最強の生存者「雑草」が
農地を覆い尽くすまで
除草剤に頼ることで規模を急激に拡大してきた米国の大規模農業がいま、曲がり角にきている。除草剤に耐性を持つ「スーパー雑草」が急増し、収穫量を脅かしているのだ。化学薬品だけに頼らない対策が模索されている。 by Douglas Main2024.10.21
- この記事の3つのポイント
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- 除草剤耐性雑草が世界中で急増し、米国では特に深刻な問題となっている
- 除草剤耐性雑草は進化によって驚くべき方法で耐性を獲得している
- 除草剤だけに頼らない多様な雑草防除法の導入が求められている
気だるく湿った7月の朝、私はイリノイ大学のサウス・ファーム(研究農場)にある農学用の古い種子庫の外で、雑草学者のアーロン・ヘイガー教授に会った。遠くに見えるのは1900年代初頭に建てられた円形納屋で、中西部の暴風に耐えられるように設計されている。空は茫漠とした白色。この前日には、幅数百キロメートルに渡る嵐が通過していた。その日は時速約130キロメートルの突風が吹き荒れ、何十もの竜巻注意報が発令されて冷戦時代の爆撃訓練を思わせるサイレンを鳴り響かせていた。
イリノイ州のおおよそ3分の2にあたる約931万ヘクタールの農地で、農家はトウモロコシと大豆、そして少量の小麦を栽培している。イリノイ州の農場で育ったヘイガー教授によれば、農家は事実上すべての土地に除草剤を散布しているという。除草剤のおかげで、単一の種類の植物が想像もできないほど広大な土地で何にも邪魔されず育つようになった。しかし、その除草剤も今や、すべての雑草の成長を止めることはできない。
1980年代以降、除草剤が殺草のため用いる生化学的メカニズムに耐性を持つよう進化する植物が数を増してきた。この除草剤耐性のせいで収量が減少する恐れがある。雑草を抑えられなければ収量が50%以上減少し、ひどい時は畑が全滅することもある。
最悪の場合、廃業する農家も出てくる。これは農業における抗生物質耐性のようなもので、悪化の一途をたどっている。
私が育った双子都市であるシャンペーンとアーバナにあるイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のキャンパスから東へ車を走らせると、濃い緑色のとがった植物が胸の高さまで生い茂る大豆畑が目に入った。
「これが問題なんです」とヘイガー教授は言う。「これは全部ヒユモドキです。おそらくは1回、もしくは複数回、除草剤を散布したのだと思います」。
ヒユモドキ(Amaranthus tuberculatus)はあらゆる種類の穀物畑に生える。1日で3センチメートル以上伸び、雌株は優に数十万という種子を作り出す。中西部原産のヒユモドキは7種類の除草剤に耐性を持つようになったため、ここ数年で爆発的に数を増した。パデュー大学エクステンション(同大学が提供する教育プログラムの1つ)によると、季節を通してヒユモドキと競合するため、大豆の収量は44%、トウモロコシの収量は15%減少し得るという。
ほとんどの農家はまだ対処ができている。2種類の除草剤は今でもヒユモドキに対して通常は有効だ。しかし、その両方の除草剤に耐性を持つ例は次第に増えてきている。
「失敗が見えてきています」と語るのは、ミズーリ大学で雑草防除を研究する植物学者ケビン・ブラッドレイ教授だ。「危険な状況に陥る可能性があるのは確かです」。
そして別の場所では、状況はさらに深刻だ。
テネシー大学の植物科学教授ラリー・ステッケルは「雑草防除の方法を根本的に変える必要があります。それも早いうちに。なぜなら、雑草が適応してきているからです」と言う。「今は、かなりの瀬戸際にあります」 。
増える耐性雑草
国際除草剤耐性雑草データベース(International Herbicide-Resistant Weed Database)を運営する雑草学者のイアン・ヒープ博士によると、この現象は500件以上の特有な事例があり、273種の雑草で確認されており、今も増え続けている。雑草は168種類の異なる除草剤に対して耐性が進化しており、31の既知の「作用機作」のうち21に対して耐性を獲得した。作用機作とは化学物質が狙う特定の生化学的標的や経路を意味し、多くの除草剤が共通して使っているものだ。
南部で一番やっかいな雑草の1つで、ステッケル教授とその同僚を苦しめているのは、野菜のルバーブのような赤い茎を持つ、ヒユモドキの近縁種のオオホナガアオゲイトウ(Amaranthus palmeri)である。この雑草の個体群は、9種類の異なる除草剤の作用機作に対して耐性を持っていることが確認されている。1日に5センチメートル以上成長し、約2.4メートルの高さまで伸びて土地全体を埋め尽くす。原産は南西部の砂漠地帯で、頑丈な根系を誇り、干ばつにも耐える。もし雨天や娘の結婚式などで数日間除草剤を散布できないと、化学的に防除する機会を逃してしまうだろう。
変わり種の誕生
第二次世界大戦以前、農家は一般的に、土を掘り起こしたり、土の表面を整えたりする耕運機や、スキやクワといった農具を使った手作業で雑草を取り除いていた。インディアナ州の農場で育った私の母は、子どもの頃クワを使ってトウモロコシ畑の雑草取りをしたことを今でも覚えている。
合成農薬や除草剤の出現で状況は変わった。農家は1950年代から除草剤を使い始める。1970年代に入る頃には、除草剤に対する耐性を示す初期の例がいくつか現れた。1980年代初頭までには、ヒープ博士と西オーストラリア大学のスティーブン・パウルズ名誉教授が、当時最も普及していたACC(アセチルCoAカルボキシラーゼ)阻害剤という除草剤に耐性を持つライグラス(Lolium rigidum)の個体群がオーストラリア南部全域に広がっていることを発見していた。ライグラスはそれから数年のうちに、ALS(アセト乳酸合成酵素)阻害剤と呼ばれる別種の除草剤への耐性も獲得した。
これは問題の始まりに過ぎなかった。事態はまもなく深刻の度を増していく。
1990年代半ばから後期にかけて、現在は化学メーカーバイエル・クロップ・サイエンス(Bayer Crop Science)の傘下にある農業大手のモンサント(Monsanto)が、グリホサート(Glyphosate)を成分とする市販の除草剤「ラウンドアップ(Roundup)」に耐性を持つトウモロコシや大豆などの遺伝子組換え作物の販売を開始した。こうした「ラウンドアップ対応」作物を植え、畑全体にグリホサート(ラウンドアップ)を散布すれば、事実上雑草防除の特効薬になるとモンサントは宣伝した。
グリホサートは急速に普及し、最も広く使われる農業用化学物質の1つになった。その地位は今も保たれている。事実、グリホサートがあまりにも成功したため、他の新しい除草剤の研究開発は立ち消えになってしまった。大規模に除草剤耐性に対処できるような新しい商業用除草剤が市場に出る見込みは当分なさそうだ。
グリホサート耐性雑 …
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