KADOKAWA Technology Review
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テックラッシュ時代の到来、
「シリコンバレー流」が
本当に破壊したもの
Matthieu Bourel
カルチャー Insider Online限定
How Silicon Valley is disrupting democracy

テックラッシュ時代の到来、
「シリコンバレー流」が
本当に破壊したもの

10年以上前に予言された巨大テック企業への反発、「テックラッシュ」が現実のものとなっている。創造的破壊を掲げてきたシリコンバレーの思想と権力は、むしろ民主主義を損なってきた。2冊の本は、テクノロジー楽観主義の終焉と新たな課題を浮き彫りにする。 by Bryan Gardiner2025.02.21

この記事の3つのポイント
  1. シリコンバレーの巨大テック企業とそのリーダーたちに対する反発「テックラッシュ」が起きている
  2. 彼らの富と権力は前例のないレベルに達し、それが民主主義を弱体化させつつある
  3. 規制によって一部の権力を取り戻すことが必要だが、同時に背後にある論理や哲学を覆すことも重要だ
summarized by Claude 3

インターネットは優れた造語が大好きだ。特に、それがムードの変化を捉えたり、新しいトレンドを説明したりできるものであれば、なおさらである。2013年、コラムニストのエイドリアン・ウールドリッジは、まさにその両方を果たす言葉を生み出した。彼は『エコノミスト』誌に寄稿した記事の中で、「テックラッシュ(techlash)」の到来を警告した。これは、シリコンバレーの富と権力を持つ者たちに対する反発の動きであり、「サイバースペースの統治者たち」が主張するような、明るい未来をもたらす慈悲深い存在ではないという認識が、世間の間で高まったことによって引き起こされたのだ。

ウールドリッジは、このテックラッシュがいつ到来するのかを正確には述べていなかったが、今日、巨大テック企業とそのリーダーたちに対する世論が劇的に変化し、現在も変化し続けているのは明らかである。Xにいるイーロン・マスクの信奉者たちについては意見が分かれるかもしれない。しかし、もしある業界とその幹部たちが、エリザベス・ウォーレンとリンジー・グラハムのように政治的立場の異なる人物から共通して非難されるのであれば、それは確実に多くの人気コンテストで勝てるような存在ではないだろう。

誤解のないように言っておくと、シリコンバレーにおける過剰な行為や権力の乱用に対する批判は、常に存在していた。しかし、この20年間の大半において、こうした異議の声はしばしば、技術革新に対する懐疑論者や進歩を憎む者として一蹴されるか、テクノロジー楽観主義者のはるかに大きく、声高な集団によってかき消されてきた。しかし今日、かつての批判者たち(そして新たに加わった多くの批判者たち)は、人気のあるサブスタック(Substack)のニュースレターやメディアのコラム、そしてますます増えている出版契約を武器に、再びこの戦いに参戦している。

テックラッシュというテーマの中でも最近登場した2冊の書籍、ロブ・ラルカの『The Venture Alchemists: How Big Tech Turned Profits into Power(ベンチャー錬金術師たち:巨大テック企業はいかにして利益を権力に変えたか)』(未邦訳)と、マリエ・シャーケの『The Tech Coup: How to Save Democracy from Silicon Valley(テック・クーデター:シリコンバレーから民主主義を救う方法)』(未邦訳)は、そもそもなぜこの反発が始まったのかを思い出させる、優れた書籍である。両書とも、かつてないほどの富と権力を手にし、それを用いてますます民主主義を弱体化させつつある業界の台頭を年代順に描くとともに、私たちがその権力の一部を取り戻すためにできることを示している。

『ベンチャー錬金術師たち』を執筆したラルカは、チュレーン大学の経営学教授である。この本は、少数の起業家グループが、一握りの斬新なアイデアと大胆な賭けを、前例のない富と影響力へと変えた方法について述べている。これらの「神格化された破壊者たち」の名前は、インターネットに接続でき、シリコンバレーに少しでも関心があれば誰でも知っているだろうが、ラルカは本書の冒頭で、その9人の(ほとんどが)若々しく、(ほとんどが)笑顔を浮かべた顔写真を掲載している。マーク・ザッカーバーグ、ラリー・ペイジ、セルゲイ・ブリン、ベンチャーキャピタル投資家のキース・ラボイス、ピーター・ティール、デイヴィッド・サックス。失脚した元ウーバーCEOのトラヴィス・カラニック、熱心な優生学者で、「シリコンバレーの父」とも称されるビル・ショックリー(1989年に死去)、さらには元ベンチャー・キャピタリストであり、米国副大統領となったJ・D・バンスといった、異色の3人の写真も並んでいる。

特筆すべき点として、ラルカはこれらのテック界の巨人たちを取り上げ、彼らの生い立ちや相互の関係性を通じて、いわゆる「シリコンバレー的思考」(マインド・ウイルス?)が、どのようにしてカリフォルニア州サンタクララ郡に根付いただけでなく、米国全土で成功とイノベーションに関する支配的な考え方へと発展していったのかを説明している。

ラルカによれば、「破壊するか、されるか」「速く動いて物事を壊せ」「許可を求めるより、許しを請う方がよい」といった、耳障りなイノベーション用語が飛び交うビジネスのやり方は、しばしば、より暗く、より権威主義的な倫理観を覆い隠しているという。

本書に登場する9人の起業家のうち、ピーター・ティールは、「もはや、自由と民主主義が両立するとは思わない」「(ビジネスにおける)競争は敗者のためのものだ」と述べている。他の多くの起業家たちは、技術革新は本質的にすべて善であり、どんな犠牲を払ってでも追求されるべきだと考えている。また、少数ではあるが、プライバシーは時代遅れの概念であり、幻想ですらあり、自社が自由に人々の個人情報を蓄積し、利益を得るべきだと信じている者もいる。

しかし、何よりも重要なのは、彼らが政府や規制当局、あるいは何らかの制限を課そうとする他の誰からも、その新たに手にした権力を制限されるべきではないと確信している点である、とラルカは主張する。

こうした信念は、一体どこから生まれたのか?ラルカはその起源として、自由市場経済学者の故ミルトン・フリードマンを挙げている。フリードマンは、「企業の唯一の社会的責任は利益を増やすことだ」と主張した人物だ。加えて、作家・哲学者であり、「利己主義を美徳にしようとした、どこにでもいる勘違いした10代の少年たちのヒーロー」とも言えるアイン・ランドの影響も指摘している。

それは、シリコンバレーのリバタリアン(自由至上主義)的傾向に関する説明としては、いささか単純化しすぎており、必ずしも独創的なものではない。しかし、最終的に重要なのは、こうした「価値観」の多くが、その …

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