のスタートアップを支援するアクセラレーター・イベントで、タン共同創業者は神経科学者から起業家に転身したジェイク・バーバーに出会った。どちらもコーヒー好きで、力を合わせコーヒー豆を使わない飲み物の開発に乗り出した。2人は、食品廃棄物を魅力的で食べられる姿に再加工して食卓に戻すことで、二酸化炭素や温室効果ガスの排出量が環境に与える影響を削減できると考えている、アップサイクリング(upcycling)という成長著しい運動に加わった。

タン共同創業者とバーバーは数カ月に渡ってさまざまな材料を試した。「以前の仕事から、何が使えそうかはある程度イメージできていました」と同共同創業者は語る。だが、食品廃棄物を正確にどのような比率で、どのように加工するのかを絞り込むには時間がかかった。以前からコーヒーの代替品として用いられてきたチコリーの根を焙煎をすると、完成品はコーヒーを彷彿とさせるものの、味に関してはそっくりとはいえなかった。デーツ(ナツメヤシ)の種を挽いたものも試したが、紅茶に似たフルーティな飲み物で、コーヒーとは似ても似つかなかった。その後、食品廃棄物を混合したいくつかの試作品から、有望な結果が得られた。2人はガスクロマトグラフィー質量分析法という、混合物を構成する複数の分子化合物を特定する手法を用いて、理想の味を生み出す分子を分析した。そして分析結果に基づき、望ましい味を作り出す試作を繰り返した。数カ月の間に数百通りの混合比率や加工手段を試した結果、最適な組み合わせにたどり着いた。パン工場から出た古くなったパン、豆腐工場から出たおから(大豆かす)、地元のビール醸造所から出た使用済みの大麦というものだった。「それらをほぼ同量ずつ混合し、24時間発酵させてから焙煎しました」と同共同創業者は明かす。植物性ミルクや普通の牛乳と一緒に楽しめる、自然なノンカフェインの「コーヒー」が出来上がった。マティーニに加える飲み方もできる。地元のバーテンダーたちは、この新しい趣向に飛びついた。ミルクなしで飲むと「ほんの少しチョコレート風味があり、ハーブのような苦みが後を引く」と同共同創業者は説明する。価格面では一般的なコーヒーと同等だと、バーバーは言う。プリファー・コーヒーは、普通のコーヒーと同じように淹れることができる粉末のほか、ボトル入りのコールドブリュー(水出しコーヒー)とラテも販売している。製品はネットで購入でき、シンガポール国内のいくつかのカフェでも注文できる。

刺激が欲しい人には、茶葉から抽出したカフェイン粉末を添加した製品もある。地球温暖化が加速する中、茶はコーヒーよりも安泰だとタン共同創業者は説明する。「茶の材料は葉の部分なので、コーヒーの実よりもたくさん収穫できます」。

プリファー・コーヒーは、アップサイクルした原料を発酵させた後、焙煎している(右)。ボトルに詰めた製品のネット販売も開始した(左)。
PREFER

現在、プリファー・コーヒーの製品はシンガポールでのみ購入可能だが、同社は海外進出、そして各国ならではの食品廃棄物のアップサイクルにも意欲的だ。例えば、フィリピンなら、キャッサバ、サトウキビ、パイナップルの廃棄物が使えるかもしれないと、タン共同創業者は話す。調整は必要になるだろうが、同社の発酵プロセスを使えば同じようにコーヒー風の飲み物を提供するのは不可能ではないはずだ。「私たちのテクノロジーは大豆、パン、大麦に依存せず、手に入るものなら何でも試すことができるのです」。

ジャーナリストのリナ・ゼルドヴィッチの著書『The Living Medicine: How a Lifesaving Cure Was Nearly Lost and Why It Will Rescue Us When Antibioticsss Fail(生きている薬:命を救う治療法が失われかけた背景と、抗生物質が効かなくなったときにそれが私たちを救う理由)』は、2024年10月に刊行予定。

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