フリーズドライ分子で
宇宙空間でも医薬品を製造
研究者が、個々の分子成分を乾燥凍結する方法を考え出した。 by Emily Mullin2016.09.23
水を加えるだけ。DNAやその他の分子を、広範囲の医薬品の製造に必要とされる小さい反応型ペレットに変える新しい乾燥凍結(フリーズドライ)法の魅力だ。スーツケースで運搬できる携帯性を備えた凍結乾燥分子機構を使えば、発展途上国、前線基地、あるいは宇宙空間のような遠隔地でも医薬品を製造できる。
9月22日に科学雑誌『Cell』で発表された論文で、ハーバード大学やMITの研究者は、この手法を利用すれば、従来の製法で製造された医薬品と遜色のない薬効を持つ抗菌性化合物、ワクチン、抗体を製造できることを示した。
製薬会社は、冷凍に必要な信頼性の高い電源の調達が難しい地域に医薬品を輸送できるように、医薬品の生物学的特性を維持することを目的に、数十年にわたって一部のワクチンや化合物を凍結乾燥させている。今回発表された手法がそれと異なるのは、研究者が、医薬品や化合物全体を凍結乾燥させるのではなく、個々の分子成分を凍結乾燥させる方法を編み出したことだ。また、コストが1マイクロリットルあたりわずか0.03ドルであることから、この手法を使えば従来の手法の10分の1にまでコストを下げられる可能性がある。
「水で元に戻し、目的の分子を作製するように設計された工学処理済みのDNA構築物と混合すると、これらの成分が一体となってわずか数分で急速に治療用分子を産出しはじめます」とハーバード大学ワイス応用生物学エンジニアリング研究所で研究室を運営する主執筆者のジェームズ・コリンズ教授はいう。
コリンズ教授の研究所では、加熱と冷凍の両方の影響を受けやすいため、貯蔵や配布が難しいジフテリアワクチンを合成するペレットの能力を試験した。医療現場でワクチンを迅速に作製する能力は重要な利点になると考えられるからだ。科学者たちは、ペレットから作製されたワクチンが従来のジフテリアワクチンに匹敵するマウスの防御反応を引き起こすことを発見した。
研究者は、この手法を利用して、さまざまな疾病に対するデザイナー抗体を作製するための小型のモジュール式ツールボックスも作成した。細菌感染からがんに至るさまざまな用途が研究されている抗体は、自然免疫機構を利用して病原体やがん細胞を無力化することで機能する。コリンズ教授の率いるチームは、ヒトの重篤な腸内感染を引き起こすクロストリジウム・ディフィシレ・バクテリアを無力化できる、その種の抗体医薬品と乳がん細胞を殺す効果がある別の抗体医薬品を作製した。
コリンズ教授は、この種のペレットが遠い将来、宇宙旅行中の薬物治療に、近い将来では疾病の流行時の治療に使用される日を思い描いている。
PATH(発展途上国にワクチンを配布している国際保健機関)で医薬品開発、装置、ツールのプログラムリーダーを務めるデビッド・シュルツは、コリンズ教授のアイデアは興味深いものの、アイデアの実現は見かけほど簡単ではないと考えている。
「この手法でできることは、お金をかけずに遠隔地に医薬品を送ることですが、医薬品を受け取る側が滅菌装置を必要とし、訓練を受けた医療従事者を必要とする点に変わりはありません」とシュルツはいう。シュルツはコリンズのキットが近い将来、医療現場で使用されるとは思っていないが、最終的には「国境なき医師団」のような組織が災害救助のために迅速にワクチンや医薬品を配布する目的でキットを利用する可能性はあると考えている。
現在コリンズ教授は、ワイス研究所とともに、コリンズ教授のチームがこのアイデアを核としたスタートアップ企業や非営利団体を立ち上げる可能性を模索している。
- 人気の記事ランキング
-
- The winners of Innovators under 35 Japan 2024 have been announced MITTRが選ぶ、 日本発U35イノベーター 2024年版
-
Promotion
The winners of Innovators under 35 Japan 2024 have been announced
MITTRが選ぶ、
日本発U35イノベーター
2024年版 - AI will add to the e-waste problem. Here’s what we can do about it. 30年までに最大500万トン、生成AIブームで大量の電子廃棄物
- Kids are learning how to make their own little language models 作って学ぶ生成AIモデルの仕組み、MITが子ども向け新アプリ
- OpenAI brings a new web search tool to ChatGPT チャットGPTに生成AI検索、グーグルの牙城崩せるか
- エミリー マリン [Emily Mullin]米国版
- ピッツバーグを拠点にバイオテクノロジー関連を取材するフリーランス・ジャーナリスト。2018年までMITテクノロジーレビューの医学生物学担当編集者を務めた。