進む環境汚染、頻発する停電
石炭の灰に覆われた島、
プエルトリコの苦闘
黒い粉塵に覆われた住宅地では住民の健康被害が深刻化する一方、頻発する停電は8年近く続いている。「問題は植民地だ」——街角の落書きが示すように、根深い植民地支配構造がプエルトリコ島民の未来選択を阻んでいる。 by Alexander C. Kaufman2025.07.21
- この記事の3つのポイント
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- プエルトリコの石炭発電所周辺住民が健康被害を訴えている
- 政府は石炭発電所の稼働延長と新ガス発電所建設を承認した
- 財政管理委員会が大規模太陽光発電プロジェクトを阻害している
プエルトリコ南東部沿岸のグアヤマにある、青緑色に塗られたカルメン・スアレス・バスケスの小さな家の周囲は、一見すると命に満ちあふれているように見える。
家の敷地境界線からほんの数メートル南側には、アギーレ州立森林公園があり、マナティー、爬虫類、最大184種もの鳥類、少なくとも3種類のマングローブの木が生息している。野生のブタが近所を歩き回り、その後を子ブタたちがヨタヨタと追いかける。ブーゲンビリアの花々が、カリブ海の日差しを浴びた鮮やかな色の家々を取り囲んでいる。
しかし、窓ガラスや花咲くツタの葉の表面には、細かな黒い粉塵が降り積もっている。そのため、スアレス・バスケスは死につきまとわれているような気がしている。この粉塵は空気中にも舞っているため、彼女は喘息のようにゼーゼーと息を切らす時間を減らそうと、窓をビニールで密閉している。この苦しげな呼吸音は、プエルトリコのどこにでもいるコキーコヤスガエルの笛のような鳴き声と同じくらい、この土地では日常的なものとなった。粉塵は水道の蛇口にも入り込むため、キッチンではウォータークーラーと予備のボトルが一番便利な場所を占めている。スアレス・バスケスは石炭汚染がどうやってここに広がったのか正確には知らないが、それが末っ子のエドガルドの体内に入り込み、彼が珍しい種類のがんで亡くなった原因になったと確信している。
しかし、窓ガラスや花が咲き誇るブドウの木の葉の表面は、黒い粉塵の細かな粒子で覆われている。そのせいで、スアレス・バスケスは、死につきまとわれているように感じる。粉塵が空気中に舞っているので、彼女はゼーゼーと息を切らす時間を減らすため、ビニールで窓を密閉している。この苦しそうな呼吸音は、プエルトリコのどこにでもいるコキーコヤスガエルの笛のような鳴き声と同じくらい、この土地では当たり前のものとなった。粉塵は水道の蛇口の中にも入り込むため、ウォータークーラーと予備のボトルがキッチンの一番便利な場所に置かれている。石炭汚染がどのようにしてこの土地に広がったのか、スアレス・バスケスは正確にはわからないが、末っ子のエドガルドが珍しい型のがんで亡くなったのはそのせいだと確信している。
そして彼女は、この粉塵がどこから来ているのか分かっていると信じている。車でほんの数分のところに、プエルトリコ唯一の石炭火力発電所があり、その脇には有毒な灰の山がそびえ立っているのだ。
電力大手AESが所有するこの発電所は、長年にわたりプエルトリコのこの地域に大気汚染と水質汚染を引き起こしてきた。2017年にハリケーン・マリアが襲来した際、強風と豪雨が、安全対策の取られていなかった12階建てビルよりも高く積み上がった灰を、海や周囲の地域へと押し流した。非営利の調査報道機関セントロ・デ・ペリオディスモ・インベスティガティーボ(Centro de Periodismo Investigativo)による2018年の調査によると、AESは何百万トンもの灰をプエルトリコ各地に建築資材や埋立材として運んだが、その多くは依然としてグアヤマに残されたままだった。昨年10月、AESは、井戸の適切な監視を怠ったり、重大な汚染レベルを市民に通知しなかったりといった地下水規制違反の疑惑をめぐり、米環境保護庁(EPA)と和解した。
この石炭火力発電所が稼働を始める前の1990年から2000年の間、グアヤマの年間がん発症者数は平均して103人強だった。それが稼働開始の翌年、2003年には50%増の167人に急増した。プエルトリコの中央がん登録所で利用可能な最新のデータである2022年の発症者数は209人で、過去最高を記録した。これはAESが石炭の燃焼を始めた年と比較して、88%以上の増加である。プエルトリコ大学の研究者らの調査によれば、この地域ではがん、心臓病、呼吸器疾患が増加しており、彼らは石炭発電所に近接していることが原因の可能性を指摘し、「同社の石炭灰の運用、排出、処理」を「環境上の不当行為の事例」と表現した。
スアレス・バスケスの知り合いは皆、何らかの健康問題を抱えているようだ。自宅のある通りでは、ほぼすべての家に病人がいると彼女は語った。このブロックで育った彼女の親友は、1年前にがんで亡くなった。55歳だった。彼女の母親は心臓発作を15回も経験し、それでもなお生き延びている。スアレス・バスケス自身も肺に深刻なダメージを負い、夜間は人工呼吸器なしでは眠れない。階段の上り下りで息切れするようになり、近隣の製薬工場での仕事も辞めざるを得なかった。
3月のある晴れた日の午後、スアレス・バスケスの自宅の居間で私たちが会ったとき、彼女は肺炎の治療のため2週間の入院から戻ったばかりだった。
「この地域では、がん、呼吸器疾患、心臓病の患者があまりにも多すぎます」。彼女は声を震わせ、目を涙で潤ませながら語り、エドガルドの顔写真がプリントされた枕を強く抱きしめた。「本当に恥ずべきことです」。
隣人たちの助けを借りて、スアレス・バスケスは自宅の屋根に太陽光パネルとバッテリーを設置した。これにより、エアコン、空気清浄機、人工呼吸器の稼働コストを抑えることができるようになった。また、電力網がダウンした場合でも、これらの機器を稼働させ続けられる。ハリケーン・マリアがプエルトリコの電力インフラを壊滅させてから8年近くが経つが、現在でも停電は週に何度か起きている。
スアレス・バスケスは、今頃は救済が進んでいるはずだと期待していた。議会が島のインフラ復旧のために指定した数十億ドルの資金により、太陽光パネルがいたるところに設置されているだろうと思っていた。AESの石炭火力発電所は四半世紀近くにわたり、この国の古くて欠陥の多い電力網の電力を最大20%供給してきたが、間もなく停止されるはずだった。その閉鎖は2027年末に予定されていた。さらに、太陽光パネルとバッテリーをネットワーク化し、遠隔操作で中央集権型燃料火力発電所のように送電網を安定化できるカリブ海地域初のバーチャル発電所が、この問題の多い島の新たなエネルギーモデルを確立しようとしているはずだった。
かつてのプエルトリコは、確かにその道を進んでいるように見えた。ハリケーン・マリアによって島が世界史上2番目に長い停電に見舞われた2年後の2019年、プエルトリコ政府はエネルギーシステムを安価で強靭なものにし、輸入化石燃料への依存度を低下させる取り組みを始め、2050年までに再生可能エネルギー100%達成という目標を定めた法律を成立させた。バイデン政権下では、あるガス会社がプエルトリコの発電所の運営を引き継ぎ、液化天然ガス(LNG)の輸入を開始した。一方、連邦政府は新たな大規模太陽光発電施設や島中の建物の屋根にパネルやバッテリーを設置するプログラムへの資金援助を実施した。
しかし今やドナルド・トランプがホワイトハウスに復帰し、彼の盟友ジェニファー・ゴンサレス=コロンがプエルトリコ知事に就任したことで、米国最大の未編入領土であるこの島は化石燃料復活への道を歩んでいる。プエルトリコは2024年に新たなガス発電所を密かに承認し、今年初めには2つ目のガス発電所建設計画も明らかにした。知事は大規模停電を回避する唯一の手段であると主張し、島で唯一の石炭火力発電所の稼働を少なくともさらに7年間、場合によってはそれ以上延長する法案に署名した。この新しい法律は、島のクリーンエネルギー政策を後退させ、当初目標だった2025年までに再生可能エネルギーを40%、2040年までに60%とする計画を完全に撤廃した。ただし、2050年までに100%を達成するという目標は残されている。4月初め、ゴンサレス=コロン知事は新規化石燃料発電所の許可手続きを迅速化する行政命令を発出した。
さらに5月には、新たな米エネルギー省長官のクリス・ライトが、バイデン政権が太陽光パネルとバッテリー用として確保していた連邦資金3億6500万ドルを、送電網改善のための「実用的な修復と緊急対応」へと振り替えた。
これらはすべて、平均より暑くなると予測される今年の夏を前に、プエルトリコの電力網を強化しようという必死の試みの一環である。これは同時に、この準州の政府が、現代米国的な生活水準を少しでも取り戻したいという有権者の切実な要求に応えることを妨げている、複雑な官僚主義やビジネス取引の絡み合った難題を浮き彫りにするものでもある。
プエルトリコ住民はすでに他のほとんどの米国民よりも高い電気料金を支払っている。この準州の国有発電所の電力販売と送配電を4年前から任されている民間企業ルマ・エナジー(Luma Energy)は、停電が続いているにもかかわらず、料金を値上げし続けている。今年4月、ゴンサレス=コロン知事は選挙戦でルマ・エナジーとの契約解除を約束していたことを受けて、同社への締め付けを強化したが、後任をどうするかは未だ不透明である。
同時に、ゴンサレス=コロンは、ニューヨークに拠点を置く天然ガス企業ニュー・フォートレス・エナジー(New Fortress Energy)との別個の契約履行を推進している。同社は2023年、強い批判を浴びた民営化契約によってプエルトリコの国営発電所の支配権を得たが、一方で島内の液化天然ガス(LNG)需要を高めるため、ガス火力発電所の新設も進めている。石炭発電所の操業延長が決まるわずか数週間前には、ニュー・フォートレスはプエルトリコ向けにLNGの販売量をさらに増やす契約を獲得した。同社は、物議を醸したサンフアン湾の輸入ターミナルについて、連邦政府からの許可を得られなかったにもかかわらず、この施設をすでに操業させている。批判派は、この施設が島の最も人口密度の高い地域に重大なリスクをもたらすと懸念している。万が一の事故に対する現実的な対応計画も存在しないのだ。
これらの契約は、ルマ・エナジーとニュー・フォートレスの両社に対して、数十年に及ぶ契約期間や数十億ドルの連邦復興資金へのアクセスというメリットをちらつかせた点で悪名高い。しかし、実際には電力料金を支払う住民の家が停電したり、料金が引き上げられたりした場合に、プエルトリコ政府が両社を規制するために行使できる手段はほとんどなかった。状況がどれほど改善の見込みが乏しいかを示すように、ニュー・フォートレスは2024年3月、今後10年間に得られるはずの10億ドル近い業績賞与を放棄し、その代わりに即金で1億1000万ドルを受け取ることを選択した。一方、プエルトリコの抱える問題解決のための資金支出は、財政管理委員会(Fiscal Control Board)の承認を得る必要がある。同委員会は約10年前に政府債務危機に陥った際、議会がこの準州の財政管理を担当させるため設置したものであり、選挙で選ばれた組織ではない。このため、有権者が自らの運命を方向付ける能力はさらに低下している。
AESはMITテクノロジーレビューの取材を拒否し、電子メールで送付された詳細な質問リストにも回答をしなかった。またニュー・フォートレスおよびゴンサレス=コロン知事の広報担当者にも複数回にわたりコメントを求めたが、返答は得られていない。
「私はプエルトリコの『解放の日』に生まれましたが、まったく解放されて …
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