KADOKAWA Technology Review
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機械化する人間たち——
「見えない目」が変える
職場の風景
Michael Byers
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機械化する人間たち——
「見えない目」が変える
職場の風景

デジタル監視とアルゴリズム管理が職場を席巻している。キーストロークから位置情報まで、あらゆるデータが記録され分析され、労働者はロボットのような効率を求められ、不透明な数値で評価される。この「見えない目」の監視によって、私たちは今、仕事と職場における関係の変化の真っ只中にいる。 by Rebecca Ackermann2025.03.05

この記事の3つのポイント
  1. 電子的監視により労働者の生産性や行動が常時記録され管理されている
  2. アルゴリズムによる管理が労働者の心身に悪影響を及ぼすケースも
  3. 労働者保護のための法整備が不十分で労働組合などが規制を求めている
summarized by Claude 3

サンフランシスコの湾岸地域でウーバー(Uber)とリフト(Lyft)の運転手として働くドラ・マンリケスの1日は、車内で2桁の数字が表示されるのを待つことから始まる。アプリは、彼女の時間に見合わない低額の乗務指示を次々と送り続ける。サンフランシスコ横断の乗務は4ドルや7ドル、空港からの移動は16ドルだが、乗客には100ドルが請求される。しかし、マンリケスは乗務指示への応答をあまり長く待つことはできない。なぜなら、応答率は彼女の運転スコアに反映され、それがウーバーとリフトの両社での特典や割引の利用可否に影響を及ぼす可能性があるからだ。

このシステムはブラックボックスとなっており、マンリケスはどのデータがどのように自分の受け取るオファーに影響しているのかを正確に知ることができない。彼女が分かっているのは、過去9年間ライドシェアの運転手として働いてきたが、今年はより高収入の配車を受けるためのスコアを確保できず、破産申請をせざるを得なくなったということだ。

マンリケスのすべての行動、または行動しなかったことさえも、彼女がこれらの企業で働くために使用せざるを得ないアプリによって記録されている(ウーバーの広報担当者はMITテクノロジーレビューの取材に対し、「応答率はドライバーの報酬には影響しない」と述べた。リフトは公式なコメントの求めに応じなかった)。ただ、今日、こうして従業員を厳しく監視しているのは、ウーバーのようなアプリをベースとする雇用主だけではない。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で在宅勤務者が急増した2021年の調査では、対象となった企業の80%近くがリモートワーカーやハイブリッドワーカーを監視していることが明らかになった。さらに、2022年のニューヨーク・タイムズの調査では、米国の民間企業上位10社のうち8社が従業員一人ひとりの生産性指標を追跡しており、その多くがリアルタイムで行なわれていることが判明した。専用ソフトウェアによって、従業員のオンライン・アクティビティ、物理的な位置情報、さらにはどのキーを押したかや、書面でのやり取りのトーンに至るまで測定・記録されている。そして多くの従業員は、この監視がされていることにすら気づいていない。

さらに、業務用アプリを個人用デバイスにインストールすることで、仕事以外の情報にもアクセスされる可能性がある。また、私たちの日常生活からも分かるように、もしデータが不適切な人物の手に渡れば、ほとんどのテクノロジーは監視ツールになり得る。この分野にはいくつかの法律があるが、労働者のプライバシーを守る法律は、消費者を対象とする法律よりも少なく、不完全である。一方で、従業員監視ソフトウェアの世界市場は2026年までに45億ドルに達し、北米が最大のシェアを占めると予測されている。

このように、現代の労働はオフィスであろうと倉庫や車内であろうと、透明性のないまま常に電子的な監視を受けることを意味し、もし生産性が低下すれば、生計を失う危険性すらある。この広範な監視がプライバシーに影響を及ぼすのはもちろんだが、より重要なのは、この膨大なデータが労働者と管理者、企業と従業員の関係をどのように変化させているかかもしれない。管理者やマネジメント・コンサルタントは、個々の従業員データや集約されたデータを活用し、雇用・解雇、昇進、さらには「非アクティブ化」を決定するブラックボックスのアルゴリズムを作成している。そして、これが労働の自動化へとつながる基盤を築きつつある。すでに一部の労働者は、ロボット的な理想に追いつくのに苦労している。

私たちは今、19世紀後半から20世紀初頭の第二次産業革命と同じくらい重要な、仕事と職場における関係の変化の真っ只中にいる。そして、この状況においては、権力のバランスを是正するために新たな政策や保護策が必要になるかもしれない。

データの力

19世紀後半、米国では製造業が急成長し、移民の増加により安価で豊富な労働力が確保できるようになった。この時代から、データは有給労働と権力の話の一部として語られてきた。機械工学者のフレデリック・ウィンスロー・テイラーは、後に初期のマネジメント・コンサルタントの一人となり、労働者のパフォーマンスを追跡して基準を設定することで生産を最適化する「科学的管理法」と呼ばれる戦略を考案した。

やがて、ヘンリー・フォードは自動車の製造プロセスを機械化されたステップに細分化し、個人のスキルの重要性を最小限に抑えることで、1日に生産できる自動車の台数を最大化した。しかし、労働者を単なる数値へと変えていく流れには、さらに長い歴史がある。一部の研究者は、テイラーやフォードの効率性への徹底的なこだわりと、かつて奴隷制度下のプランテーションで実施されていた非人間的な労働最適化の手法との間に、直接的なつながりがあると考えている。

製造業者がテイラー主義やその後継の手法を採用するにつれ、仕事の成果を測る基準として「時間」よりも「生産性」が重視されるようになり、米国では所有者と労働者の間の権力格差が拡大した。しかし、それとは異なる動きが、やがてこのバランスを回復させた。1914年、クレイトン法第6条が制定され、労働者が組合を結成する権利が連邦法で正式に認められ、「人間の労働は商品ではない」と明記された。その後の数年間で、労働組合の加入率は上昇し、40時間労働制や最低賃金の概念が米国の法律に組み込まれた。テクノロジーや経営戦略の進化によって労働の形態は変化したが、それに対応するための新たな枠組みや規制も整備されていった。

テイラーが著書『科学的管理法(原題:The Principles of Scientific Management)』(1911年刊。日本語版は2009年にダイヤモンド社から新訳が出ている)を発表してから100年以上が経過した現在でも、「効率性」は依然としてビジネスにおけるバズワードであり、データの新たな活用法を含むテクノロジーの進化によって、「仕事」はまた新たな転換点を迎えている。しかし、米国連邦政府の定める最低賃金やその他の労働者保護策は、この変化のスピードに追いついておらず、権力の格差はますます拡大している。2023年には、CEOの報酬は一般労働者の平均給与の290倍となり、この格差は1978年以降1000%以上拡大した。データは、20世紀初頭と同じように労働者と管理者の間で仲介の役割を果たしているかもしれないが、その規模は爆発的に拡大している。そして、その影響は単に経済的なものにとどまらず、労働者の身体的健康にまで及ぶ可能性がある。

2024年、バーニー・サンダースが率いる上院委員会の報告によれば、アマゾンの倉庫業務に関して18カ月にわたる調査が実施され、その結果、同社がブラックボックス化したアルゴリズムを用いて作業ペースを決定していたことが明らかになった。このアルゴリズムは、おそらく従業員の監視によって収集されたデータを基に調整されている(カリフォルニア州では、2021年に成立した州法により、アマゾンは労働者が遵守すべきノルマや基準を最低限開示することが義務付けられているが、他の地域では、こうした基準は労働者にとって依然として不透明なままである可能性がある)。さらに、報告書では過去7年間の各年において、アマゾンの従業員は他の倉庫労働者と比べて負傷する可能性がほぼ2倍高く、負傷の内容は脳しんとうから腱板断裂、慢性的な腰痛に至るまで多岐にわたることが判明した。

サンダースの報告書によれば、2020年から2022年にかけて、倉庫の安全性評価を担当するアマゾン社内の2つのチームが、作業ペースの引き下げと労働者への休息時間の増加を推奨していた。また、別の調査では、人間の作業ペースをロボットに決定させることが、負傷率の上昇と相関関係があることが示された。しかし、アマゾンは技術的または生産性の理由から、これらの推奨をすべて拒否した。さらに報告書は、2022年にアマゾンの別のチームであるコアAI(Core AI)も倉庫の安全性を評価し、現実離れした作業ペースが労働者の負傷の原因ではないと結論づけたことを明らかにした。コアAIは、むしろ負傷の原因は労働者の「脆弱性」や「本質的な負傷リスク」にあると主 …

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