KADOKAWA Technology Review
×
夏割実施中!購読料20%オフ。
難病患者に未承認薬を、米モンタナ州「試す権利」は救いか賭けか
Courtesy of the Devault family
Montana’s new “right to try” law can’t come soon enough for some

難病患者に未承認薬を、米モンタナ州「試す権利」は救いか賭けか

米モンタナ州は「試す権利」法を拡大し、末期でない患者にも未承認薬へのアクセス申請の道を開いた。クレアチン輸送体欠損症の息子を持つデボールトも、この制度に望みをかける一人だ。だが薬はまだ48人の健康な成人でしか試験されておらず、専門家は安全性も有効性も未証明だと警鐘を鳴らす。 by Jessica Hamzelou2026.08.03

この記事の3つのポイント
  1. 治療法のない希少疾患CTDを持つ3歳のブロディのため、父親が未承認薬へのアクセスを必死に模索している
  2. モンタナ州の「試す権利」法拡充により実験的治療審査委員会が設置されたが、製薬企業はFDAとの関係悪化を懸念し参加に慎重な姿勢を示している
  3. 専門家は第I相試験のみでは安全性・有効性が未証明と警告するが、患者家族側は個人の自己決定権を根拠に反論している
summarized by Claude 3

クリス・デボールトは、必死だ。

デボールトの息子のブロディは、2023年3月に生まれた。デボールトによれば、生後まもなく発達の遅れを示すサインが現れ始めたという。時間が経つにつれ、ブロディは言語、運動、協調性といった重要な発達の節目を達成できなくなっていった。

ブロディが2歳半ごろ、遺伝子検査によってクレアチン輸送体欠損症(Creatine transporter deficiency:CTD)が判明した。脳と筋肉が発達に必要なエネルギーを得られない希少疾患だ。

ブロディの病気に治療法は存在しない。しかしデボールトは、効果があるかもしれない薬を開発している企業の存在を知った。この薬はまだ開発の初期段階にあり、動物と少数の健康な成人でしか試験されていない。医師が処方することはできない状況だ。

デボールトはこの薬が効かないかもしれないことを承知している。それでも、何としてでも入手しようとあらゆる手を尽くしている。そして米モンタナ州の新しい法律によって、少なくとも理論上は、彼と同じ立場にある人々が治療を利用しやすくなる可能性がある。

現在、ブロディは3歳だ。父親であるクリスは彼を、学ぶことを望む、明るく好奇心旺盛で愛情深い男の子だと表現する。しかしブロディはコミュニケーションに苦労している。「言葉はほとんど出ません」とデボールトは言う。「もっと伝えたいのに伝えられない。それがフラストレーションになってしまうんです」。

デボールトによれば、ブロディは暑い、寒い、お腹が空いた、喉が渇いた、不快だ、あるいは痛いといったことを両親に伝えることが難しいという。最近、デボールトは裏庭でブロディがアリ塚の上に立ち、ヒアリに噛まれているのを発見した。「ヒアリが足をめちゃくちゃ噛んでいたのに、ブロディはただ見ていたんです」。

ブロディには筋力低下もある。「速く動けないし、力もあまりない。歩くときにバランスを保つだけでも多くのエネルギーが必要なんです。腕は9カ月の妹より細いくらいです」。

それも心配だが、デボールトが最も懸念しているのは、ブロディの神経学的な発達だ。幼児の脳は極めて「可塑性」が高く、子どもの人生の最初の数年間は長期的な脳の発達にとって重要だと考えられている。

フランスのバイオテクノロジー企業であるセレス・ブレイン・セラピューティクス(Ceres Brain Therapeutics)は、ブロディのような患者向けの治療薬を開発している。クレアチンは通常、脳細胞にエネルギーを供給する。クレアチン輸送体欠損症の患者は、クレアチンを脳内に取り込むことができない。

セレス・ブレイン・セラピューティクスのチームが開発しているのは、この問題を回避してクレアチンを脳に直接届けることを目的とした治療法だ。同社のトーマス・ジュディノーCEOによれば、これまでのところマウス実験では有望な結果が得られているという。

同社はまた最近、鼻腔スプレーとして投与するこの薬のさまざまな用量を48人の健康な成人ボランティアで試験する第I相臨床試験を完了した。ジュディノーCEOによれば、この試験結果はまだ公表されていない。また、CTD患者や小児では試験されていない。

「これを見て、ブロディへの唯一のチャンスだと思いました」とデボールトは言う。

Brody Devault with his parents and baby sister
クリス・デボールトと息子のブロディ、妻と幼い娘。
COURTESY OF THE DEVAULT FAMILY

ジュディノーCEOは、CTD患者および筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者を対象とした第II相試験を計画している。しかし試験はフランスで実施される予定であり、米国人であるブロディが参加できる可能性は低いとデボールトは言う。

ジュディノーCEOによれば、セレス・ブレイン・セラピューティクスは米国食品医薬品局(FDA)が運営する拡大アクセス制度を通じてブロディにこの薬を提供することもできない。この薬がFDAに登録されておらず、現在の製造方法がFDA規制に準拠していないためだ。

仮に第II相試験が成功し、最終的に薬が承認されたとしても、米国市場に届くまでには少なくとも数年かかる可能性が高い。デボールトは、それではブロディにとって遅すぎると心配している。その頃には「可塑性の窓を過ぎてしまう」と彼は言う。

今、モンタナ州の新法の成立により、理論上は別の選択肢が生まれた。モンタナ州は2015年から「試す権利(right to try)」法を施行しており、末期疾患の患者が未承認薬へのアクセスを申請できる。2023年には新たな法律により、薬が予備的な第I相臨床試験を経ていることを条件に、末期疾患でない患者にもこの選択肢が技術的に拡大された。また別の法律は、クリニックが患者にそれらの治療を販売・投与する方法を明確化することを目的としていた。そして先週末、州の保健福祉省がそれらのクリニックに関する規則を最終決定した

実験的治療審査委員会(Experimental Treatment Review Board:ETRB)が設置され、実験的・未実証・未承認薬へのアクセス申請を審査する。今後数週間以内に最初の2件の申請を審査する予定だ。

セレス・ブレイン・セラピューティクスもモンタナ州のETRBに申請し、州内のクリニックを通じてブロディの両親に実験的治療を販売することができる。しかしジュディノーCEOは、少なくとも現時点では慎重な姿勢を示している。モンタナ州の仕組みは「非常に興味深く、非常に実用的」であり「我々の薬に適している」と考えているものの、FDAとの関係が悪化することを懸念しているのだ。

デボールトはFDAの担当者に対し、モンタナ州のプログラムに参加するバイオテクノロジー企業が後に不利益を被らないこと、特に最終的に米国での薬の承認を申請する際に不利にならないことを実質的に約束する書面による声明を求めて訴え続けている。しかし、いまだ進展はない。

今、彼はモンタナ州の枠を超えた選択肢を模索している。ホンジュラスのロアタン島にある民間都市・「特別経済区」のプロスペラ(Próspera)での治療アクセスを検討している。そこにあるクリニックでは、未実証の幹細胞療法や遺伝子療法などが販売されている。

多くの科学者がこうした「オフショア」クリニックの利用に警鐘を鳴らしている。モンタナ州の取り組みについても、科学者、生命倫理学者、医療法の専門家たちは、第I相臨床試験では薬の安全性は証明されないと指摘する。そして薬の有効性が証明されないことも確かだ。

今週初め、健康政策と薬事規制を専門とするハーバード大学医学部教授のアーロン・ケッセルハイムにモンタナ州の法律について話を聞いたところ、懸念を明確に示した。「こうした治療を望む患者は、自分が何を受けようとしているのか、また苦労して稼いだお金を何に使おうとしているのかをより深く理解できるよう、厳密に評価される治療を受ける権利があります」。

しかしデボールトはこうした主張に反論する。「私は一人前の大人です」と彼は言う。「今すぐラスベガスに行って、ポーカーテーブルで全部すってしまうことも、銃砲店に行ってサイレンサー付きの半自動ライフルを買うこともできる。なのに、息子の人生の軌跡を変えるかもしれない治療を購入するという決断がなぜできないんですか?」

人気の記事ランキング
  1. What’s behind this summer’s heat, and why 2027 could be worse 記録ずくめの猛暑の夏、しかし本番は来年かもしれない
  2. Scientists just created female clones of male mice オスのマウスからメス作製、日本チームが遺伝子編集で性逆転に成功
  3. Flock is tightening its rules in response to a growing surveillance backlash 警察官がストーカー目的で悪用、米車両監視大手の規則強化は効くか
ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
MITテクノロジーレビューが選んだ、AIの10大潮流 [2026年版]

AIをめぐる喧騒の中で、本当に目を向けるべきものは何か。この問いに対する答えとして、MITテクノロジーレビューはAIの重要なアイデア、潮流、新たな進展を整理したリストを発表する。

特集ページへ
MITテクノロジーレビューが選んだ、 世界を変える10大技術

MITテクノロジーレビューの記者と編集者は、未来を形作るエマージング・テクノロジーについて常に議論している。年に一度、私たちは現状を確認し、その見通しを読者に共有する。以下に挙げるのは、良くも悪くも今後数年間で進歩を促し、あるいは大きな変化を引き起こすと本誌が考えるテクノロジーである。

特集ページへ
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る